「ほっ」と。キャンペーン

最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

<   2010年 11月 ( 11 )   > この月の画像一覧

仙厓和尚の生き方 (1)

 最近、若狭の賢者(故乾長昭氏)の門人仲間から、江戸時代の禅僧・仙厓和尚(仙厓義梵)のユニークな生き方を読み解いた玄侑宗久氏(臨済宗住職で作家)の作品で、「仙厓無法の禅」と題して最近の福井新聞に24回にわたって連載した記事が送られてきました。さっそくコピーして、まとめて読みましたが、きわめて興味のあるものでした。
 毎回の話の中に、仙厓和尚の筆になる独特の個性的でユーモラスな「画」とその画賛の説明がついていて、実に楽しく読めます。その中から、いくつかのエピソードを紹介しておきます。
 仙厓義梵(1750-1837)は、美濃の小作農の三男として生まれ、11歳で得度し、在所の寺の小僧となる。尋常ならざる向上心を示し、12歳ですでに不眠不休の蝋八大攝心を経験した。19歳から32歳まで、武蔵の国の東輝庵で修行するが、天明の大飢饉の最中に地獄のごとき東北を行脚して貧民を助ける。
 美濃に帰った仙厓は「無門庵」という庵に住み、乞食や浮浪者など無頼の人も受け入れて暮らしていたが、故郷を離れる決意をし、武蔵の国の東輝寺に帰って弟子たちに「無門関」を講じた後、博多の聖福寺の住職に抜擢される(40歳)。忙しい公務の間に、握り飯をもって書庫に篭り、大蔵経を3度も読み通したという。「樹下堂」という坐禅堂を完成させるが、62歳で住職を引退し、「虚白院」に隠栖する。
 その後は、自由奔放に画筆を振るい、多くのユニークな画を残しているが、そこには、仏の大悲心とともに、権威におもねらず他人に奉仕するという姿勢から、「明るさと軽みの境地」、「同慶と遊びの心」、「心の加減と匙加減」などの軽妙な絵心が伝わってきます。
 なお、「仙厓」という道号には、墓地の崖で仙人のように暮らす自分を揶揄するような響きもあるといわれますが、実は、冒頭の若狭の賢者が大正末期に立てて門人に神、仏、儒教を講じた山荘が「仙厓荘」と名づけられたこととの関係から、特別な関心があります。 
---------------------------------------------------------------------------------
                  布袋(臨済宗の僧)の図
c0067324_2131122.jpg

                   匙加減(生かそふところそふと)
c0067324_21314015.jpg

[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-30 10:11

少年に対する死刑判決

 裁判員裁判は、2009年5月から施行されていますが、対象事件には「死刑または無期懲役に当たる事件」が含まれていますので、殺人や強盗致死などの「重大犯罪」で死刑が求刑されたとき、裁判員がどのように対応するのかという点が、かつてから注目されていました。そして遂に、今年の11月になって、死刑判決が相次いで2件言い渡されました。しかも2件目は、少年に対する死刑判決であったことも衝撃的な出来事でした。
  ただし、わが国にはいまだ死刑制度が存在しますので、従来の職業裁判官による死刑判決に対する再検討という動きがない以上は、裁判員裁判になっても、同様の基準によって死刑判決が科されることはむしろ予想された結果だという評価もあり得るでしょう。
  しかし、一般市民である裁判員が「死刑」(司法的殺人)の評議や言い渡しに直接関与することは、初めての経験であり、その受け止め方や心理的な負担を無視することはできず、それが今後も広がることが予測されます。それは、裁判員の負担軽減という当局者の意思にもそぐわない「重い負担」になることは必定です。
  そこで、これを避けるためには、考えられるいくつかの選択肢があります。①少なくとも少年には死刑は科さない(少年法の理念の尊重)。②少年事件を裁判員制度から外す(対象事件の見直し)③死刑判決は全員一致を条件とする(米国の陪審制で死刑のある州ではほとんど全員一致制)、④死刑選択の「永山基準」を見直す(山口県光事件判決に対する批判)、⑤死刑存廃問題を立法課題にする(市民が直接かかわることの自覚)、⑥裁判員制度を全体として見直す(選択制の導入、保釈の拡大、証拠の全面開示、守秘義務の緩和など)、⑥死刑廃止の国際的動向と経験から学ぶ(とくに韓国の長期停止)。
  少なくとも、今回の前例から、裁判員裁判が少年を含む死刑判決を容認する方向に安易に流れることを避けるために、より慎重な「歯止め」の工夫を幾重にも模索すべきでしょう。
    ---------------------------------
                  大津日吉神社の紅葉
c0067324_2173699.jpg

