戸別訪問違憲判決
2007年 12月 30日
私自身も、選挙犯罪の中で「戸別訪問罪」に注目し、このA裁判官の書かれた格調高い無罪判決にも著書の中で触れていましたので、一挙に親近感が湧いてきました。
この寄稿文の中には、戸別訪問の禁止を合憲とする最高裁判所の判決(昭和42年)が出た直後に、和歌山の田舎の妙寺簡裁の若い裁判官が、あえて正面から違憲判決を書くに至った経緯が、揺れる心理と苦悩とともに詳細に描かれています。
無罪判決後の後日談にも興味がありますが、和歌山の所長から「名判決ですね」といわれたときは嬉しかったこと、この無罪判決が控訴審で破棄されてしまい、非難を浴びたものの、その後も下級審で堂々とした違憲判決がいくつか出たこと、そしてこれらの裁判官はいずれも裁判官懇話会の熱心な支持者であったことが記されています。
さらに、当時の朝日新聞の「標的」という小さなコラムの中に、戸別訪問の自由化を唱える理由として、「われわれ選挙民が候補者に聞きたいことが山ほどある」という指摘があったことから、裁判官は戸別訪問の問題を、選挙運動をする側の自由としてだけとらえ、これを選挙する側の国民の権利の問題としてとらえていないという点で反省を迫られたことも述懐されており、この点は私自身も全く同感です。
しかし、残念なことに、この戸別訪問罪をめぐる問題は、その後は沈静化したまま、現在に至っています。そして、この雑誌「篝火」や裁判官懇話会などがその後どうなったのかという点も気になるところです。

