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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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母の日

 5月8日(日)が、「母の日」であることを知りませんでした。マンションの入居者のお一人から、今日は「母の日」なので、一階のロビーで小さいコンサートを開くことになっており、お出でになりませんかと誘われて参加しました。
 その老婦人の娘さん(お医者さん)が、ピアノを弾かれ、懐かしい童謡のいくつかを集まった入居者がみんなで唱和して歌うという趣向でした。「この道」「故郷」「春が来た」「出船」「花」「荒城の月」など、いずれも長年の月日を経てきた昔なつかしい曲目でした。
 このマンションの入居者は、すでにほとんどが自分の母を亡くしており、自らが人の「母」か「祖母」になっているわけですが、この機会に、今は亡き自分たちの母を思う日として心に刻むことに意味があるように感じました。
 私事にわたりますが、私の母は明治32年の生まれで、雪深い湖北の寒村で育ち、家つきの長女として養子と結婚して、5人の子を産み、戦前、戦中、戦後の苦難な時代に耐えて、家事のほか、田畑の仕事にも黙々と従事していました。父が早く亡くなりましたので、生活も楽ではなかったのですが、子供たちもその事情を心得て、母に協力し、仕事を手伝ったものです。自分が女学校にも行かない身では、教育ママなどになるはずがなく、子供は協力しながら自立せざるを得なかったのですが、それが結果的には良かったように思います。
 この機会に、母が77歳で亡くなるまで、長年の苦労に報いるために何も特別のことをしてこなかった自分たちの至らなさを反省するともに、この世で一人しかいない母親がおおらかで陰日なたのない愛情を子供たちに注いでいてくれたことに、改めて思いを致す「母の日」になりました。
# by nakayama_kenichi | 2011-05-09 17:09

原発推進論者の本音

 福島原発の未曾有の大事故がまだ終息の見込みも立たないというのに、早くも自民党内に原発推進派が再始動し、「原子力守る」政策会議を発足させたと報じられていますが、その中でも、とくに、以下のような歴史的な経緯の部分に注目する必要があります。「自民党は中曽根元首相らを中心に『国策・原子力』の旗を振ってきた。1955年、研究と開発を進める原子力基本法を制定。74年に『電源三法』を制定し、立地自治体に手厚く補助金を出してきた。電力業界は資金と選挙で自民党を支援。電力各社で作る電気事業連合会(電事連)は80年代前半から11年間で約65億円を党機関紙の広告費として自民党に支払った」(朝日新聞2011年5月5日)。
 つまり、日本の原発は、自民党と財界・電力業界との癒着の上に出来上がったものであるというのが歴史的事実なのです。民主党政権が不評だから自民党に復帰するというのでは、この歴史を繰り返すということになるのは必定です。
 また、この政策会議の参与となった、元東電の副社長で日本経団連が支援する「財界候補」として参議院議員に当選した加納時雄氏の談話によりますと、福島の現状については、東電出身、元国会議員として二重の責任を感じると言いながら、謝罪の言葉はなく、原子力を選択したことは間違っていなかったとし、原発は地元の強い要望で出来たもので、地域の雇用や所得が上ったことは事実だと言われるのです。
 しかし、これは立地自治体に対する手厚い補助金との関連で、東京の電力をまかなうために福島から原発の危険を買収した結果であるとも十分考えられるところです。そして、このような構図は、福島原発以外にも共通に見られるもので、基地問題の中に典型的に現れているものと同根の懐柔政策だと思われます。
 原発の被災者からは、東電幹部は福島に住めという声が出てくるのは当然でしょう。
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                       バラを乗せた小さい車
原発推進論者の本音_c0067324_2047722.jpg

# by nakayama_kenichi | 2011-05-06 20:23

憲法9条の正しさ

 5月3日は「憲法記念日」ですが、「9条の会」をはじめとする民間レベルの自主的な憲法擁護の運動は続いているものの、国家レベルの3権(立法、司法、行政)とも、この平和憲法の意義の普及運動には形式的で冷淡な対応を示し続けているのが現状です。
 マスコミも、1年に一度の憲法記念日を「国民が平和憲法の意義を考える日」として、憲法の成立史やその重要性を国民に訴えるという積極的姿勢は、次第に弱くなりつつあり、一般市民の間にも、これまたゴールデンウイークの休日の1つ以上の特別の意義を感じなくなってきている傾向が見られます。
 5月3日の朝日新聞によりますと、世論調査の結果として、憲法9条の改正に反対が59%、賛成が30%で、前回の調査(2010年4月)に比べて(67%と24%)、その差がやや縮んだと報じられています。その理由はおそらく、自衛隊や安保条約による米軍基地の存在や極東における軍事力の均衡といった現実論から来るもので、なかでも、最近目立つようになった「日米同盟論」の影響が大きいと思われます。この「日米同盟論」からは、日本はアメリカの戦争に協力するために、軍事基地を提供し、自衛隊を派遣するのも当たり前だということになりかねません。
 政権交代にもかかわらず、この「日米同盟論」はそのまま引き継がれ、むしろ当然の前提として語られていますが、それこそが、憲法9条の「文言」にも「精神」にも全く反するものであることは、立法の時に確認されていたことを決して忘れてはならないと思います。
 「みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりもさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」(憲法が公布された翌年の昭和22年に、全国の中学1年生に配られた小冊子「あたらしい憲法のはなし」)。(5月3日朝日新聞の「声」欄より)。
# by nakayama_kenichi | 2011-05-03 19:58

