最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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「ブログ」5周年

 今日は、2010年2月28日(日)です。曇りの予報でしたが、朝日が室内に差し込んで明るく、琵琶湖は穏やかにキラキラ輝いています。私自身は、オリンピック競技の勝敗にはあまり関心がないのですが、むしろハイチやチリの地震のことを思うと心が痛みます。
 昨日は、第4土曜日で、恒例の「判例研究会」と「刑事法学の動き」研究会とに出席するため、午後から同志社大学に出かけ、帰宅したのは午後9時半頃でした。いささか疲れて、何もせずに休みましたが、今日は朝から、「小野博士の日本法理」に関する論文のゲラの校正を仕上げて2月中に送り返すべく、集中して仕事をしました。
 この「ブログ」は、2005年2月28日に開始していますので、今日で満5年になりました。最初は、こんなに続くものとは思っていなかったのですが、いつの間にか日常的な習慣となって身についてしまった感じがします。3日に1つは何か書かなければという「追われる」気分が常にあることは否定できませんが、つまらないテーマと文章でも、読んで下さる方があれば、何か参考になることでもあればと願って、また書いてみたいと思うようになるといった具合です。自分で書いていたことを忘れて、また同じことを書いたり、あるいはコメントで誤植や内容の誤りを指摘されたりすることもあって、いつまで経っても試行錯誤の連続です。
 ブログがご縁で新しい友人ができることも嬉しい成果ですが、ずっと以前にあちこちの大学で私の講義を聴いてくれた方々のうち、最近では、司法試験の予備校の受講生で現在は弁護士として活躍している方から、当時の講義案や録音テープを保存しているという話を聞きました。すでに紹介しました東京の辰巳法律研究所で受講した方からは、今日、刑法総論と刑法各論のテープそれぞれ18本が送られてきました。また、大阪には関西大学の日曜答案練習会での問題解説の録音テープを下さった弁護士さんもおられ、しかもこの方は私と同郷の湖北地方の余呉町の出身という奇遇でした。
 では、また明日の3月1日から、一年間の「ブログ」の旅が始まります。
 
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by nakayama_kenichi | 2010-02-28 17:13

ロシアの司法改革

 私自身は、かつて「旧ソビエト連邦」の刑事法の研究をかなり進めていましたが、1991年のソ連崩壊後の「ロシア」や「東ヨーロッパ諸国」のその後の法状況については、その「自由化」の動きに興味を抱きながらも、研究を中断したままになっています。
 ところが、最近、東大の小森田明夫教授の講演会(2010年2月16日)の記録を入手できましたので、その中から「ロシアの司法改革」の実情についての指摘をいくつか紹介しておきます。
 1.現代ロシアの司法改革は、冤罪の表面化をきっかけとする刑事司法の見直しに始まり、権力分立原理の承認(一党制の放棄)という政治的転換と、指令的計画経済から資本主義的市場経済への経済システムへの転換によって、全面的なものとなった。
 2.1999年のロシア最高会議が採択した「司法改革の構想」の相当部分が実現され、ロシアの司法制度は、少なくとも制度的には面目を一新しているが、旧来の意識・観念の残存や財政的困難から制度の実際の機能は複雑な様相を呈している。
 3.中央集権的な連邦制の下で、大統領の権限は大きく、裁判所の独立には制約があるが、旧法以来の「監督審」や「検事監督」の制度は、欧州人権裁判所の批判によって修正されつつあり、欧州人権裁判所への市民からの申立てがきわめて多い国に属する。
 4.刑法典(1996年)には「死刑」が含まれているが、EU加盟(1996年)後、欧州人権条約との関係で「死刑執行のモラトリアム」が続き、遂に連邦最高裁は2010年に、死刑の言い渡しができないものと判断した。
 5.刑事訴訟手続では、「予審制度」は残っているものの、被疑者・被告人の弁護人選任権を拡大し、弁護人の取調べ立会い権を認め、取調べは連続4時間を越えてはならず、立会いなく作成された調書の証拠能力を否定するなど、改革が進んでいる。
 6.司法改革の鍵とされた「陪審裁判」は選択制であるが、評議は全員一致を目指すべきものとされ、現に無罪率は予想以上に高い(2008年まで通算17%)。
 以上から、ロシアおよび旧東欧諸国の「司法改革」の現状をもっと知りたいと感じました。
 
