ロシア語との出会い
2006年 07月 17日
上田さんもロシア語を勉強して、ソビエト刑事法の専門家になられたのですが、ロシア語との出会いは、彼が京大法学部の学生時代に、刑事法の宮内裕先生がゼミのガイダンスの席で、新しい外国語としてロシア語を学ぶ意義があるという趣旨のことを言われたことがきっかけだったという話を聞きました。彼と同期の友人の田中利彦氏(検事を経て現在は弁護士)も一緒にロシア語を勉強したことがあるという話も始めて聞きました。
ところで、私とロシア語の出会いはさらに古く、私が学生時代の戦後当初の頃で、熊野君というシベリア帰りの友人から手ほどきを受けるべく、宮内先生の研究室に集って、「ロシア語第一歩」という本で勉強を始めたことがきっかけになっています。宮内先生からはドイツ語を習いましたが、ロシア語は先生と一緒に学んだという不思議な因縁があります。
その後、私は結核のため大学を休学して田舎に帰りましたが、体の静養しながらロシア語の独学に励みました。宮内先生からお借りしたソ連の刑法教科書を翻訳するというのが、ひそかな念願だったのですが、それが刑法の勉強にもなったといういきさつがあります。
そして、もうひとつの奇遇は、刑法ゼミの瀧川幸辰先生ご自身が、戦前の大正デモクラシーの時代に、末川博先生などとともに、ソ連とロシア語に興味をもち勉強されたことがあったという歴史的な事実です。末川先生には、「ソビエト・ロシアにおける民法と労働法」という著書があり、瀧川先生もソ連の刑法に関心を示しておられたのです。
今は、時代が変わり、ロシア語を勉強する学生などほとんどいないのが現状だと聞きますと、淋しい気持ちになります。その上に、戦後から長くロシア語の文献の出版と販売を手がけていた「ナウカ書店」が最近倒産したらしいという知らせを聞くと、さらに淋しい感じがします。