最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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死刑囚物語

 大阪の石川弁護士から、5月30日の午後10時からNHK教育テレビのETV特集「”死刑裁判”の現場検事と死刑囚の44年」で死刑の現実を考えさせる番組があると聞いて、普段はあまり見ないテレビを11時半まで見ました。
 石川弁護士の先輩で最近亡くなられ樋口氏がその死刑事件の1審判決を書いた裁判官の1人で、石川弁護士も取材を受けたとのことですが、番組の主役は、1審で死刑を求刑した元検事(現在は大学教授)として著明な土本武司氏でした。
 住宅街で起きた強盗殺人事件で起訴された長谷川被告が、土本検事から死刑を求刑されてから、1審、2審と最高裁の審理で死刑が確定し、死刑囚として拘置所に収容され、死刑が執行されるまでの44年間にわたって、土本捜査検事自身に宛てて書き綴った9通の手紙の内容が公開され、土本武司氏が長谷川死刑囚の心情に深い人間的な思いを馳せ、あらためて死刑制度とその執行の現実を考え直すという重い体験を吐露されるというのが物語の筋書きです。
 この番組では、とくに死刑の執行現場がイラスト入りですが画像化され、土本氏自身が他の死刑囚の執行に立ち会ったときの体験がそのときの特異な雰囲気とともに再現されている点が印象に残りました。また、当の事件の捜査検事でさえも、かつての事件の審理やその後の死刑執行までの情報にアクセスすることが、きわめて困難であるといわれた点も、わが国における死刑関連事件の情報公開が全く進んでいないことを、改めて示すところです。そして、この点は、裁判員裁判で死刑の適用可能性があるだけに、重要な問題提起となっています。
 それにしても、強盗殺人行為についての「事実認定」と「量刑事情」ともに問題のあるこの事件に、なぜ、わずか2枚程度の1審判決書で「合理的な疑いを越える立証」と「死刑判定基準」が肯定されたのかという根本的な疑いを禁じ得ないものがあります。
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by nakayama_kenichi | 2010-05-31 10:04

ジュゴン訴訟

 この訴訟は、沖縄の辺野古の周辺海域に生息している稀少価値のある魚「ジュゴン」がアメリカ海兵隊の基地の建設によって被害を受けるとし、そのことが米国の国家歴史保全法に違反しているとして、2003年9月に日米環境保護団体によって提訴され、2008年1月にサンフランシスコ連邦地裁が、被告の米国防長官に対して、「ジュゴンへの影響を評価するための追加情報を示せ」とする判決を言い渡したというものです。
 この訴訟はまだ係属中ですが、しかし実は、このような訴訟事件が起きていることは、私自身も今回、たまたま雑誌論文を読んで始めて知った事実なのです(雑誌「法と民主主義」448号、2010年5月、17頁)。それで、急いでパソコンの情報を検索して、確認することができました。何と、このような重要な事実が、一般の新聞にも、テレビにも全く報道されていないという不思議な事実が空恐ろしくなりました。
 この雑誌にはまた、米軍基地に対する「思いやり予算」は、日本だけが支払っている特異なものであり、1978年以来の32年間に、総額5兆5000億円に達するという指摘があるほか(NHKの調査)、2004年度まで発表されていた米国総務省の「同盟国の貢献度報告」によりますと、2004年度の数字では、日本が44.1億ドルでダントツに多く、2位のドイツが15.6億ドル、3位の韓国が8.4億ドルとなっています。
 このような「事実」を一般に知らせないままに、普天間の代替基地探しに翻弄され、結局は米軍の意向を理由として、沖縄の辺野古に犠牲を強いるというシナリオになりそうな気配です。マスコミは、この問題が国民的論議の対象であるといいながらも、いつも得意とする「世論調査」すらしようとしません。沖縄住民の意思に真っ向から反し、ジュゴンの保護を含む環境破壊をもたらすおそれもある代替案をあえて強行することに、国民は黙っていてよいでのしょうか。米軍の「抑止力」に日本が頼るという前提じたいにも問題があることを含めて、真剣に議論すべきときだと思われるのです。
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          琵琶湖大津館の庭園のバラの花(5月29日)
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by nakayama_kenichi | 2010-05-28 10:28

