最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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「日米同盟」の見直し

 いま、沖縄の「普天間基地」の移転問題が連日新聞やテレビで報じられています。鳩山首相は、5月末までの決着を公言していますが、事態が決して予断を許さないものであることは誰もが認めているところです。一方では、沖縄の基地周辺の住民の反対意思を尊重するといわれながらも、他方では「日米同盟」関係の維持という要請にも答えようとするところに、基本的なジレンマが共通に意識されているように思われます。
 しかし、このような図式自体を前提とする限りは、事態はもう限界に来ているといわざるを得ません。それは、現在の沖縄に集中したアメリカの軍事基地自体が、実は「日本政府からの援助金」と引き換えに押し付けられたものであり、しかもそれが沖縄の復興に寄与せず、市民間の軋轢を生むという矛盾した状態が続き、むしろ悪化しつつあるというのが実態ではないかと思われるからです。このまま、そして今以上に「飴と鞭」の政策を続けることがやむを得ないことなのか、そこから抜け出す道はないのかという議論が今こそ要請されているというべきでしょう。
 それは、いわゆる「日米同盟」自体の見直しをも視野に入れることを意味するのですが、日米安保条約を前提とした上でも、もう一度その出発点に立ち帰り、日本国憲法との関係を再確認した上で、日本における米軍基地のあり方を見直すことが求められていると思われるのです。来年度の予算が議論される場合にも、自衛隊の予算を含めて、在日米軍基地に関連する予算については、一種の「聖域」として扱われ、マスコミもほとんど触れようともしないのはおかしいのではないでしょうか。
   実際には、米軍基地は134箇所、米兵は約5万人、基地の使用料は無料で、無税という特権が与られている上に、日本側の分担金が6300億円、いわゆる思いやり予算が2083億円(2008年)といった状態が、なぜ問題にならないのかという疑問があります。少なくとも、見直されるべき「地位協定」の内容を、マスコミはもっと具体的に国民の前に知らせるべきでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2010-01-28 20:19

