最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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年明けの訃報

 元日の午前中に、後輩の友人からメールがあり、私よりも若い関西の刑事法学者が暮れの12月31日に亡くなったという訃報を知らせてくれました。1月3日の朝日新聞の死亡公告欄には、以下のような記事が載っています。
 「森井 暲さん(もりい・あきら=関西大学名誉教授・刑事訴訟法) 12月31日、呼吸不全で死去、78歳。通夜は3日午後7時、葬儀は4日午前11時から奈良市佐保台1-3574の4の公益社ならやま会館で。喪主は妻真弓さん」。
 森井君は、私よりも2-3級ほど下で、京都大学法学部卒業後、大學院に残り、平場安治先生のご指導の下で、刑事訴訟法の研究者となりました。それは昭和30年当時のことですが、関西には佐伯千仭、平場安治、宮内裕といった先生方によって「刑法読書会」という月例研究会が創設されたほか、大阪の泉正夫先生(内科医で刑訴法の院生)が北白川に設けられた「泉ハウス」を利用して共同研究と共に人的な交流を深めるという独特の環境がありました。
 森井君は、この「泉ハウス」に住み込んで、面倒な管理事務一切を何年かにわたって引き受けてくれた初代の名管理人でした。気さくな人柄もあって、多くの若い院生が集まり、森井君のお世話になりました。私自身もよく出入りし、ここで学生の自主ゼミを開いていたこともあります。「泉ハウス」の建物はもう無くなっていますが、その「助け合い」と「切磋琢磨」の精神は今でも残っており、「刑法読書会」の研究会は今でも続いています。
 その第1期生の仲間の中では、繁田実造君(元近畿大学教授)や安藤純次君(元弁護士)などが亡くなりましたが、森井君も他界してしまったことは、淋しいかぎりです。なお、森井君には、個人的にも、事あるごとに京都の私宅に来てもらって、こまごまとした雑用をお願いし、相談に乗ってもらったという恩義も感じています。
 長年のご厚誼に感謝しつつ、謹んでご冥福を祈ります。森井君、さようなら。
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by nakayama_kenichi | 2010-01-03 19:37

2010年1月1日

 正月の朝、窓を開けたら、ベランダに粉雪が舞っており、琵琶湖の湖岸は白い雪に覆われていました。しかし、やがて対岸の雲の間から初日の出が見られ、気温も上がって、雪景色は消えました。2010年の幕開けです。
 食堂では、入居者があちこちで新年の挨拶をして、元旦の祝い膳を賞味しながら笑顔で新しい年を迎えました。去年の正月からもう一年も経ったのかといいつつも、年が改まる正月はやはり目出度いものというのが、われわれ高齢者にとってもあてはまるようです。雲井先生のご講演にもありましたように、過去を追うことも、未来に託することもなく、『今』をどのように生きていくべきなのかが問われていることになります。
 今年の元日は、朝食後からまず初仕事として、雑誌原稿の執筆に着手したのですが、、急に思い立って外出しました。風が強いのが気になりましたが、心機一転の気持ちで、近江神宮の方向に歩き始め、境内から宮殿までの階段を登る頃には、体は暖かくなり、汗が出て、しばらく休憩しながら、参拝客やテント店などを眺めていました。去年と同様に、広い境内が人よりも車で埋まってしまうという異様な風景が恒常化してきているようです。
 帰りもマンションまで歩きましたが、かなりの道のりがあって、いささか疲れました。しかし、今年も元日からかなり運動したことは、良い出発点になったと思っています。足腰の衰えを防ぐには、まず「歩く」ことが最も基本的で効果的な方法であると分りながら、次第に歩く機会が少なくなくなるというのが一般的な傾向だといえるからです。
 元日の午後は、喪中にもかかわらず送られてきた年賀状を読み返し、その返信をできるだけパソコンのメールですませるという方法をとりましたが、それでも結構時間を要し、結果的には、元日には研究上の初仕事は着手しただけで終わりそうです。
 「ブログ」で新年の挨拶をし、今年もどうかよろしくと申し上げます。
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by nakayama_kenichi | 2010-01-01 16:57