[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-28 20:15

検察官の職業倫理

 裁判員裁判が開始され、かつて「絶望的である」(平野)といわれた日本の官僚的な刑事裁判が、市民の参加によって、抜本的に改善されるのではないかという期待感があったことは事実です。しかし、事柄は決して簡単なものではなく、むしろ事態の困難性が顕在化しつつあるともいえる状況が見られるのです。
 たしかに、多くの市民が裁判員として熱心に参加していますが、固い守秘義務があるため、その経験が次の裁判員に全く生かされず、また裁判員の負担軽減の名のもとに、短期間に死刑問題を含む重大な判断を迫られるという苦しい立場に立たされています。
 そして、さらに重要なことは、警察の捜査方法(密室での自白誘導)がそのままで、検察官によるコントロールがなく、検察官が有利と考えて提出した証拠だけを見て、裁判員が判断しなければならないというところに「決定的な限界」があるという点です。
 これは、検察官による「証拠開示義務」の問題で、欧米では、そして国連でも、それは「公益の代表者」である検察官の「職業倫理」の問題として、すでに定着しているところです。指宿教授によりますと、2009年の世界検事総長会議では、各国が自主的に検察官倫理規定を設けるよう奨励し、日本も会議に参加しているのに、倫理綱領はまだ策定されていないという状態のままです(朝日新聞2010年11月20日)。
 証拠は誰のものでもなく、「真実を発見するための公共財産」(カナダ最高裁)だと考えれば、被告人に有利な証拠も開示すべきだということになりますが、日本の検察官にはまだ「(証拠は)自分たちのもの」という考えが支配しており、そこから証拠の隠匿から改ざんまで行われ、それがこれまでの数々の「冤罪」を生んできたというのが現実です。
 この捜査段階の改革こそが重要なポイントで、これがなければ、裁判員裁判によっても「冤罪」を防ぐ保障はないというべきでしょう。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-25 14:18

クラス会の案内状

 毎年、秋の季節は、旧友が集まって昔を語り合うクラス会のシーズンになっているようです。暑い夏も終わり、そろそろこの1年、そしてこれまでの過去を振り返る最適の機会なのでしょう。
 今年は、清水高等商船学校と旧制静岡高校のクラス会の案内状が届きましたが、私個人はいずれにも欠席という残念な返信に終わりました。
 ところで、静岡高校のクラス会案内状の中には、世話役2名の連名で、最近感じていることとして、以下のような指摘がありましたので、紹介しておきます。
 1.今年から天候、気温が滅茶苦茶になりました。これが来年以降も続くとすれば大変です。
 2.パソコン、携帯電話の普及による変化。世界で20億人がネット販売に参加しており、日本でもその総額は百貨店の売上総額に匹敵するという。インターネットの呼び出し番号は全世界で同じものがあってはならないので、今や40億番に達しているようで、来年以降どうするのか目下対策に苦慮中の由。
 3.幼児虐待、近親殺害、自殺の増加、それに若者の雇用の急減、企業の海外への脱出等の現象を見ると、これからの日本はどうなるのかと極めて深刻に憂慮されます。
 4.税務署員の公金横領、検察官の犯罪、世も末だという事件の頻発。
などなど、おかしなことは枚挙に暇がありません。もっとも、世界の人口は1960年30億人、50年後の現在は68億人、このままでは2060年には130億人になるわけで、ケセラセラどうにでもなれということかもしれません。以上。
  たしかに、以上のような現状の指摘には私じしんも同感です。しかし、では私どもは過去の郷愁を語るだけで、ただ手をこまねいていいのでしょうか。日本に戦争がないだけでも、平和運動の意義はあるはずです。青春時代の「夢をあきらめない」でいたいものです。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-22 19:36

