中学のクラス会
2009年 11月 29日
私たちのクラスは、昭和19年(敗戦の前年)3月に卒業しましたので、中学時代の5年間は戦前の軍国主義化の時代でしたが、それでもまだ青春時代の素朴でささやかな自由を享受していました。卒業後は、それぞれが何らかの形で太平洋戦争とかかわり、大部分の者は内地勤務で済みましたが、満州からソ連に抑留されるという苦しい体験をした人もいます(その人のロシア語の労働手帳も拝見しました)。
私たち卒業生は107名を数えましたが、すでに80歳を過ぎて、半数の約50名が亡くなっており、とりあえず連絡のつく約30人に案内しましたが、結局当日の出席者は17名でした。大部分は滋賀県および近畿地方に在住の者ですが、石川県の小松市や福井県の敦賀市からの参加者もありました。因みに、当時は、滋賀県下には旧制中学が、膳所(大津)中学と彦根中学と虎姫中学の3校しかなかったため、長浜のほか敦賀からの通学者が多く、雪の中を黒い煙を出しながら走る蒸気列車に乗って通学した頃の思い出が残っています。
当日は快晴の暖かい日和に恵まれ、静かなたたずまいの余呉湖畔をバスで一周して、別れを惜しみながら、再会を約して散会しましたが、できれば来年も開催してほしいという希望に沿って、世話役を引き受けることにしました。
その日は3名が余呉湖荘に1泊しましたが、翌朝は余呉小学校の旧校舎に残っている「講堂」(昭和2年建立)の建築様式をあらためて確認し、かつての小学校校舎の跡地にあった大きな楠木をなつかしく眺めながら、余呉の地を後にしました。