取調べ規則違反

 足利事件や志布志事件などの冤罪事件が相次いだため、警察の取調べ過程の全面的な「可視化」(録音・録画)や弁護人の立会いなどの改革案が現実味を帯びてきていますが、そのような状況下にあって、警察庁が先手を打つ形で、警察庁内部での取調べ監督制度を実施し、その結果を公表していることが分かりました(5月20日朝日夕刊)。
 その記事によりますと、警察庁は、捜査担当者以外の警察官が、外から透視鏡などで取調べ室内の様子を点検する監督制度を2008年9月から試験的に開始し、2009年度から全国の警察署に広げて実施したが、その際、容疑者の体に接触、壁をたたく、タバコやジュースなどの便宜供与など、7項目を監督対象の禁止行為として指定したとのことです。
そして、2009年度は、任意の事情聴取を含むほとんどすべての事件の取調べ約175万件を監督対象とし、事件1件あたり平均1..3回、のべ約220万回、取調べを点検したところ、容疑者を平手打ちした暴力が2件、壁をたたいた行為が1件、飲食物などの便宜供与が21件、事前承認を受けない時間外の取調べが2件などの禁止行為が、計29件あったと報告されています。
  たしかに、そのような点検が行われ、その結果が公表されたことは、一歩前進のように見えますが、そこには基本的な観点が欠落しています。決定的なのは、「内部的」監督の限界であり、その客観性を担保するものは全くありません。また実際にも、内部監視のもとですら禁止行為が行われているというのも理解し難いところです。
  これまでの「再審・冤罪事件」に共通する最大の原因は、「密室(代用監獄)における取調べ」そのものの「秘密性」にあり、それが自白を得るための取調べとして、上記のような禁止行為を生む長年蓄積された土壌となっているのです。この取調べ過程を全面公開し、その証拠を全部開示すれば、警察・検察のみならず被告人の対応もすべて裁判官や裁判員の前で明らかとなり、冤罪が防げるという目的に沿うことになるでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2010-05-26 09:45

公務員の政治活動

 国家公務員が休日に政党機関紙を配布したという同様の行為について、去る3月29日に東京高裁(中山隆夫裁判長)は、1審の有罪判決を破棄して「無罪」判決を言い渡したのですが(堀越事件)、今度は5月13日に同じ東京高裁(出田孝一裁判長)が、1審判決を維持して「有罪」判決を言い渡すという、全く逆の結論が出ました(宇治橋事件)。
 3月の「堀越事件」判決については、表現の自由を重視したもので、「時代に沿う当然の判断だ」との評価が一般的でしたので(3月30日朝日社説)、5月の「宇治橋事件」判決は、意外の感をもって迎えられたのですが、それでもなお「理は無罪判決の方にある」との評価が注目されたのです(5月13日朝日社説)。
 私自身も、前者の「堀越事件」判決の方を高く評価するのですが、ここでは、2つの判決が結論を分けた分岐点がどこにあったのかという点を冷静に検討しておく必要があると思います。両者とも、1974年の指導的な最高裁大法廷判決(猿仏事件)に従って、国家公務員法の罰則規定じたいは「合憲」であるとする前提に立ちつつも、前者が時代的な社会状況と国民意識の変化に沿った柔軟な解釈の余地を認めようとしたのに対して、後者は30年以上も前の政治活動禁止の趣旨を現在でもなおそのまま維持する必要があるとして全面・一律的な適用に固執しようとするのです。
 問題は、2つあります。一つは、処罰するに値するような「弊害」があるのかという点で、「宇治橋事件」判決は、これを広く解し、公務員が政治活動をすれば、それがどんな状況であろうと「公務の中立性に対する国民の信頼」が害されると決め付けてしまうのです。
 もう一つは、公務員にも国民の一人として「表現の自由」があるのではないかという点で、「宇治橋事件」判決はこの点に全く触れていないところに問題があります。
 両事件とも現在上告中ですので、かつての猿払事件判決の見直しをも含む最高裁判所の「先見の明のある」判断に期待したいものです。 
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by nakayama_kenichi | 2010-05-23 09:03