神戸の結婚式

 1月23日(土)の午後3時半頃から午後8時頃まで、神戸港に面したメリケンパークオリエンタルホテルで、若い友人の結婚式と披露宴があり、出席しました。神戸は久しぶりなので、少し迷ってホテルにつきましたが、神戸港内に停泊中の帆船を見て、かつての若かりし戦時中の高等商船学校の頃のことを思い出しました。
 結婚した新郎は、私が所属する大阪の弁護士事務所の若い有能な弁護士で30歳台後半、新婦は沖縄の出身で20歳台前半という、やや年齢の離れたカップルでしたが、新郎の方には弁護士を含む関西中心の友人達が、そして新婦の方には遠路沖縄からかけつけた友人達の若い女性のグループの姿が見られ、華やかな応援団に囲まれた新郎・新婦は満面笑みをたたえ、ひときわ幸せそうに見えました。
 ホテル内には、結婚式場も設けられてあり、神父さんが二人をひき合わせ、誓いの言葉と指輪の交換を済ませた後、全員が讃美歌を歌うという順序で、厳粛な儀式が行われました。結婚式の後、お二人は、会場の外の海岸に出て、参会者から花びらの吹雪を浴び、写真やビデオの撮影が続きました。海岸はかなり寒く、花嫁にはいささか気の毒な気がしました。
 披露宴の方は、その進行の次第が万事行き届いていて、来賓の挨拶の合間には、いろいろな行事が企画され、それらがすべて新婚のお二人を主役とし、常にお二人に拍手が集まるように、うまく演出されていて、感心しました。媒酌人のない披露宴はすでに定着したようですが、ただ司会役までホテル側の人に委ねてしまうのは、いささか行き過ぎたパターンでなかろうかと感じた次第です。
 私は、乾杯の音頭をとりましたが、50年も前の自分の結婚の話をし、仕事も大切だが家庭も大切だという平凡な、しかし困難な課題を申し上げて祝辞としました。若くて素敵なお嫁さんをもらった梁さん、おめでとう!。 
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by nakayama_kenichi | 2010-01-25 17:44
 「研修」という月刊誌を贈ってもらっていますが、今年の新年号(2010年1月、739号)に、「検事総長」の「年頭にあたって」という文章が載っていましたので、検察当局の幹部が今何を考えておられるかという関心から目を通してみました。
 まず、検事総長の樋渡利秋氏は、平成21年版の犯罪白書によると、平成20年も犯罪の発生件数が減少したこと、それは一般刑法犯だけでなく裁判員裁判対象事件(重大犯罪)も同様の減少傾向にあることを指摘した後で、それでも国民の間に治安が良くなったという感覚がないのは、連日報道される凶悪な殺傷事件のほか、コンビ二強盗など世の中の不況を背景とした犯罪が目立つようになったからだと指摘されています。失業率の増加が犯罪を増加させるおそれがあり、安心できる状況にはないというわけです。
 そして、裁判員裁判との関係では、裁判員の積極的な参加が得られていることとともに、刑の執行猶予判決には保護観察(社会内での指導監督と補導援護)が多く付くようになったのは、犯罪者の再犯防止と社会復帰を促進するものとして歓迎すべきだといわれています。そして、刑事司法に携わる者としては、犯罪者の更正を願う国民の声を真摯に受け止め、犯罪の防止に正面から取り組んでいく必要があるといわれるのです。
 以上のような指摘は、それ自体としては筋の通った正論であると評することができるでしょうが、最後のところで、21世紀のキーワードは「トレランス(寛容)」といわれているとの指摘が出てきますと、それが上のような状況とどのように関連するのか、うまく理解できそうもありません。一方では、死刑を含む厳罰主義がすっかり定着し、被告人の人権よりも被害者の利益を優先させ、公訴時効まで廃止または延長しようとする「刑事政策」が、どのようにして「寛容」とつながり得るのか、その接点はどこにあるのかを示してほしいものです。たとえば、被疑者・被告人の「取調べの可視化」に対する検察当局の前向きの対応を期待したいと思います。
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by nakayama_kenichi | 2010-01-22 21:00
 小野清一郎博士は、昭和5年(1930年)の段階で、「冤罪者に対する国家賠償責任の立法に付いて」と題する論文を公表されています(法律時報2巻2号)。これも、当時の小野博士のリベラルな人権思想を代表する名論文として紹介に値すると思います。
 戦前の昭和5年当時、冤罪者国家賠償法案の国会提出が司法省の省題として決定されたと伝えられる状況の下で、小野博士はそれが多年の懸案たる立法なので、たとえ不十分なものであっても、ともかく実現されることを切望してやまないと訴えられていました。
  小野博士が事態を憂慮されたのは、立法に反対する理由として、大蔵省が財政上の負担をあげるほか、当時の伝統的な法律見解もまた、国家の行為は法律上無責任であるから、司法権の行使が法規に従う限り合法であり、さらに故意または過失もない限り損害賠償責任はないという見解をなお墨守していたからです。
  小野博士は、これに対して、冤罪者に対する国家賠償の制度が必要なのは、刑事司法がほとんど必然的にもたらす不当な結果に対して救済を与えなければならない現実に根ざすものであるとして、大正15年の刑事統計をあげ、確定判決があったあと「再審」によって無罪または免訴となった事件が9件もあったという点など、具体的な数字をあげて、誤判や不当起訴が現実に行われているとした後、「罪なきに拘らず誤って有罪の判決に依り刑を執行された者に対しては勿論、誤って起訴され、ことに未決勾留を受けた者に対して、これに因り生じたる損害を為すことは、国家的に組織された社会そのものの責任でなければならぬ」と論じられたのです。
  しかし、結果的には、小野博士の説得的な理論的営為にもかかわらず、冤罪者に対する国家賠償法案は成立が見送られ、「刑事補償法」の方は昭和6年に成立したものの、「国家賠償法」が成立したのは、戦後の昭和22年でした。戦前の抜き難い伝統的見解に対する小野博士の先見の明を賞賛すべきでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2010-01-19 20:09