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by nakayama_kenichi | 2010-02-24 20:17

朝日の岩村意見

 2月20日の朝日新聞の「オピニオン」欄に、弁護士の岩村智文氏が「時効廃止で冤罪が増えてもいいのか 世論にすり寄る現場軽視の官僚主義 あなたは納得していますか」という意見を出しています。岩村氏は元法制審議会刑事法部会の幹事・委員ですので、「内部告発」に近い実情を伝えています。
 1.時効廃止に反対する理由 時効は、冤罪が起きないようにするため刑事手続を時間的に区切る制度で、それがなくなると冤罪の証拠もなくなって行く。
 2.被害者・遺族の思い 遺族の思いは薄れないという感情論や、DNA鑑定の進歩という技術論だけで、この問題を議論していいのか疑問がある。
 3.改正の手続 2004年の改正で時効期間を延長したばかりで、まだ効果も検証されていないのに、なぜ今急いで時効廃止まで決めてしまうのか。
 4.時効廃止の効果 時効の廃止で犯人が捕まる可能性が高まらないことは現場の警察自身も認めており、かえって膨大な事件記録の保存は不可能に近い。
 5.対案の提出 日弁連は、DNAが残されているなど有力な証拠があれば、検察官が時効の中断を求める公告ができるとする対案を提出したが、多数の賛成は得られなかった。
 6.その理由 法制審自身が、法務省の意向が通りやすい仕組みになっていて、15人の委員のうち「官職者」(法務、警察、裁判所)の6名はほぼ法務省の原案に賛成する。
 7.性急な審議 昨年11月から3ヶ月足らず、実質審議は6回という異常な速さで、重大で議論の分かれる問題について要綱骨子案が多数決で採決されてしまった。
 8.問題の由来 これは自民党政権時代に提起され、民主党政権に引き継がれたものなので、「官僚主導脱却」を標榜する民主党がそのまま性急に通してよいものか。
 なお、取材側からも、反対論にも十分な根拠がある以上、今からでも、国民的な議論をつくす必要があるとのコメントが付されています。 
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by nakayama_kenichi | 2010-02-22 08:33

「大学の自治」は何処へ

 最近、知人から送ってもらった本の中に、榊原英資著『幼児化する日本社会―拝金主義と反知性主義』(東洋経済新報社、2007年)があり、その書名にもつられて読む機会がありました。本書の目次には、家族の変質とか,教育の混乱とか、企業倫理の崩壊とか、地方の瓦解とか、マスメディアの堕落とかいった興味あるテーマが並び、いずれも現状を憂い、改革を訴えかける問題提起がなされていて、それぞれ部分的には共感できる点も少なくありませんでした。
  しかし、その変質や堕落の原因をいわゆる「二分的思考」(白か黒か)に還元して説明するという方法論上の問題を別としましても、著者による「知性」の強調は、庶民の生活感覚から離れ、むしろエリート主義に傾くおそれがあるように感じました。「知性」は何よりも、憲法の保障する平和と人権に奉仕するものでなければならず、そこからインドや中国などとの平和共存の理念も生まれてくるはずで、それは単なる「知性の競争」ではないというべきでしょう。
  マスメディアの堕落なども、国家権力のあり方との関係で論じられるべきもので、著者のいう「少数意見の尊重」という観点からこそ見直されるべきものと思われます。テレビで国策やマスコミに苦言を呈する解説者は歓迎されないという状態は、著者自身が経験されているところだと思います。
  本書の中で一番気になりましたのは、著者が現在大学教授の地位にあるにもかかわらず、大学の人事権は教授会にあるとする「大学の自治」を公然と否定し、トップの学長が人事権をもつべきであると主張されている点です。これは、国立大学が「独立行政法人」化した後も、文部科学省の統制から何とか教授会の自治を守ろうとしている大学人の努力に水を差すものではないかと思われるのです。戦前の歴史を踏まえて、教育の国家統制の弊害をこそ強調すべきときではないでしょうか。
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by nakayama_kenichi | 2010-02-19 20:22