部落問題と刑事裁判

 大阪の石川弁護士から、『部落問題解決過程の研究』第1部・歴史篇(部落問題研究所出版部2010年)を献呈されました。全部で5巻から成る共同研究の成果の一部ですが、貴重な歴史的記録としての重みを感じました。部落問題への関心は決して高いとは言えませんが、忘れてはならない教訓が含まれています。
 ここでは、いわゆる「解同」(部落解放同盟)が「糾弾権」と称して、批判者に組織的な集団暴力を行使した刑事裁判を2つ想起しておきたいと思います。1つは「矢田事件」(大阪)で、1969年(昭44)に大阪市教組の役員選挙の立候補挨拶状が「差別文書」であるとして中学校の教諭らを10時間以上も監禁したというものですが、何と第1審は可罰的違法性なしとして無罪とし、法廷傍聴も混乱回避のために認められないという有様でした。さすがに控訴審は有罪としたものの、懲役3月執行猶予1年という最低の刑にとどめました。
 今1つは「八鹿高校事件」(兵庫)で、1974年(昭49)当時、校長応接室を「糾弾闘争本部」として提供させ、全教職員に集団的な糾弾闘争を展開し、逃げようとした50数名の者に体育館で踏んだり蹴ったりの集団暴行を加え、瀕死寸前の人も出たのに、県教委の幹部も警察も待機しながら放置していたというものです。この裁判でも、第1審は、主犯に懲役3年執行猶予4年、その他の者にも全員執行猶予付き有罪という軽い判決を下しました。
 これらの判決は、現在の重罰化時代から見れば、考えられないような甘いものですが、その背後には、同和対策事業への国費と自治体予算の巨額の投入が利権獲得の争いとなり、「解同」が差別事件をでっち上げて、教育を含む自治体行政を支配し、マスコミもタブーとして報道せず、警察も放任するという「無法」状態が存在し、それが裁判所にまで及んでいたのです。
 同和行政はかなり改善されたかに見えますが、なお楽観を許さない状況にあることを本書は指摘しています。
-----------------------------------------------------------------------------------------
                柳ガ崎公園内の紅葉
c0067324_2015538.jpg

[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-19 18:04

常習累犯窃盗

 11月12日の朝日新聞夕刊は、「重大犯罪再犯率3割」と伝え、法務省が公表した出所後10年間の調査結果を明らかにしています。強盗、強姦、放火、殺人などの重大犯罪について出所後の再犯率が増えているというのです。その再犯率が、反省も深く身元引受人もいる「仮釈放」者に比べて、満期で出所した人の方が高いという事実は、刑務所への収容が再犯防止に役立たないだけでなく、出所後の「環境」こそが「更生」(社会復帰)を支える要因であることを示しているといってよいでしょう。
 この点で、ある弁護士が体験した「常習累犯窃盗」の事案は、現状の深刻さをもっと具体的な形で示していますので、その内容を紹介しておきます(法学セミナー2010年10月号)。それは、「常習累犯窃盗」(過去10年間に3回以上6ヶ月以上の懲役刑を受けている人が、常習として窃盗を犯した場合で、一般の窃盗罪よりもはるかに重く処罰される)に問われて、刑務所を出所したKさんが、所持金7千円しかなく、転々として再び車上荒らし(車の中の小銭等の窃盗)で捕まり、その弁護を引き受けた弁護士が、出所後の身元引受人になるという実話です。
 問題は、著者が指摘する「更生保護」のための社会的コストに関する指摘です。わずか数百円の鞄を盗んだKさんの逮捕から捜査、裁判、行刑までに要する総費用のコストは千数百万円に及ぶことになるが、出所後の生活や就労の支援をする「専門家」がついていたとしたら、はるかに社会的コストが少なくてすむのではないかといわれるのです。
 現状は、これに反して、過剰な「刑務所」が軽い罪を繰り返す高齢者や障碍者の最後の「福祉施設」になってしまっているという皮肉な状態にあることを認識しなければなりません。名ばかりになっている「更生」保護事業にこそ、国はもっと人的な財源を当てるべきでしょう。著者は、「更生」が社会の幸せの総和を増やすことだと強調されています。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-16 10:15

