検察官の職業倫理
2010年 11月 25日
たしかに、多くの市民が裁判員として熱心に参加していますが、固い守秘義務があるため、その経験が次の裁判員に全く生かされず、また裁判員の負担軽減の名のもとに、短期間に死刑問題を含む重大な判断を迫られるという苦しい立場に立たされています。
そして、さらに重要なことは、警察の捜査方法(密室での自白誘導)がそのままで、検察官によるコントロールがなく、検察官が有利と考えて提出した証拠だけを見て、裁判員が判断しなければならないというところに「決定的な限界」があるという点です。
これは、検察官による「証拠開示義務」の問題で、欧米では、そして国連でも、それは「公益の代表者」である検察官の「職業倫理」の問題として、すでに定着しているところです。指宿教授によりますと、2009年の世界検事総長会議では、各国が自主的に検察官倫理規定を設けるよう奨励し、日本も会議に参加しているのに、倫理綱領はまだ策定されていないという状態のままです(朝日新聞2010年11月20日)。
証拠は誰のものでもなく、「真実を発見するための公共財産」(カナダ最高裁)だと考えれば、被告人に有利な証拠も開示すべきだということになりますが、日本の検察官にはまだ「(証拠は)自分たちのもの」という考えが支配しており、そこから証拠の隠匿から改ざんまで行われ、それがこれまでの数々の「冤罪」を生んできたというのが現実です。
この捜査段階の改革こそが重要なポイントで、これがなければ、裁判員裁判によっても「冤罪」を防ぐ保障はないというべきでしょう。