「法学論叢」の思い出

 私は、昭和31年から昭和57年まで、京都大学法学部の教員として勤務し、退職後は「名誉教授」の称号を頂きましたので、今でも京都大学に関する広報資料のほか、法学部の研究機関誌である「法学論叢」をまとめて送ってもらっています。
 この「法学論叢」はすでに古く戦前の大正8年に法学部から経済学部が独立して以来、法学部の教員と院生が執筆する法律学・政治学の専門研究誌として、長い伝統をもつ「月刊誌」で、学界からは高い評価を受けてきたものといわれています。
 私自身も、大學院生の時代から執筆の資格を与えられましたので、論文や文献紹介や翻訳などの研究成果を数多く掲載させてもらうことができ、その恩恵を享受した一人です。当時の若い研究者にとっては、まだ「法律時報」や「ジュリスト」などの一般の法律雑誌への掲載は困難な時期でしたので、自分の大学の機関誌である「法学論叢」は一番身近で利用しやすい業績発表の場として貴重な存在だったのです。そして現に、昭和30年には文献紹介と判例批評、昭和31年には論文2本と文献紹介、昭和31年には論文と判例批評を執筆した記録があります。
 その後も、「法学論叢」への執筆は継続し、退職するまで少なくとも1年に1件は執筆を続けていたように思います。そして、この点については、かつて佐伯千仭先生のご自宅を訪問した際のお話しの中に、戦前の法学部教授は「法学論叢」に少なくとも年1回は執筆するという暗黙の申し合わせがあったといわれ、私自身も戦前の古い法学論叢を調べて確認し、きびしい世界だなと感じ入ったことがあります。
 ところが、最近送られてくる「法学論叢」を見ますと、月刊誌として続いてはいるものの、現役教授の論文がきわめて少なく、「院生論集」のような印象を受けるのは、いささか淋しい感じがします。天下の京大法学部の「法学論叢」がんばれといいたいところです。
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by nakayama_kenichi | 2010-02-17 20:17

少数意見の尊重

 懸念された通り、法制審議会の刑事法部会は、2月8日に、殺人罪などの公訴時効を廃止し、それ以外は現行の時効期間を2倍に延ばす要綱骨子案を賛成多数で決定したと報じられました。しかも、この改正案が通れば、現在進行中の事件にもさかのぼって適用することになるというのです。いずれも多数決ですが、時効の廃止と延長については11:3であるのに対して、遡及適用については10:4という評決の微妙な差に注目しなければなりません(2月8日読売)。
 実は、法務省の要綱案に終始反対したのは、弁護士会推薦の委員の3名だけで、それ以外の裁判所、検察庁、警察庁関係者および専門の刑事法学者委員は、時効の廃止と延長には全員が賛成し、遡及適用については、1人だけ(おそらく学者委員)が反対票を投じたものと思われます。勇気のある1票といえるでしょう。
 ここで注意を要するのは、公訴時効期間を延長した平成16年の改正の際には、さかのぼって適用するという措置は見送られたのに、今回はこれが強引に通ってしまったという点です。しかし、そこには、憲法39条(遡及処罰の禁止)にかかわる原則問題が含まれていますので、本来ならばもっともっと慎重な論議がなされてしかるべきだったと思われます。
 「公訴時効」の制度は、限られた捜査資源を適正かつ公正に配分するために認められてきたもので、被告人の利益や被害者・遺族の「感情論」とは別に議論されるべきはずのものです。時効を撤廃してしまえば、捜査機関は重大事件の捜査をいつまでも続けなければならないという不可能を強いられることになり、事件を区別すれば不公平が生じることは避けられません。また時効の撤廃が必ずしも被害者の利益になるとも限らないのです。かつて佐伯千仭先生は、ナチスの学者が時効を否認しようとしたことをあげて、日本に古くからあった時効制度の中に、日本人の刑法意識の淡白な性格が現れているといわれていたことを想起すべきでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2010-02-15 22:18

