先生のお墓(1)
2009年 08月 19日
「大島先生がわたしたちの受け持ちになってさいしょの日のことを、いまでもわすれません。大島先生は、教壇に立ってだまって生徒の顔を見ていましたが、いきなり、細い指で白墨をつまんで黒板の上に、大きな円をえがきました。そして、まじめな顔をして、「これなんですか」と生徒にたずねました。すると生徒は、ただわらっていてだれも手をあげませんでした。すると先生はじゅんじゅんにじぶんのちかいところにすわっている生徒から質問してきました。ある生徒は「先生、まるです」と答えました。またある生徒は「先生、お日さまです」と答えました。またある生徒は「先生、お月さまです」と答えました。またある生徒は「先生、かがみです」と答えました。またある生徒は、「先生、おだんごです」と答えました。
大島先生は、十人ばかりの生徒に、いちいち質問してから、しずかにいいました。「そうです。あなたがたの答えは、みんな本当です。人間は、じぶんの考えていることにいちばん近いもので考えるものです。みんなの考えは、みんなほんとうです」といって、しばらく生徒の顔を見ていましたが、また白墨をつかんで、「これは地球ですよ」と書いて、それきりなにもいわずに読本の授業にかかりました。大島先生は、あのときなぜあんなものを書いて、あんなことをいわれたのか、わたしには、いまでもよくわかりません。しかしわたしは大島先生のことを考えると、どうしてもあのさいしょのことばが思い出されてしかたがありません。わたしたちが大島先生におそわったのは、たった一年でした。しかしこの一年の印象は、わたしたちにはどうしてもわすれられないものでした」。