十一面観音像の絵

 過日、この付近に住んでおられる堀井湖芳さん(本名・堀井さかえ、大正11年生まれ、88歳)のお宅を訪問して、歓談する機会がありました。書道や絵画の才能がある元気な老婦人で、この方の書かれた一代記(『羈旅(たび)の想記―がむしゃら婆の体験的昭和史』2008年)については、かつてこのブログでも紹介したことがあると思います。
 二度目の面会ですが、元はと言えば、これも郷里の余呉町の中学の旧友からの紹介で、郷里の公会堂に「天女の伝説の原画」を寄贈された方とお知り合いになったという関係です。当日も、話がはずみましたが、とくに印象に残りましたのは、最近描かれたという「十一面観音像」の大きな水彩画で、堀井さんの手による繊細な筆致とともに、観音さん自身の慈悲深い温顔に心を奪われました。
 この辺りのお寺には、とくに十一面観音像が数多く存在するのですが、この絵は湖北の高月町にある「向源寺」境内の渡岸寺(どうがんじ)の十一面観音像(国宝)として著明なものを模写されたものです。この観音像は戦国時代の戦乱による災厄を逃れるために民衆が土中に埋めていたものが発掘されたもので、金箔は落ちていますが、その風格は抜群で、「世界で一番美しい十一面観音像」ともいわれています。
 堀井さんは、その魅力に惹かれ、向源寺までたびたび通って、3ヶ月をかけて描きあげらたとのことです。外形の描写もさることながら、その仏の心と魂をいかにして絵の中に再現するかという点に一番心を砕いたと述懐されています。当日は、写真をとれませんでしたので、もうひとつの大きな作品(甲骨文字の模写)の一部を再現した上記の著書の表紙の絵を紹介しておきます。
 また、お邪魔して、十一面観音像の絵を見せて頂きたいと思うとともに、次回帰郷した折にでも、高月町の向源寺(渡岸寺)を訪問して、本物の十一面目観音像じたいを拝見しみたいという念願にかられています。
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          堀井湖芳さんの甲骨文字の絵
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by nakayama_kenichi | 2010-05-20 09:55

