「非国民がやって来た!」
2008年 01月 31日
「非国民」というのは、広辞苑では「国民としての義務を守らない者。国民の本分を守らない者」と定義されています。これは、戦前の日本社会で用いられた「独特の意味」を持った言葉で、私自身も、よく聞いた覚えがあります。戦前の軍国主義の体制(「お上」)に逆らい協力しない不埒なものどもは、もはや国民とはいえない「非国民」であるとレッテルをはられていやしめられていたのです。
上記の紹介によりますと、最近この問題について、夏堀正元『非国民の思想』(話の特集、1994年)と、斉藤貴男『「非国民のすすめ」』(筑摩書房、2004年)の2冊の本が出版されているとのことですが、これらの本の内容の紹介は、また福岡弁護士会員の連続書評の中で取り上げて頂くことを期待します。
私は、ここではとくに、斉藤氏が、現在でも、もはや戦場であるイラクに自衛隊を派遣することを不思議に思わない国民が増えており、わかりきって平然としていられる、いやそれこそが「国益」だとして反戦運動を小馬鹿にできる神経の持ち主たちが、現在のこの国の多数派になってしまったのはなぜだろうかと問うている部分に注目する必要があると考えます。そのような意識が、現在の「相互監視社会」を支えているといわれるのです。
たしかに、国家が戦争にのめりこんでいき、戦争協力態勢を作るために臣民に天皇制教育を押し付けるとともに、はみ出た人々を非国民として排除していくメカニズムを、戦前の経験からの教訓とすべきことには、異論がありませんが、しかし、問題は、「非国民のすすめ」を超えて、現在われわれは一体何をなすべきかと言う点にかかっています。「自由民権運動」等の歴史からも学び、その現代版の構想を論じ、実践すべき時ではないかと思われるのです。