「中国訪問記」の講演

 2月10日の午後7時から、このマンションの2階のホビールームで、私が昨年10月から11月にかけて10日間、中国の南京と武漢を訪問した際の模様を、入居者の皆さんにお話する機会がありました。当日は、30名近くの皆さんが集まられて、盛会でした。
 話だけでは味気ないので、中国で撮ってきた写真をスライドでお見せしようと思いましたが、器具も扱い方も分からず、困っていましたところ、入居者の中に援助して下さる人がおられて、18枚分の写真を皆さんにお見せすることができました。スライド付きの講演をするのは初めての経験でしたが、大過なく終り、ほっとしているとこころです。
  講演の内容は、「南京の5日間」「武漢の5日間」「中国訪問余滴〈1〉」「中国訪問余滴〈2〉」「中国からの贈り物」という5項目で、これらは、すでにこの「ブログ」で紹介ずみのものを印刷して、皆さんに配布し、それにしたがって説明し、ときどき対応する写真をスライドでお見せするという方法で行いました。2-3ヶ月も経てば細かいことは忘れてしまうものですが、記録しておいたものが役に立つことが実例で証明されたことになります。
  以下では、とくに印象的だった武漢市の有名な「黄鶴楼」の名前の由来とされています古い「言い伝え」の内容を紹介しておきます。
  「むかし江夏郡の辛氏という人の酒屋に、ある日一人の仙人が現れた。酒を乞われるままに主人は大杯で飲ませた。爾後半年ほどの間主人は嫌がらず只で酒を飲ませ続けた。ある日、仙人は主人に向かい、酒代がたまったが金がないと言い、お礼に店の壁に黄色い鶴を描いて立ち去った。ところが不思議なことに、酒を飲みに来た客が手拍子を打って歌うと壁の鶴が踊り出し、忽ち評判となって店は大繁盛、10年ほどの間に辛氏は百万長者になった。ある日ひょっこり例の仙人が現れ、笛を取り出して吹くと、空から白雲が舞い降り、黄鶴が壁から抜け出して来た。仙人は鶴の背に跨って白雲とともに飛び去った。辛氏は楼閣を建て黄鶴楼と名づけて祈念した」。
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by nakayama_kenichi | 2010-02-12 17:44

また淋しい訃報

 1月に元関西大学教授の森井暲氏の訃報があったばかりですが、2月に入って、同志社大学教授の上田健二氏の訃報に接しました。上田さんは、まだ69歳、私とは一回りも若い年代なので、惜別の念が一層強いものがあります。
 上田さんは、ずっと同志社大学に所属されていましたので、私とは大学は違うのですが、恩師の秋山哲治先生以来の関係で親しくなり、古くから私どもの関西の「刑法読書会」のメンバーとして、長年一緒に刑法の研究を続けてきた有力な仲間の一人です。とくに私とは一家をあげて親しく交流していました。
 ここ数年来、喉頭部分のガンに侵された後も、研究は休むことなく、とくにドイツのラートブルフやアルトゥール・カウフマンなどの「法哲学」文献の翻訳・紹介に、文字通り命をかけ、寸暇を惜しんで没頭されていました。そして、同志社法学掲載の「ラートブルフ法哲学綱要」(2・完)が絶筆となりました。
 2月8日の午後、ご自宅を訪問して、お写真とお遺骨に対面しましたが、いまにも話しかけられそうな親近感を覚えました。いっぱいの花に包まれた祭壇の前で、奥さんのほか息子さん、娘さんともお話しましたが、上田さんは、いつも2階の書斎をこよなく愛し、雑事から離れて勉強することを当然の日課として、ずっと一生を通してこられたと聞いて、私自身も同様な体験をしていますので、そのお気持を全面的に理解することができました。死ぬまで研究を続けるという考え方を、実際にも実践されたことに、純粋な感慨を覚え、敬服しました。
 上田さんの元気なときの証拠写真として、私の古稀記念祝賀会(13年前)のビデオがあることを思い出しましたので、それを持参しました。そのとき、上田さんは開会時の司会役をつとめ、独特の上田節を披露されていたのです。なお、いまこのビデオを見ますと、それ以後に亡くなっている人が、私の家内を含めて、意外に多いことに、改めて気がつきました。上田健二さん。長い間ご苦労さまでした。さようなら。
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by nakayama_kenichi | 2010-02-10 11:26