桐畑古墳の見学

 このマンションの入居者で郷土史家のK氏に案内してもらって、近くの京阪滋賀里駅から山の手に散在する多くの古墳群のうち、とくに「桐畑古墳」(熊ヶ谷古墳群の一つ)を見学する機会がありました。暑いくらいの快晴の日の午後で、山間から見える琵琶湖畔の眺望は抜群でした。
 「志賀山寺岩屋不動尊」と書かれた小さな門を入ると、すぐに新緑の青葉のかげに大小の岩があり、大きな洞窟が見つかりました。数メートルの長さがあり、少し体を曲げないと入れないくらいの深い洞窟ですが(横穴式ドーム型後期群集墳)、その奥には、不動明王の像が安置され、赤い供花が目につきました。洞窟の内部は暗いのですが、灯明の明かりで、仏像がはっきり見えました。古墳の近くの岩肌には別の地蔵尊も安置され、辺り一面は静寂そのもので、新緑の木々の間には、桃色のつつじの花が咲いていました。
 「桐畑」古墳の名にこだわるのは、もちろん郷里の余呉町川並の「桐畑姓」との関係からですが、この桐畑古墳の守り主としてすぐ傍らに住んでおられる方も「桐畑姓」であり、余呉町の出自であることも聞き及んでいました。ただ、当日は生憎お留守だったので、くわしい事情をお聞きすることは残念ながらできませんでした。
  帰途に立ち寄った「大津市埋蔵文化財調査センター」でもらった冊子には、桐畑古墳について、次のような解説がついていました。「都が遷る、100年余り前のここ大津の地には、大陸や朝鮮半島から渡ってきた渡来人の影響を受けた人々の文化が盛んでした。・・・・・桐畑古墳は、熊ヶ谷古墳群の1号墳で、6世紀後半頃に作られたものと考えられています。これらの古墳の形態は、朝鮮半島のものに類似するといわれています」。
  なお、付近には「滋賀大仏」とよばれる大きな石像もあり、その柔和な表情に心を癒されました。桐畑古墳にも、また付近の古墳にもまた来てみたいと思いつつ下山しました。
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                 桐畑古墳の洞窟内部の不動明王
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by nakayama_kenichi | 2010-05-17 20:06
 6.死刑存置論は、応報刑論や一般予防(威嚇論)に基づいているが、そのような考え方からすれば、死刑は存続だけでなく公然と執行されることが要求されるはずであるが、今日では死刑の執行は公開されず、執行の事実さえ秘密にされるのは、応報や一般威嚇としての死刑制度の使命がすでに終わったことを示すものではないか。
 7.裁判も人間のすることだから「誤判」を完全に無くすることはできず、日本でもすでに4件の死刑再審・冤罪事件が発生している。もし死刑が執行されていたら、その後無罪となっても取り返しがつかないという点でも、死刑には刑罰としての適格性がないといわざるを得ない。
 8.応報刑論は、因果応報が天地自然の道理で、犯罪を犯した者はそれに適しい刑罰を応報として受けねばならぬと主張する。しかし、有限であり、誤りをおかしやすい人間の営みである刑事裁判を天地自然の理法である応報にたとえるなどは思いあがりである。むしろ、われわれは、人間としての有限性を自覚し、常に誤りをおかしはせぬかとおそれる気持をもたねばならない。このように考えれば、死刑を支持する最後の基盤である応報刑思想も認め難いことになり、死刑を維持する思想的根底が崩れている。
 9.今日では、すでに多くの国において死刑は廃止されており、とくに国連総会で採択された「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(1989年)の死刑の廃止を目的とする「第2選択議定書」(1991年)を多くの国が批准しているのに、日本政府はいまだ後者の批准を拒み、国連規約人権委員会から「死刑廃止に向けた措置をとるよう」勧告を受けている。
 その理由は、死刑に凶悪犯罪の抑止力があるというのだが、現実はその効果がすでに失われていることを示している。日本にはかつての律令時代に300年間も死刑廃止状態があったのであり、むしろ死刑廃止論が最近の人間的荒廃現象の克服と連動することを願うものである。
 以上は、佐伯博士が後世に残された遺言ともいうべきもので、われわれはこれを真摯に受け止めるべきものと考えます。
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by nakayama_kenichi | 2010-05-15 11:30
 死刑については、わが国の世論にはまだ存続論が多いのが現状だといってよいでしょう。このブログでも、死刑廃止論に触れると根強い拒絶反応があることを感じます。しかし、世論も、死刑囚の再審・冤罪などの状況次第では、揺れ動く可能性があると思われます。
 今回、改めて故佐伯博士の「死刑制度のゆくえ」と題する講演(法律時報69巻10号、1997年)を読み返しましたので、その体験的な主張を2回に分けて要約しておきます。
 1.佐伯は、京大法学部の学生時代に、宮本英脩教授の講義で「愛の刑法学」とそれにもとづく死刑否定の理論に心酔し、当時の思想運動に死刑をもって臨むのは無謀であるとする文章を新聞に投書したことがあり、それが死刑制度に対する違和感の始まりであった。
 2.戦時中は、国防保安法や戦時刑事特別法など、死刑を科す法律が増え、戦後、死刑廃止論の代表者となった教育刑論者(木村亀二)でさえも、「死刑は、よみの国における教育を目的とする」とまで説明していた。
 3.戦後の憲法は、自由と人権の尊重をうたったので、羽仁五郎参議院議員の死刑廃止法案の提案もあったが、最高裁は、死刑が憲法36条の禁止する「残虐な刑罰」には当たらないと判示した。しかし、死刑は刑務官に受刑者の殺害を義務づけている点で甚だ残酷なように思われる。憲法の規定(31条)は死刑の存在を予定しているが、死刑の残虐性は払拭できない。
 4.刑法改正作業の過程で、改正刑法草案(1972年)は死刑の廃止を全く問題にしなかったので、佐伯は、次善の策として、「死刑の言渡には裁判官の全員一致の意見によることを要する」という提案をしたことがある。
 5.観念的には極悪非道で同情の余地の全くにない犯罪者を想定できるが、それらも現実的に冷静に調べれば。実は絞首台に送るよりもむしろ精神病院に収容されるべき異常者と考えられる。死刑制度は、その土台である責任能力の認定そのものの土台が揺れている。(続)
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         長岡天満宮の残り「つつじ」(5月13日)
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by nakayama_kenichi | 2010-05-13 09:05

