瀧川ゼミ生の会(4回目)
2008年 12月 14日
の会を開きました。今回は、びわ湖畔の私の入居している高齢者マンションに集まって頂くよう、13名のゼミ生に案内状を出したのですが、欠席者が多く、結局集まったのは3名という淋しい状態でした。
しかし、今回は、瀧川先生の次女に当たられる熊谷栄子様の2人の娘さんご姉妹が出席を快諾され、そろって参加して下さいましたので、総勢5人となり、われわれゼミ生の知らなかった瀧川先生をめぐる逸話や裏話を聞かせてもらうことができて、大変興味深く、時の経つのを忘れて、若かりし頃の思い出話に打ち興ずることができました。
話題のなかでは、瀧川先生がドイツから立派なピアノを持って帰られ、それが京大で音楽会があるときは使われていたこと、しかし瀧川先生ご自身は実は音痴で音楽は不得意であったこと、先生の勉強部屋には入れてもらえず、奥様が原稿の清書を手伝っておられたこと、東京では今でも「瀧川事件を語る会」が毎年5月26日(昭和8年に瀧川先生が大學を追われた日)に開かれていることなどが印象に残りました。
一方、欠席したゼミ生の近況としては、元気でゴルフを楽しむ人がある反面、5名もの方が嚥下障害や痛風などの体調不良を訴えられているのが気がかりです。あるゼミ生からは、瀧川先生の印象は深く、伊藤孝夫著の「瀧川幸辰」評伝を読みながら温顔とユーモアを懐かしく思い出していますというコメントがありました。
来年の12月の第2日曜日に再会できることを楽しみにしています。