ビデオの流出と守秘義務

 尖閣諸島沖の中国漁船の映像は自分が流出させたと神戸の海上保安部の保安官が上司に申し出るという事態が発生し、捜査当局はこの保安官を国家公務員法違反(100条1項の守秘義務違反で、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)の疑いで調べています。本件の法的な性格と取扱いの方法については、すでにいくつかのコメントが加えられていますが、私も少し感想を述べておきたいと思います。
 問題は、本件の公開された映像が、国家公務員法の定める「守秘すべき秘密」に当たるのかという点ですが、「一般に知られていない」「秘密として保護に値する」ものをいうとする判例の基準から見ても、すでに事件は広く知られ、一部は国会でも公開されているからもはや秘密とはいえないという説と、非公開とした政府の外交上の判断に抵触する限り秘密といえるという説に分かれています。
 政府は後者の解釈に立って、保安官の行政処分や刑事責任の追及に向かう可能性がありますが、しかしそのためには、非公開とした外交的判断が国民に説明され受容されたものであることが必要な前提であり、この点があいまいなところに問題があると思われます。
 保安官の独断的な映像の公開には、手続的な問題を含む慎重さの欠如が見られますが、行為が違法とは思わなかったという発言からは、情報の公開が国民の利益にかなうという「内部告発」的な心情があったのかもしれません。そうだとしますと、結果的にも今回の映像の公開が日中の外交関係に悪影響を与えたものでない限り、むしろ刑事訴追や処罰は避ける方向で問題が処理されるべきではないかと思うのです。
 ましてや、この機会に、国家の機密保全に関する罰則の強化を図ろうとする動きが出ていることは、民主党の公約にも抵触するもので、むしろ国は機密や情報を国民に公開する方向での情報管理をこそ推進すべきでしょう。
    ---------------------------------
                  びわ湖大津館の庭の花
c0067324_19402061.jpg

[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-13 17:58

文楽の一日

 11月9日(火)は、また大阪の石川弁護士に誘ってもらい、大阪日本橋の国立文楽劇場まで出かけて、人形浄瑠璃の公演を鑑賞する機会がありました。大津のマンションを朝8時半頃自転車で出発し、劇場に着いたのは10時半を過ぎていました。
 午前11時から公演が始まり、午後1時過ぎから30分間の昼食休憩があっただけで、全部が終わったのは午後3時半過ぎ、正味4時間の公演のあと、終わって帰宅したのが午後5時半頃ということで、すっかり「文楽漬けの一日」となりました。
 私自身は、文楽には疎いのですが、大橋正叔教授の解説によりますと、人形浄瑠璃には「時代物」と「世話物」があり、今回は両方を見たことになります。
 「嬢(むすめ)景清八嶋日記」では、日向嶋に流人となった悪七兵衛景清を、乳母の死によって父と知った娘糸滝がわが身を女郎屋に売って、父を訪ねる。娘の犠牲による「孝心」に景清の剛直孤高な平家の「武士としての我」が揺れる。源氏に仕えることを不忠とする景清は糸滝を追い返すが、残された金が娘の身を売った代金であることを知り、結局は、娘の身を思い上洛(鎌倉)を承知するというのが、筋書きです。
 一方、「近頃河原の達引」では、お尋ね者伝兵衛を思い切らせようと、母と与次郎はおしゅんに離縁状を書かせるが、それは伝兵衛との心中を覚悟した置き書であった。訪ねてきた伝兵衛はおしゅんの貞節を知り、母と兄の嘆きを思い、1人で死ぬことを告げる。「そりゃ聞こへませぬ伝兵衛様」で始まるおしゅんの口説きが有名で、結局は、母も兄も猿回し祝言の寿で2人に祝言の盃をさせ、死出の道行きへと送り出すというのが、筋書きです。
 なお、私じしんは、前の話で、平家の武士の景清が最後のところで、なぜ源氏に帰服したのか疑問に思いましたが、3段目でなく、5段目では切腹して平家に義を立てて果てることになっているとのことです。ともあれ、人形使いと語り手は立派でした。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-10 09:30

