最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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いのちの輝き

 最近、広島大学名誉教授の金沢文雄氏から、『いのちの輝き 法と道徳』(考古堂2011年)と題する著書を頂きました。著者は、昭和3年生まれ、私と同世代の刑法・法哲学者で、5年前に広島から郷里の新潟に帰り、妻を亡くしてマンションの1人住まいという点でも、私と同じような境遇にあります。
 本書は、研究書ではなく、これまでの長い研究生活を背景として、比較的最近に書かれた「随想風」の短編を一冊にまとまられたものです。キリスト教徒としての清廉・潔白さと、人のいのちに対する限りない尊敬と温かい思いやりの精神を体現された人ならではと思わせる著者の面目が謙虚に語られています。
 その中から、同感を禁じえないいくつかの指摘を挙げておきたいと思います。
  まず、日本の法と道徳の特色に関する部分では、ドイツ人と比べた日本人の「責任」の意識の問題として、ドイツではナチス犯罪に加担した人間の責任を追及するために、現在もまだ有責者の訴追・処罰が行われ、国家も莫大な賠償を続けているにもかかわらず、日本では、国家も国民もすでに戦争責任の意識を失っているのではないかという点です。
  また、具体的な例として、日本人は憲法9条を忘れてはならず、日本が取り組むべきは、戦争の準備ではなく、平和を確保し、軍事力によらない国際貢献を果たすことであるとし、死刑には凶悪犯罪を防ぐ特別な効果がないことは刑事学の常識であり、死は償いにはならない無益で残虐な野蛮行為だから廃止すべきであると明言され、「日の丸、君が代」も強制することは人間の尊厳に反するといわれています。
  とくに、読者の心を打つのは、著者が、ある死刑囚の洗礼の代父となり、処刑の日まで長い付き合いをされたという出会いの体験談です。そして、これが死刑廃止論の実践的な裏づけになっていることを知って、その確信の深さを痛感しました。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-31 14:27

寛容の精神

 私は、最近、「佐伯博士の刑法思想と『日本法理』」に続いて、「小野博士の『日本法理の自覚的展開』の再検討」と題する論稿を法律雑誌に連載してきましたが、今年はこれらを一冊にまとめて「論文集」第14巻として出版する予定になっています。
  本書では、戦前の「日本法理」運動が刑法思想に及ぼした影響と果たした役割を歴史的な教訓としてまとめておきたいというのがその狙いですが、とくに佐伯博士については、戦後の刑法思想への劇的な転換の裏面史を探るという特別の意味があります。
  戦前の「日本法理」運動は、「国体の本義に則り、国民の思想、感情および生活の基本を訪ねて、日本法理を闡明し、もって大東亜秩序の建設ならびに世界法律文化の展開に貢献する」という国粋主義的な性格のものとして批判されなければならないものですが、しかし、実際に「日本法」の固有の特色として挙げられたものの中には、「寛恕」・「寛容」の精神が共通して見られたことが注目されるところです。
  たとえば、小野博士は、日本の固有法には、倫理的厳粛性とともに、仁慈の精神と慎刑(刑を慎む)の思想があるとし、佐伯博士も、日本法は一面武断的でありながら、刑はむしろ寛大であり、繊細かつ淡白であったと特徴づけられています。
  そして、立場の違う木村亀二博士も、日本古来の固有法の特質が「寛容の精神」にあったことを、歴代天皇の詔勅の中から、具体的に詳しく紹介され、たとえば「そもそも刑は刑なきを期す」という言葉も、本来は「刑律改撰の詔勅」の中に示されていたものであったといわれています(木村「刑法と国家的道義」、昭和18年)。
  このような、日本固有の「寛容」の精神は、平安時代の300年間死刑の執行がなかったという歴史的事実とともに、最近の「厳罰主義」の思想を反省するための一つの教訓として想起されるべきでしょう。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-27 17:47