メーデーの今昔

 今日は、5月1日ですが、新聞のどこにも「メーデー」に関する記事は見当たりません。今年は、とくに東日本大震災のこともあるのでしょうが、メーデーは、いつの間にか、ゴールデンウイーク期間中のl日に埋没し、忘れられてしまったという感じです。
 しかし、かつては、メーデーは労働者・勤労者が資本家・雇用主に対して、働く者の権利を主張し、その団結を自覚し連帯を社会的に示威するという特別な意味のある日として意識され、実際にも街頭デモをはじめとするさまざまな行事が行われてきていたのです。
 その中核となるのは、労働組合ですが、大學や高校の学生もこれに参加するというのが、恒例となっていたのです。しかし、最近では、労働組合が分裂して、形だけの中央集会を年中行事として行うだけで、学生の参加はなく、大學のキャンパスは閑散としています。
 私自身の経験を振り返ってみますと、1945年(昭和20年)8月の敗戦の翌年に旧制高校に入学した頃の思い出として、5月1日のメーデーのデモ行進に、白線帽をかぶり、苞場の下駄を履いて、級友と肩を組んで参加していたときの写真が残っています。当時は、敗戦直後の時期で、占領軍による規制もなく、むしろ奨励されていたように思われます。
 旧制大學に入学した1928年(昭和23年)頃にも、まだこの伝統は続いていましたが、1930年(昭和25年)頃から占領政策の転換によって、次第に統制と抑圧が強くなり、一方では運動が過激化し(血のメーデー事件)、他方では分散化して結集力が弱くなって行きました。
 ただ、京都大学には教職員組合があり、たしか1975年(昭和50年)頃に、何年か職員組合の役員として、メーデーの街頭デモ行進に参加したことがあったことを思い出します。ただし、当時の学生運動の分裂から苦い経験を味わったことも事実です。
 結論としては、何事も「初心に帰れ」といいたいのが現在の心境です。
# by nakayama_kenichi | 2011-05-01 10:25

日本人の国民性

 まだ、死刑論議にこだわっているのですが、さきの著書のなかで、デイビット・ジョンソン(ハワイ大學教授)が、日本に死刑が存置されている内在的な要因として、「贖罪と人権に関する日本文化の特質」を挙げ、日本人の国民性として以下のような指摘があるとしていました。
 日本人は、死刑は極悪非道な罪を贖うにふさわしい(時として)唯一の方法であり、死刑の廃止は治安上も人権尊重の思想上も絶対に許されないと考え、この確信は「切腹」の感性に歴史的な根拠を有しており、他文明の普遍的主張には無関心である上に、最近では犯罪被害者による償いの要求としても現れているというものです。
 しかし、このような考え方を「日本人の国民性」として、一般化することには問題があるように思われます。現に、その一例として、古く戦前の、しかも戦時の非常事態のなかで、著名な佐伯千仭博士が日本人の伝統的な国民性を以下のように特色付けられていたことを指摘しておきたいと思います。
 「①極めて進取的・開放的で外国文化を取り入れるが、他面著しく保守的で自己固有のものを失わない。②一面極めて武断的でありながら、しかも刑罰は一般に頗る寛大である。③潔癖でしばしば激情的な面があるが、しかもそれは執拗、固執、執着的でなく、結局極めて淡白である。④実際的・現実的であって理屈にこだわらないが、しかも他面で常道理の一貫性を求めてやまない。⑤上下の関係が信頼の深い感情によって結ばれ、わが刑事裁判の伝統的慎重性がそれに由来する」(「刑事法より見たる日本的伝統」法学論叢50巻5=6号、昭和19年)。
 ここでは、「寛大性」と「淡白性」が注目すべき点であり、平安期の350年にわたる死刑の執行停止(モラトリアム)の歴史的事実も想起されているのです。
# by nakayama_kenichi | 2011-04-28 20:05