不当拘禁の問題

 小野清一郎博士の戦前の古い時期の研究業績の中に、「不当拘禁の問題」という論稿があることを発見しました(法律時報2巻11号、昭和5年)。「日本法理」に至る過程の中にあっても、いまだリベラルな時代状況下では、東京帝国大学の教授が当時の刑事司法手続、とくに警察権の濫用をきびしく戒めた論稿が存在していたことを改めて想起しておく必要があるでしょう。
 この論文で、小野博士は、近時(昭和5年当時)労働運動ないし共産主義運動に関連する検挙において警察権が濫用され、不当拘禁、さては××(伏字)に近い暴行・陵虐の風評を聞くことは憤懣に堪えないところであるといわれ、警察署長による「違警罪即決例」と行政執行法による(公安を害する虞ある者に対する)「検束処分」の濫用をきびしく批判された後、とくに以下の3点を指摘されていました。
 第1は、捜査機関が行う「取調べ」に関してですが、被疑者がその取調べに任意に出頭し、任意に供述するといわれる場合にも、それが果たして任意かどうかが問題であって、出頭の要求が事実上すでに大きな心理的強制である以上に、時として甚だ不当な精神的強制ないし物理的暴行さえ行われる取調べが何で任意であろうかと疑問を提起されています。
 第2は、警察署内の「留置場」に関してですが、留置場が検束者を収容するほかに、監獄に「代用」され、少年や精神病者も収容されているのが現状であるとして、まずは留置場を根本的に改善し、さらに監獄法を改正して、留置場を監獄に代用することを断然廃止しなければならないと強調されています。
 第3は、不当拘禁を行った責任者を厳重に検挙し、処罰することの必要性についてですか、実際にはほとんど処罰されていない(昭和2年にわずか1件)状態にあることは問題ではないかと指摘されています。
 戦前の「違警罪即決例」や行政的な「検束」処分は、戦後廃止されましたが、密室での「取調べ」や「代用監獄」の問題は、その後80年を経た現在もまだ続いていることを忘れてはならないと思います。 
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by nakayama_kenichi | 2010-01-16 10:05

「一日一善」のその後

 マンションの廊下を一緒に散歩する「一日一善」のボランテイア活動は、昨年の5月から始まりましたが(「ブログ」09年5月7日)、年を明けてもなお、毎日、朝食後と夕食後の2回、ほとんど休まずに、もう8ヶ月以上も続いています。90歳の老婦人のリハビリの歩行運動を援助しているのですが、今ではもう日課の中に入ってしまったようで、私自身の運動にもなっています。
 15階建ての高齢者用マンションの2階に食堂があり、老夫婦と一緒に食事をした後、手押し車で歩く老婦人の先導役をしながら、まずは2階の廊下を歩き、次はエレベーターで私の部屋のある15階まで上がって、15階の廊下を歩き、その後はまたエレベータで3階まで降りて、3階の廊下を歩き、そこで90歳のご主人と合流した後、ご自分の部屋までの10m位は、手押し車を離して、手をつないで歩くというのが、いつものコースとなっています。
 なぜそのようなことになったのか、はっきりしないのですが、いつの間にか家族の一員のような関係ができてしまったようです。廊下を歩いていて、知らない人と出会ったとき、息子さんですかといわれたのには驚き、大笑いになりました。自分の母親や家内に対してもしなかったことをしているのですから、我ながら不思議な出会いの縁があったものだと感じています。
 この老婦人は小柄で子どものように明るく、素顔はピンク色のつややかさで、笑顔が素敵なだけでなく、現にリハビリの効果もあって、最初は不安定なすり足で、危なかったのですが、最近では、足も上がって姿勢も安定し、だいぶすらすらと歩けるようになってきました。やがて手押し車なしで歩けるようになることを願っています。
 朝食も夕食も時間通りに食堂まで降りてきて、あまり運動もされないのに、食欲は十分にあり、90歳(卒寿)の老夫婦の元気さと明るさに、入居者一同癒されています。
 
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by nakayama_kenichi | 2010-01-13 13:38