うさぎ神社

 大津の三井寺の近くに、「三尾神社」という小さな社があり、「卯年生まれの守り神」といわれていると聞きましたので、23日の日曜日の午後のちょっとした合間に、見学に行ってきました。私自身も「卯年生まれ」ですので、その点でも一度行って見たいと思っていたのです。
  昨年の秋には、三井寺まで自転車(電池式)で紅葉を見に行ったことがありますので、今回も1人で出かけました。三井寺の「みやげ物店」に立ち寄って場所を聞きましたら、すぐ近くにあることが分かりました。あまり目立たない、ひっそりとしたたたずまいで、境内も狭く、すぐに全部を見ることができます。
 この「三尾神社」は、もとは三井寺(天台宗総本山園城寺)の境内の中にあった社でしたが、明治の神仏分離令によって移築されたもので、神社の由緒としては、本神の赤尾神が、赤・白・黒の3つの帯(三尾)をまとって、卯の月、卯の刻、卯の方向から出現したということから、ウサギを神の使いとし、卯年生まれの守り神になったとのことです。
 境内は、まさに「ウサギ」づくしで、門の灯篭の足元には狛犬のように向き合ったウサギ、ちょうず舎には口から水を吐くウサギ、本堂の横には2匹の「めおと卯」、そのほか幕や開帳なども、すべてウサギづくしという有様でした。
 因みに、卯の方角は東、卯の刻とはいまの午前6時ころに当たるほか、俳句の季題は冬で、鳥のように1羽、2羽とも数えられます。ウサギが月に住むという伝説は仏教説話に由来するとのことです。
 老いても元気な白ウサギのように、おとなしく、しかし潜在的な跳躍力のある存在でありたいと思いながら帰途につきました。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-25 13:04

無期刑にも問題

 日本では、まだ死刑が存続していますので、死刑か無期刑かという判決の場面では、無期刑になるとほっとするのですが、その無期刑(無期懲役または無期禁錮)にも深刻な問題があることに注意しなければなりません。
 無期刑に処せられた者は、恩赦などによって刑が消滅しなければ刑期は終わらないのですが、改悛の情があるときは、10年を経過した後、行政官庁の処分によって「仮釈放」される可能性が残されています(刑法28条)。その意味では「終身刑」ではないのです。
 ところが、法務省の調査報告によりますと、無期刑に処せられた収容者に対する「仮釈放」の件数が、とくに最近になって、目立って減少しつつあり、無期刑が実際上「終身刑化」しているという実態が明らかになってきています。
 たとえば、無期刑に処せられて刑務所に収容中の者は、2000年には1047人であったものが、2009年には1772人にまで増加していますが、その間に仮釈放になった者は、わずか86人で、しかも最近では、年間数人にまで減少した結果、無期受刑者が増加・滞留して、高齢化が進み、在所期間が40-50年に及ぶ者が17人、50-60年に及ぶ者が7人、死亡した者が126人を数えるというのです。また、仮釈放されるまでの在所期間も次第に長くなり、この10年間に、在所期間が20年になるまでに仮釈放された者は1人もいないというのが現状です。
 このような状態は、法律の趣旨に反するだけでなく、無期刑を、ある意味では「死刑」よりも残酷な「終身刑」にしてしまうおそれが濃いといわざるを得ません。無期刑の「仮釈放」に関するこのような運用は、死刑を廃止しているヨーロッパの諸国の無期刑よりも厳しいもので、日本はこの分野でも国際水準から著しく立ち遅れていることを自覚しなければなりません。抜本的な改善策が要請されているのです。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-22 10:43
   日本でも、最近、裁判員裁判による死刑判決をめぐって、死刑制度への対応が改めて問われてきています。世論は圧倒的に存置論だといわれていますが、死刑判決に当面した裁判員の深刻な苦悩に直面して、その心理的強制の連続と拡大を避けるための方向転換を模索する方向に「世論」が動くことが期待されるところです。
   折から、国連総会の第3委員会が、2010年11月に、死刑存置国に対して、死刑の使用の制限、死刑相当犯罪の削減、および死刑廃止を目指して死刑執行の一時停止(モラトリアム)を確立することを、そして死刑廃止国に対しては死刑を再導入しないよう求める決議案を、賛成107、反対38、棄権36の賛成多数で可決したと報じられています。この3年間で、賛成が1国増えたのに対して、反対票を投じた国は54から38へと着実に減少している点が注目されます。先進国といわれる国がほとんど死刑廃止国となっている中で、決議案に反対票を投じたのは、アメリカと日本だけという有様です(アメリカでも12州は廃止)。韓国は死刑停止国ですが、中国は未だに死刑存置大国です。
   日本政府(法務省)は、世論の圧倒的多数の支持を得ていることを理由に、強硬な存置論を主張し続けていますが、2008年の国連の人権規約委員会からは、世論にかかわらず死刑廃止を前向きに検討し、死刑廃止がのぞましいことを国民に知らせるよう勧告されたことを完全に無視しています。もっとオープンに国民に対して国際的な動向を示す情報を十分に開示した上で、偏見のない中立的な方法で世論調査を慎重に試みれば、事態は変わってくるものと思われます。
   なお、松宮教授が指摘されるように、死刑存置国の場合には、死刑廃止国に逃亡した重大な犯罪人の引渡しを拒否されて、処罰できなくなるという不都合もあります。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-19 18:52