不能犯

 「不能犯」を広辞苑で引きますと、「行為の性質上、目的を達することが不能なため犯罪として成立せず、刑罰の対象とならぬ行為」であるとし、「丑の時参りの類」がこれに当たるとあります。「丑の時参り」の説明はありませんが、丑の時とは、昔の時刻の名で、真夜中をいい、「草木も眠る丑光時」(よなか、深更)といわれています。
 「不能犯」とは、刑法上の用語ですが、現行の刑法には規定がありません。しかし、刑法のどの本にも、「未遂犯」のところで説明がしてあります。
 「丑の時(刻)参り」とは、行為者が他人を呪い殺してやろうという意思で、毎夜「丑の時(刻)」に神社に参り、相手と見立てた藁人形に5寸釘を打ち続けるという行為をいいますが、相手が死ななくても、「殺人未遂」となるのかという形で問題になるのです。これは、自然法則を無視した迷信的方法によるもので、「迷信犯」といわれ、未遂犯も成立せず、処罰されないという点では、結論の一致が見られます。
 ところが、殺人の故意で拳銃を撃ったが、実弾の装填を忘れていたため相手が死ななかったとき、万引きの目的で他人の懐に手を入れたが、相手が懐中無一物だったために何も取れなかったときなどには、殺人や窃盗の不能犯ではなく、殺人または窃盗の未遂犯が成立するものと一般に認められており、最近でも、小刀で腹部を突いたが鞘がついたままであったという場合にも、不能犯ではないとした判例が出ています(静岡地裁平成19年8月6日判決)。しかし、古い判例には、殺人の意思で硫黄の粉末を服用させた事例で、殺人の方法としては「絶対不能」であるとして、殺人未遂を否定したものもあったのです(大審院大正6年9月10日判決)。
 刑法の学説は、意見が分かれているのですが、裁判員の「常識」では、どうなるのでしょうか。殺人や窃盗の意思(故意)はありますが、結果は発生するはずがないという場合に、どこまで不能犯として処罰しないことにするのかという興味のある問題です。その理由を含めて、一度考えて見て下さい。
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by nakayama_kenichi | 2010-05-10 19:49

難解な法律概念

 法律や裁判のことは法律の専門家に任せておけばよく、法律家はそのためにあるといわれてきました。しかし、新しい「裁判員法」ができてからは、法律の素人も「重大な刑事裁判」に裁判官と同じ資格で参加することになりましたので、事態は変りつつあります。
 裁判員法の功罪については、その見直しを含めて、また別途に考えなければなりませんが、ここでは、現実の問題として、法律の素人が「難解な法律用語」の理解に苦労するのではないかという点を、いくつかの例をあげて指摘しておきたいと思います。
 裁判員が犯罪行為の「事実の認定」をするだけならば、一般市民の常識で対応することができるでしょうが、裁判員法は、「法令の適用」も裁判官とともに行うと定めていますので、法律の「専門用語」の理解を避けて通ることはできません。
 たとえば、「違法」とか「共犯」とか「故意」とか「過失」といった言葉の意味は、ある程度理解できるでしょうが、「構成要件」とか「正犯」とか「錯誤」とか「心神喪失」といった言葉は、おそらく理解できないでしょう。法学部の学生でもなかなか難しいのです。
 そこで、ある犯罪行為がどの罪に当たるかを判断する際に、裁判官は必要な限りで裁判員にこれらの法律用語の説明をしなければならず、そのための「指針」になるような文書(司法研究報告書)も公表されています。たとえば、「殺意」(殺人の故意)については「人が死ぬ危険性(可能性)が高い行為をそのような行為であると分かって行為した以上殺意が認められる」という基準が提示されています。
   これは、法律用語では「未必の故意」と呼ばれるもので、学会でも論争問題となっているのですが、上のような基準では、重い傷害を与えた相手が死亡したときは、ほとんどが「傷害致死罪」(205条)ではなく「殺人罪」(199条)に当たることになってしまうおそれがあります。むしろ、「殺意」が否定され得るような場合を、これまでの判例などあげて例示するという方法で、裁判員に「合理的な疑いのない」判断を求めるべきものと思われます。 
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by nakayama_kenichi | 2010-05-07 20:45