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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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第2回の瀧川ゼミ生の会

 このブログの4月に、昨年12月に行われた第1回の瀧川ゼミ生の会のことを書いた際に、第2回目の予告をしておきましたが、去る12月11日(日)の正午から午後3時まで、京大近くの京大会館で、第2回目の瀧川ゼミ生の会を開きました。
 今年の12月の京都は大変寒くて、無事に開けるかどうか心配しましたが、案の定、出席予定者の中からも急に体調を崩す人が出て、結局ゼミ生14名のうち出席者は5名にとどまりました。昨年ご出席頂いた、瀧川先生の次女にあたられる栄子様は、今回は体調を考えて出席されませんでしたが、私が先月お伺いしたときはお元気で、瀧川ゼミ生の会のことを喜んでおられました。
 欠席者の中には、病気で外出できないという人がかなり多く、70代後半という年の重みを感じます。この一年間に亡くなったというゼミ生の訃報も届き、淋しい思いをしましたが、元気で若かった在学時代の面影をみんなで偲びました。
 しかし、当日出席した5名はみな元気で、再会を喜び合いました。今回は、鎌倉から来てくれたゼミ生が学生時代の昔話をよく覚えていて、昭和28年卒業前後の若かりし頃の話題に花が咲きました。なかでも、深刻な就職難の話が出て、まともな就職先がなく、苦労した話は、私自身の経験も含めて、当時の最大の関心事であったことを思い出しました。5人とも一流企業への就職はなかったのですが、その大きな理由のひとつとして、当時の学生運動に関係していた者が3人もいたことも当時の時代的な特徴をあらわしています。何とか中企業にすべりこんだ者以外は、大学院に籍を置き、司法試験を目指しましたが、その中のゼミ生に裁判官となった者がいたことは、私が大学に残って研究者になったこと以上に「偶然」と「幸運」の結果ではなかったかというのが、出席者の一致した意見でした。
 こぞって今の世相を嘆きつつも、来年もまた再会したいという共通の念願を胸にして、記念写真をとって別れることになりました。
by nakayama_kenichi | 2005-12-14 18:23