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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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死の定義と臓器移植

 日本では、平成9年(1997年)に制定された旧「臓器移植法」が、本人による臓器提供の意思表示があった場合に限定していたのを、平成21年(2009年)の改正で、本人の意思表示がない場合でも、家族の書面による承諾があれば足りるという方向に要件が緩和されたことは周知のところですが、「死体(脳死した者の身体を含む)」という臓器移植法の表現から、一般に「脳死は人の死か」という問題に決着がついたとはいえない状態が続いています。そしてむしろ、いわゆる「長期脳死」、つまり脳死後も心停止はすぐには起こらず、かなり長く継続することから、「脳の統合機能」への疑問が提起されています。
  この点で、興味を引くのは、2008年に公表された『生命倫理に関する米大統領評議会白書』(訳書2010年)で、そこでは、この疑問に答えて、「脳死」を「全脳不全」に改め、死の基準として決定的なのは、脳の統合機能の完全な喪失ではなく、全脳不全の状態にある患者は、もはや生きる有機体としての基本的な“仕事”を果たすことができず、自身のために環境に応じて行動する能力や“駆動力”だけでなく、極めて重要な外界に対する“開放性”(openness)を不可逆的に失っている点にあると説明しています。
  しかし、このような新しい説明は、患者の死に関する神経学的・病態生理学的基準を超えた「哲学的」、さらには「社会的」レベルの論議ではないのかという疑問があります。また、呼吸や意識ではなく、心停止こそが究極の死の基準だとする伝統的な意見が、この大統領評議会白書にも少数意見として存在することにも注目すべきでしょう。
  なお、アメリカの臓器移植は、法律によって、すべてが「脳死ドナー」から行われているものと思っていましたが、実際には「心停止後臓器提供」の例も多いといわれていますので、再検討の必要があります。今、この『白書』の紹介を考えています。
by nakayama_kenichi | 2011-02-05 08:50