検察の「民主化」

 たびたび問題にされて来た大阪地検特捜部の不祥事については、一方では、最高検による捜査による関係者の起訴と懲戒解雇処分によって、筋書き通りに裁判でも有罪が確定して一件落着という見通しもありますが、そのように事が運ぶかという問題も残っています。
 そして、他方では、この機会に、このような不祥事の再発を防ぐために、特捜部を含む検察制度じたいの在り方を検討する動きとして、柳田稔法相が11月4に、法相の諮問機関である「検察の在り方検討会議」(座長・千葉景子前法相)のメンバーを発表したことが伝えられました(朝日新聞11月4日夕刊)。法曹三者のOBやジャーナリストなど、外部有識者の委員は14人で、特捜部の存廃を含む捜査手法や組織について、議論を進める方針で、第1回の会議は10日に開かれる予定とのことです。
 委員の人選については、外部有識者も入れていますが、依然として法曹三者、とくに判事・検事のOBが多くて、学者が少なく、しかも法務省が委員を人選し事務局を担当するという、従来の審議会のパターンの中では、とても「抜本改革」の提案は望めないように思われます。
 この点では、むしろ関西学院大學の川崎英明教授が最近寄稿された「検察官の役割・警察の監視と公判専従に」という提案に注目すべきでしょう(朝日新聞11月5日)。そこでは、戦後当初の司法制度改革の中で現在の検察制度が形成された歴史的な経過を前提として、「検察の民主化」が不徹底であったがために、現在のような密室での取調べと供述調書に依存する刑事裁判の構造ができたのであり、そこに戦後検察の病弊が見て取れるとした上で、この好機に、「検察の民主化」のための改革を根本的に見直してはどうか、そして、具体的には、検察官は法律家の観点から警察の捜査をチェックし、公判に専従する機関にしてはどうかという提案をされています。このような人こそ、上記の検討会議のメンバーに入れるべきでしょう。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-07 10:15

松本校長先生

 郷里の余呉町に住んでいる私の中学の同級生から、『松本義懿教育選集』(新風書房2006年)を送って頂きました。松本先生は、私どもが虎姫中学の第5学年の折(昭和18年4月から19年3月まで)の校長先生だった人です(明治30年生、昭和51年没、79歳)。これは、著書『道心に訴える』(1953年)から抜粋した小冊子ですが、スイスの教育実践家ペスタロッチと近江聖人中江藤樹の研究者であるだけに、入学式や卒業式の「訓話」が実に味わいのあるもので、いつまでも聴く人の胸を打ち、心の片隅に残るものとなっています。以下は、その一部です。
 1.水に五徳あり 水は数々の美徳をもつ。第1に、すべてのものを清くする力があり、第2に、淡きこと水の如く無欲であり、第3に、下へと落ちる謙遜なものであり、第4に、どの容器にも入る素直さがあり、第5に、すべてのものをうるおす力がある。
 2.愚公、山を捨てる話 二つの山を背負って遠くに捨てようとした愚公の方が知恵の知捜に勝ったという中国の昔話から、成功の秘訣といわれる「運・根・鈍」のうち、「鈍」の中に正直で一筋の誠実さが通っている。
 3.仕事と人生 卒業生の調査の結果として、模範的な職業人に共通するのは、第1に、その仕事に長年従事していること、第2に、外の者より少し努力していること、第3に、恩を感じていることであり、その結論は平凡なだけに普遍性がある。 
 4.万能足りて一心足らず 何か一つ足りないのは、人の心のまことである。人間はまことによって結び合うことができるもので、「至誠天に通ずる」のである。
 5.物にも生命がある 落とした時計が帰ってきたのは、時計が私を呼びもどしたのである。彫刻家は石の声を聞き、音楽家は木の葉から歌を聞く。万物をいたわる心が、人間をいたわる心に通じる。
  ------------------------------------
                 松本義懿先生(川原林徳ー画) 
c0067324_924172.jpg

[PR]
by nakayama_kenichi | 2010-11-04 09:11