政党ビラ配り有罪
2009年 12月 02日
これら2つの事件には、政治的な意見の表明手段として、集合住宅の各戸のドアポストにビラを配布するという共通性がありますが、裁判所側の判断にも、第1審はいずれも無罪、控訴審はいずれも有罪、そして最高裁第2小法廷がいずれも有罪という、同様の経過を辿っています。ここでは、第1審が「無罪」としていた理由に注目する必要があります。
「立川事件」では、それが刑法で処罰するほどの行為でなく、むしろ商業ビラと比較しても政治的な表現の自由は尊重されるべきだとしましたが、「葛飾事件」では、マンション内に立ち入ってビラを配付することが、当然に刑罰をもって禁じられている行為であるとの社会通念は確立されていないと判断して、無罪としていたのです。
いずれの事件も、検察官が公訴して、2審(控訴審)で逆転有罪となるのですが、折角のわずかな無罪判決が有罪に転化してしまい、最高裁もほとんど控訴審の判断を認めてしまうため、99.9%の有罪率が維持されているのが現状です。
しかし、いずれの事件も、有罪とした控訴審や最高裁の「法律的」な専門的解釈論よりも、第1審の「社会常識論」の方が市民的な意識に沿うものではないかという疑いを払拭することができません。現に、朝日新聞は「合点いかぬ最高裁判決」と批判し、東京新聞も市民的自由の萎縮を懸念しています。また、この問題については、国連の自由権規約委員会が「懸念」を表明していたことも踏まえて、最高裁が大法廷を開いてこれらの有罪判決を「見直す」勇気を発揮することを期待したいものです。