最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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また淋しい訃報

 1月に元関西大学教授の森井暲氏の訃報があったばかりですが、2月に入って、同志社大学教授の上田健二氏の訃報に接しました。上田さんは、まだ69歳、私とは一回りも若い年代なので、惜別の念が一層強いものがあります。
 上田さんは、ずっと同志社大学に所属されていましたので、私とは大学は違うのですが、恩師の秋山哲治先生以来の関係で親しくなり、古くから私どもの関西の「刑法読書会」のメンバーとして、長年一緒に刑法の研究を続けてきた有力な仲間の一人です。とくに私とは一家をあげて親しく交流していました。
 ここ数年来、喉頭部分のガンに侵された後も、研究は休むことなく、とくにドイツのラートブルフやアルトゥール・カウフマンなどの「法哲学」文献の翻訳・紹介に、文字通り命をかけ、寸暇を惜しんで没頭されていました。そして、同志社法学掲載の「ラートブルフ法哲学綱要」(2・完)が絶筆となりました。
 2月8日の午後、ご自宅を訪問して、お写真とお遺骨に対面しましたが、いまにも話しかけられそうな親近感を覚えました。いっぱいの花に包まれた祭壇の前で、奥さんのほか息子さん、娘さんともお話しましたが、上田さんは、いつも2階の書斎をこよなく愛し、雑事から離れて勉強することを当然の日課として、ずっと一生を通してこられたと聞いて、私自身も同様な体験をしていますので、そのお気持を全面的に理解することができました。死ぬまで研究を続けるという考え方を、実際にも実践されたことに、純粋な感慨を覚え、敬服しました。
 上田さんの元気なときの証拠写真として、私の古稀記念祝賀会(13年前)のビデオがあることを思い出しましたので、それを持参しました。そのとき、上田さんは開会時の司会役をつとめ、独特の上田節を披露されていたのです。なお、いまこのビデオを見ますと、それ以後に亡くなっている人が、私の家内を含めて、意外に多いことに、改めて気がつきました。上田健二さん。長い間ご苦労さまでした。さようなら。
by nakayama_kenichi | 2010-02-10 11:26