法の論理と人間性
2005年 06月 22日
「若い研究者の中には、判例一辺倒で判例を一応整理して、判例はこの通りだというと、それでもう問題が終わってしまう場合があるのですね。しかし実践的な法曹というのは、判例にただ随順、従順であるだけでは勤まらないのです。場合によってはやはり判例と戦うという勇気、判例を変えようという気力をもっていないといけないのではないかと思う。・・・・もちろん判例は尊重しなくちゃならんし、判例の壁は厚い。判例に抵抗したところで一敗地にまみれるということの方が多いのだけれども、それでもこう腹の底から納得できないような判例がある場合には、やっぱり法曹は抵抗しなくちゃいかんと思う」。
「裁判官、検察官、弁護士というものは、やはりそういうように本当に人間というものを自分の心の土台において、たえずゆれ動く心を持ちつづけるということが本当に大事じゃないでしょうか。・・・・裁判というものはこのように揺れ動いている人間のやることなのです。本当の法の論理というものは、そういうように人の心の底にある人間性を揺り動かすようなものでなければならず、そういう論理があるはずだと思います」。
「その時に判例がもう決まっているからと簡単にあきらめてはいけない。被告人を弁護する弁護人としてはそういう態度は許されない。正義が踏むにじられていると思ったら主張が通らなくても死ぬまで闘わねばならない」。