生活簡素化のすすめ
2008年 01月 06日
大學に職を得てからも、研究生活以外の分野には淡白で、必要な限度を越えた華美で贅沢な生活は、これを自然と慎むという習慣が身についたのかもしれません。
ところで、日本資本主義が大量生産・大量消費の時代に入り、市民生活が「便利」「豊富」「潤沢」となって、倹約や質素が色あせた観念になって以降の1950年代に、私はポーランドに留学して、彼の地で再び「簡素な生活」を2年間体験しました。そこでは、消費物資の不足から買い物の行列ができるのが恒常的な現象でした。しかし、私は、その反面として、苦労して得たものは大切に長く使用するという生活上の知恵が一般化し、デパートで買い物をしても、包装がきわめて簡単なので大型のゴミ公害を招くおそれがなく、便利な配達制もないので手に持てるだけしか買わない、加工技術が発達していないので、長持ちはしないが自然食品の季節感を味わえるといったメリットがあったように思えるのです。
深刻な「公害」と地球温暖化を前にして、私は今こそ「生活の簡素化」を訴えたいと思います。できれば都会ではマイカーを禁止すべきだともいいたいのです。ただし、かつてのポーランドも今は変わってしまっているのかもしれません。

