往復書簡
2005年 05月 26日
それは、1984年7月25日に紀伊国屋ホールで行われ有斐閣主催の講演会での私の講演の後で、当時の一橋大学法学部の在学生が、京都まで長い質問状をくれたのがきっかけで、その後、回答・再質問・再回答というように連続し、翌々年の1986年2月まで続いたものです。私は、そのことを忘れていたのですが、その学生が記録を残しており、後日これらの質問と回答を全部コピーし製本して送ってもらったときは、本当に感激してしまいました。
質問は丹念で実に長く、忙しい中をようやく回答すると、またすぐに長い質問が送られてきて、また回答を迫られるというパターンが続き、率直にいって追い回されていたわけですが、しかしその学生の熱心な勉強の意欲に動かされて、よくも続いたものだと思います。
今なら、ワープロやパソコンのメールがありますが、当時はすべて便箋や原稿用紙に手書きするより方法がなく、手紙には10円の印紙まで添えられていたことも印象的です。
いずれ機会があれば、何らかのか形で内容も公表したいと考えていますが、ここでは、日記やメモを含めて、記録・保存しておくことの大切さを改めて指摘しておきたいと思います。
因みに、この学生は、現在大阪市立大学法学部助教授の三島聡氏であります。

