最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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清水の思い出

 12月13日に開かれた「阪神二期生の会」については、ブログでも取り上げましたが、その折に名古屋から参加していたY君から、清水高等商船学校在学中に彼が書きとめていた「日記」の一部を送ってもらいましたので、あらためて60年以上も前に清水の地で経験した昔の思い出を新たにしました。当時は、生徒は「修養日誌」なるものを書かされていたのですが、それではなく、いわば裏日記の類のものです。
 その中には、「西郷信綱教授を憶う」と題する一文が含まれていますが、これは当時の西郷教授の国語の講義をめぐるかなり詳しい随想録で、よく観察されているなあと感心しました。私自身も、英語を含む文科系の科目には興味があり、熱心に聴いたつもりですが、その内容などはすっかり忘れてしまっています。ところが、この日記には、西郷教授の風貌や話し方をはじめ、講義のテーマや内容に至るまで、具体的に詳しく叙述されているのです。教授が熊本の五高時代のことも話されたといいます。また「高瀬舟」の講義のあと、当時の世界情勢についても語られ、また今ころ勉強(座学)を行っているのは、陸海軍諸学校を除いては本校のみであること、諸君は維新の青年の如く野心と情熱をもって勉強せよと励まされたといいます。そして、戦後は、文学の講義では宮本百合子の「伸子」を論じるかたわら、放課後には、史的唯物論の解説までなされたという話まで付け加えられています。
 この西郷教授は、席上過程最後の講義の際に、「豊かなる人生を、それは、常に問題を持ち続けることである」という言葉を残され、それが現在でもY君の脳裡の片隅をはなれないと述懐されています。
 そのほか、哲学を講じた堀教授が大阪高校(阪大)に転勤される話なども、私にとっては初耳であり、当時の高等商船学校の教授陣の一覧表やその後の経緯など、まだまだ知りたいことが多いことを痛感しました。因みに、私自身は、海法(国際法)の大友教授とは、その後静岡大学でお会いしたことがあります。
 
 
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by nakayama_kenichi | 2007-12-23 22:22