網野正徳寺の住職
2007年 10月 26日
その後、鬼の看板をいくつも見ながら大江山を下り、日本海岸近くの網野町まで足を伸ばして、「今良寛さん」のおられるという「正徳寺」を訪問しましたが、これがまた聞きしに勝る驚きの連続でした。広い境内には、手入れの行き届いた庭園があり、植木や盆栽が何列にも並び、池には緋鯉が泳いでいましたが、これらの手入れは、すべてこの寺の和尚さん(今村隆之師)がひとりでなさっているとのこと。お寺の建物も、立派なものですが、何よりも人を驚かせるのは、おびただしい彫刻類で、本堂にも庫裡にも木堀りの観音像のほか、布袋さんや達磨さんなどが、さらに衝立、火鉢などがところ狭しと並べられていたことです。絵画ももちろん多く、天井絵や風景画なども、すべて自作のものが2,30点もあるといわれるのです。
しばらく作品を拝見した後、いよいよ和尚さんに直接お会いすることができました。年は私と同世代の80歳くらいで、初対面とは思えないほど打ち解けて、話の合間に、これまた手製の横笛と尺八を取り出して、即興的に演奏して下さるという有様でした。和尚さんからは墨絵の色紙のほか、数枚の短冊を頂きましたが、その中の2,3の内容を紹介しておきます。
「人に高下なし 心に高下あり」 「今日も生かされている この不思議」
「言葉は丸く口とがらすな ものも言いようで角が立つ」
この和尚さんのお話の中で、とくに印象に残りましたのは、これだけの多くの仕事をしているのは自分ではなく、仏さまが自分にさせておられるのですという趣旨の発言でした。この今良寛さんに、もう一度お会いする機会があればと願いつつ、お寺をあとにしました。