予備校受講生の来訪

 最近のブログのコメント欄に、東京在住の弁護士であるY氏から、京都に来る用件があるので、私宅に立ち寄りたいとの連絡がありました。2月4日はちょうど空いていましたので、午後2時頃から2時間ほど、お会いして懇談しました。
 私は初対面のつもりでしたが、Y氏の方は私をよく知っていて、その証拠品として、昭和54年〈1979年〉8月に東京の司法試験予備校である「辰巳法律研究所」で私が行った刑法の集中講義のレジメを取り出したのです。たしかにそれは私が作成した講義案で、Y氏がそれに書き込みをした跡も見られました。そして、書かれた講義案だけでなく、講義を録音したテープを今でも大切に保存しているといわれて、驚きました。
 たしかに、その頃は私も50歳代で元気があり、本務校の講義やゼミだけでなく、関西周辺の複数の私立大学に非常勤講師として出向し、さらに夏休みなどには上京して「辰巳法律研究所」や「中央大学真法会」などで、答案練習会や集中講義をしていました。Y氏は、そのときの熱心な受講生の一人であったわけです。とくに私の講義には興味があったとして、いまだに憶えてくれており、実に30年振りに私宅まで訪問してくれたことは、本当に嬉しいことで、教師冥利につきるといってもよいでしょう。
 Y氏は、青山学院大学の法学部を昭和54年(1979年)に卒業後、司法試験を目指して勉強し始め、なかなか択一試験の壁を破れませんでしたが、予備校でアルバイトをしながら、ようやく平成5年(1993年)に念願の司法試験に合格し、沖縄で司法修習の後、平成8年(1996年)に弁護士登録をし、以後東京で弁護士として多方面に活躍しておられます。いま53歳ということですので、私が集中講義に行った頃のように、一番元気のある時期にあたるわけです。雄弁で有能な弁護士だと感じました。
 今のロースクールよりも、昔の司法試験の方が良かったというY氏の意見にも一理あると感じながら、私もY氏の人生に少し手助けできたことを嬉しく思いました。
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by nakayama_kenichi | 2010-02-09 10:57

時効の廃止・延長問題

 民主党への政権交代後、これまでの刑事司法改革の見直しが期待され、現に、服役中の受刑者が「再審」によって冤罪であることが分かった「足利事件」からの教訓として、自白偏重の捜査手法が批判され、密室での取調べを全面的に録音・録画する「可視化」が現実的な課題となっています。しかし、この問題は「捜査方法」全体の問題のひとつとして「慎重に検討する」程度にとどまっている状態です。
 ところが、一方で、「公訴時効」(犯罪発生後一定の時日の経過によって公訴の提起ができなくなる制度)については、すでに平成16年に時効期間の延長がなされたばかりなのに、急にこの問題が浮上し、法務大臣の諮問をうけた法制審議会が2009年11月から2010年2月までという短期間に答申を出し、法案を今国会に上程することが予定されています。
 しかも、法制審議会が審議の対象にした改正案の内容は、法務省があらかじめ用意した「たたき台」に沿ったもので、そこには公訴時効期間のさらなる延長のほか、一定の重大犯罪については公訴時効自体を廃止してしまう案も含まれており、さらに今回の改正が現に時効が進行中の事件にも遡及的に適用することまで考慮されています。それは、時効制度の趣旨にまでさかのぼる重大な見直しで、社会的な影響も大きい問題であります。
 ところが、法制審議会の議事録は、依然として発言者が「匿名」になっていますので議事の経緯を正確に確認することが出来ず、弁護士会推薦委員のほかはおおむね法務省案に傾くという学者委員の「人選」方法は、これまでと一向に変わらず、とくにこの問題では、「犯人がのうのうと生き延びることが許せない」という犯罪被害者側の「感情論」に圧倒されてしまっているという印象を否定できません。
 専門の刑事法学者の意見も総括されず、民主党案(特に悪質な事案について検察官の請求により裁判所が中断を認める)さえ棚上げされている現状に対して、民主党と法務大臣の毅然たる対応を期待し、少なくとも「慎重審議」を求めたいと思います。
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by nakayama_kenichi | 2010-02-07 14:24