表現の自由の優越的地位
2007年 12月 18日
専門的な観点からの問題は多くありますが、ここでは、これらの行為が、政治的な表現の自由に当たる行為であり、とくに立川事件の第1審判決が、はっきりと、「被告人らによるビラの投函自体は、憲法21条1項の保障する政治的表現活動の一態様であり、民主主義社会の根幹をなすものとして、同法22条1項により保障されると解される営業活動の一類型である商業宣伝ビラの投函に比して、いわゆる優越的地位が認められている」と明言していたことを想起する必要があります。
ところが、実際には、政治的なビラの投函の方だけが嫌疑をかけられて捜査され、有罪の方向に導かれやすいのに対して、その他の商業的な宣伝ビラの方は放任され、ほとんど法的な問題になっていないのが現状です。これでは、上のような格調の高い憲法論議は抽象論の域を出ず、実際には、むしろ逆に、政治的ビラだけが狙われるという「劣悪な地位」にあるということになります。
せめて、ビラの「内容」とは関係なく、平等に取り扱われることを要求すべきでしょうが、有罪とした控訴審判決は、ビラの内容が政治的(しかも体制批判的)な点を考慮しているように思われます。日本では、選挙の際の個別訪問はいっさい許されず、下級公務員が休日に政治活動をすることも禁止されていますが、西欧の民主主義国ではむしろ許されていることの違いがどこにあるのかを考えてみなければなりません。