最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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ベーリングの構成要件論

 刑法を学ぶ者にとっては、ベーリングの構成要件論はなじみ深いものであるが、とくに私どもが学生時代には、小野、瀧川、佐伯などの大家によるドイツの構成要件論の展開の中で、真っ先に触れられたものである。そこでは、ベーリングが構成要件を違法性と責任から独立した形式的・客観的な「枠」としたのに対して、マイヤーは構成要件を違法性の認識根拠であるとし、メツガーは構成要件を違法性の存在根拠であるとして、構成要件を実質化する方向を辿ったという理解が一般的であったといえよう。
 ところが、最近、ある読者から、ベーリングの晩年の「指導形象」論について、それが上述の構成要件論の変遷とどのような関係にあるのかという質問が寄せられた。これは、専門家の間でも、むずかしい問題とされてきたものである。
 評価はほぼ2つに分かれるが、1つは、ベーリングが晩年には初期の「形式説」を変更ないし緩和して、「違法・有責類型説」に接近したことを意味するというものであり、もう1つは、形式説を維持しつつ、構成要件が違法・責任の実質を貫く「形象」であることを強調したものと評価するものである。私は、佐伯説にしたがって、後者のような評価に組するが、それが学説として一般化しているとは必ずしもいえないところに、問題を残している。
 ドイツの学説史とその思想的な変遷をたどる好個の問題のひとつとして、この問題の解明はいまだ終わっておらず、なお今後の継続的な検討が期待されているといえよう。
 それにしても、読者からの質問によって、古い問題が掘り起こされるというのは、専門家の反省を迫るものとして、その意義は大きいことを感じた次第である。質問者に、この場を借りて、感謝したい。
 
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by nakayama_kenichi | 2006-02-18 22:25