北陸大学のその後
2006年 12月 09日
問題は、外国語学部と法学部のスタフの行き場ですが、ここで特徴的なことは、大学当局が、先に触れました大学の自主的な改革運動に参加した組合員をこの新設の学部から排除して、「教育能力開発センター」という別組織に配属した上で、両学部の消滅とともに解雇しようとしているという点です。
私は、法学部の新設当時の若いスタフの皆さんを励まして交流を続けてきていますが、幸いにもこれらの方々の多くは、その後、他の大学に職場を求めて転出に成功されました。誰いうとなく、これらの人達のことを『脱北組』と呼ぶようになりました(因みに、理事長の名に「北」の字があります)。出身大学は違っても、同じ大学で苦労をした経験から団結力が強く、いまでも連絡しあって、励ましあうという仲の良い間柄にあります。
当時の年配のスタフの中では、私だけがまあ何とか元気で、このめずらしい交流の仲間に入れてもらっています。最近、これらの『脱北組』が一度集ろうという計画もあるようで、北陸大学での貴重な体験が今でも生きているような熱い思いがよみがえります。
しかし、一方で残留組で解雇されるおそれのある人達を支援するための運動も必要で、この方がきわめて困難な道のりであることを覚悟しなければなりません。ひたすら幸運を期待したいものです。