新聞とテレビ

 テレビは、もうだいぶ前から、あまり見なくなり、全く無用とはいえませんが、狭い部屋には大き過ぎる存在になってしまいました。本当は有用な番組を探すべきでしょうが、その暇もなく、有効利用のチャンスを失しているのかもしれません。最近では、むしろ、ラジオのFM放送や有線放送のクラシック音楽番組の方が、場所もとらず、仕事の邪魔にもならず、その方に利用価値と親近感があります。
 一方、新聞の方は、有用な情報源として、興味ある記事を切り抜きをすることが長年の習慣になっていますが、この方も最近では、あまり読み取りたい記事が少なくなって行く感じがしています。ずっと朝日新聞をとっているのですが、最近では、大きな広告を含めて、スポーツ新聞かとまがうほどになってしまったというのが率直な印象です。
 その中でも、毎週土曜日の「be」という付録の方が面白く、とくに、毎週連載中の「99歳・私の証 あるがまま行く」(日野原重明)と、「人生を変える『法則』」(勝間和代)に魅力を感じます。今週も、前者の「100歳を前にした決意」の中には、平和運動を世界に拡大させ、憲法9条を守り武器を捨てた「平和の国」としての日本を世界に訴えることを目指すという点を含めて、10年先までの計画が山積していると書かれているのに感動を覚えましたが、後者の「SUCCES(S)の法則」の中にも、アメリカの大学教授が、成功したアイデアの特色を、①単純明快である(Simple)、②意外性がある(Unexpected)、③具体的である(Concrete)、④信頼性がある (Credible)、⑤感情に訴える(Emotional)、⑥物語性がある(Story)の6文字で始まる法則にまとめたという趣旨の説明がなされているのが、注目を惹きました。
 視聴者や読者に考えさせるような番組や記事を期待したいものです。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-16 09:20
 ちょうど1年前の1月13日のブログに、『「一日一善」のその後』を書いていますが、あれからまた1年が過ぎました。しかし、残念ながら、今回は、長く続けてきたマンションでのリハビリ活動が中断のやむなき状態に至ったことを報告しなければなりません。
 90歳の老婦人は、その後もお元気でしたが、昨年の10月8日の早朝、急に体調を崩して、救急車で「大津日赤病院」に搬送されました。軽い脳梗塞という診断で、大事には至らず、安心しましたが、狭い部屋での入院生活は不自由で、同じく90歳のご主人のご苦労も大変なので、私も含むマンションの仲間が応分の協力をしました。
 1ヶ月ほどの入院の後、11月のはじめには、必要な治療は一応終了したということで、居住環境が良く、マンションにも近い「ひかり病院」(マンションとの提携病院)に転院されて、リハビリに専念し、このまま行けば年内には退院できるという見込みが出るほどまで、いったんは回復されました。しかし、実際には、転院後も、心臓や肺臓などに異常な反応が出るようになり、病状も一進一退の状況が続いて、残念ながら、年内の退院の見込みは無くなりました。
 こうして、今年の正月は病院で迎えるという状態になったのですが、お見舞いに行く度に、一方では、体力がだいぶ衰えて、手足の力が弱くなられたなと感じつつも、他方では、さすがに90歳まで生きてこられた方には、それなりの底力があるなと感じたりしながら、お付き合いを続けています。今日も、寒くてときどき粉雪が降る中を自転車でお見舞いに行きましたが、アイスクリームが大の好物とあって、笑顔もこぼれ、病院でのリハビリ(椅子から立つ練習と塗り絵の手作業)のお手伝いをしました。
 早くマンションに帰って、また廊下を一緒に歩くリハビリのお手伝いをする「夢をあきらめない」でいたいものです。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-13 20:00

裁判員法を読む

 この高齢者用マンションの中でも、ときどき講演会のような催しがありますが、1月21日(金)の午後7時から、私に「裁判員法について」という話をしてほしいという依頼が「sometimesの会」の主催者からありました。法律や裁判といった「固いテーマ」には、入居者の関心は高くないように思い、いささか迷いましたが、結局、引き受けることにしました。
  施行以来、3年目を迎えることになった「裁判員制度」については、これまで、この「ブログ」でも何回か取り上げたことがありますが、法律に素人の皆さんに話をすることになりますので、あらためて「裁判員法」に関する解説書を読んで、報告の準備を始めました。
  ただ、裁判員裁判も、すでに1500件を越す判決が出ており、最近では、とくに死刑求刑事件をめぐって、死刑か無期か無罪かという緊張した場面が報じられていますので、世論の関心は決して低くないように感じられるのです。
  新聞の世論調査によりますと、裁判員制度の導入時には、賛成派が34%と少数であったが、現在では制度を導入して良かったと思う人はほぼ半数に達し、不安や戸惑いはあるものの、人々は裁判員の働きを前向きに受け止めているといえるだろうと論評されています(朝日新聞1月6日社説)。
  ただ、気になりますのは、裁判への信頼が高まると答えた人が34%にとどまるという点で(変わらないが48%)、これは裁判員制度を導入した目的が「裁判への信頼を高めること」にあるとされていたことと関係があります。しかし、その意味があいまいなところに問題があり、むしろ「裁判官(僚)司法」を市民に身近なものにするという意味にとらえ直す必要があります。そして、健全な「市民感覚」が従来の裁判を変えたのかという観点からの検討と評価が必要だというべきでしょう。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-10 19:35

近江神宮初詣

 1月5日の朝早く、マンションの友人に誘われて、近江神宮に初詣する機会がありました。
去年は、自転車で往復したと思いますが、徒歩では片道20分くらいかかりますので、今年は、行きはタクシーに乗り、帰りは歩くことにしました。
  正面の大鳥居を入って森の中の広い坂道を抜けてから、さらに20段くらいの石の階段を3回くらい登って、ようやく本殿の広場に辿りつくという長い道程ですので、とくに高齢者にとっては、徒歩ではいささかきつい運動です。
  まず、鮮やかな朱色の楼門をくぐり、拝殿から、傾斜を利用した本殿まで歩いて、参拝した後は、広い境内の周りを散策しました。大晦日から元日に降った雪がまだあちこちに残っており、 朝日が陰って風が吹きますと、寒さがこたえましたが、ときどき木材の篝火の周りで体をあたためながら、しばらくの間、森と林に覆われた大きな空間の中に全身を包まれた感じで時を過ごしました。
  境内には、いくつもの歌碑があるほか、石造りの水時計なども見られましたが、あとで聞いてみますと、すぐ近くに「時計博物館」の建物があり、館内には、わが国独自の櫓時計、現在唯一の垂揺球儀を始め、内外の古時計など700点余りが展示されていて、世界的にも珍しい時計博物館として、その名は海外にも知られているとのことでした。次回は是非とも見学したいと思った次第です。
  因みに、近江神宮は、正月恒例の「全国かるた大会」でも知られていますが、11月3日の「流鏑馬(やぶさめ)神事」とともに、代表的な催事となっています。
  なお、探していた「寒椿」の花を門の出口のところでようやく一輪見つけましたので、写真をとって、当日の記念としました。
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                  近江神宮門前の寒椿
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-07 14:18

年賀状の今昔

 毎年、元旦の朝は、年賀状が来るのが楽しみの一つとなっており、この点は今でも変わっていません。平素はご無沙汰している人でも、年に1回の年賀状で、その人の消息を知ることができる貴重な機会となっています。
 ただ、私自身は、昨年が喪中に当たりましたので、昨年の年賀状がほとんど手元にないために、1月1日の午後から2日にかけて、頂いた賀状への返信の形で、急いで年賀状を書きました。ところが、今年は、あいにく大晦日から元日にかけて突然の大雪が降ったため、かなり距離のある郵便ポストに投函することが困難で、ようやく2日午後になって、雪道の中を自転車で最寄の郵便局のポストに投函しました。
 現役時代には200枚以上の年賀状を暮れの忙しい時間の合間に書いたものですが、家内がその年の干支の動物を書いた絵を入れて、表も裏も、硯箱に入った硯をすった筆で、全部直筆したものです。これだけは、毎年欠かさない年中行事でした。毎年、私どもの手製の年賀状を保存して下さっていた人もあると聞きました。今でも、手元には干支の絵の入ったハガキが数枚残ったままになっています。
 その後、私自身は、ワープロに続いてパソコンも使うようになりましたが、生来の不器用な点もあって、年賀状を印刷するということだけはしたことがなく、今後も手書きを続けるのが一番ふさわしいと考えています。ただし、私には画才がありませんので、黒い墨筆だけという味気ないものになってしまったのは残念です。
 それにしても、もらった年賀状は、ほとんど全部が印刷されたもので、一筆でも自筆が加えられているのが救いです。ただ、最近では、印刷技術が進んで、カラフルな文字や写真が入るようになり、見事なものだと感心しています。年賀状を下さった方々に、改めてお礼申します。
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# by nakayama_kenichi | 2011-01-04 09:49