医療観察法の見直し論議

 2003年に成立し、2005年から施行されています「心神喪失者等医療観察法」については、5年後の見直しを前にして、その運用状態についての評価が行われていますが、何よりも当初から懸念されていた指定入院施設の整備が一向に進まず(720床の予定が450床)、そのこととも関連して、当初予定されていたよりも入院決定が少なく(約57%)、むしろ通院決定が比較的多い(約17%)というのが現状です。しかしその結果は、むしろ通院医療が一般の精神医療とつながり、これに包摂される可能性を示唆しているともいえるでしょう。
 ところが、裁判所の判例は、医療観察法上の措置を優先し、これを「触法精神障害者」対策として特化することによって、むしろ一般の「精神保健福祉法」との連携を妨げる方向にあることが懸念されます。それは、「医療観察法」の由来をかつての「保安処分」論議に引き戻し、立法時の国会における「修正」の意義を過小評価する論調と符合しているように思われます。
 それが杞憂でないことは、最近の法律雑誌上の学者の論稿の中に顕著に現れていることからも推測できます(「刑事法ジャーナル」19号、2009年、特集「医療観察法の現在」所収の3論文)。そこでは、山本輝之教授が、人格障害者を一律に除外することは本法の存在意義を失うとして「治療可能性」の拡大を示唆し、林美月子教授は、本法が同様な重大犯罪の再犯防止を目的としているものと明言され、安田拓人教授も、保安処分論における「再犯のおそれ」を前提として、本法の対象行為の「故意」犯罪の内容を分析すべきであるとされています。
 これらの論稿のそれぞれに一理があることを認めた上でも、私が不思議に思うのは、本法を保安処分的に運用せず、「医療法」として「精神保健福祉法」との連携を図る方向での「見直し」提案〈日弁連刑事法制委員会〉がその存在すら指摘されず、これに対応する学界の意見(私見を含む)も全く無視されていることのほか、わが国の「精神医療一般」の極めて貧困な状態の抜本的改善という最も大事な提言も見出せないところにあります。
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by nakayama_kenichi | 2010-01-11 14:02

1月9日で81歳?

 新しい年が明けますと、すぐに1月9日の誕生日がきますので、私には数え年と満年齢との違いがあまりありません。それで、また1歳、年を加えることになるはずですが、今年から、新しいアイディアを考えて、新年には1歳づつ年を減らして行くことにしました。そうしますと、本来は83歳のはずが、81歳に若返ることになります。
 これからは、実際の年齢と通称の年齢とを、そのときどきによって使い分けることになり、周りの人をいささか混乱させることになりますが、その趣旨は、発想を転換して、年齢を逆転させることが、体も心も若返ることにつながればという期待を自分自身に言い聞かせる点にあります。年を取るという発想をやめて、1年前に帰って、やり直すという考え方になれないかと考えているのです。
 そのためには、まず「体力」の衰えをカバーするという消極的な姿勢ではなく、むしろ眠っていた潜在的な体力を開発して、新たに体力をつけていくという積極的な姿勢に転換しなければなりません。そのために、外出しない日は、午前中は勉強し、午後は必ず1時間以上を体力をつけるための「運動」にあてるという日課を立て、これを毎日「継続する」ことが必要となります。しかも、それを義務としてではなく、楽しくするための工夫をしなければ、長続きしないことになるでしょう。
 一方、精神的な「気力」の面も重要ですが、この方は、意識的に若い人たち(できれば異性が望ましいでしょうが)と交流することによって、いつも夢と希望を失わないようにしたいものです。マンネリな日々にならないためには、日野原さんの次の助言が参考になるでしょう。「毎朝、目覚めた時に、『これは単なる日々の繰り返しではない。いまだ知らない、明るいanother day(別の日)がまた与えられたのだ』と信じて、前進して下さい」(朝日新聞1月9日)。
 
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by nakayama_kenichi | 2010-01-09 17:59

辰巳法律研究所

 今年の年賀状の中に、東京の「辰巳法律研究所」から来た印刷物が入っているのが目にとまりました。そこには、ロースクールの制度とその運用について、かつて導入時に指摘されていた「懸念」がほぼそのままの形で現実化しているとして、合格率70%が実際には30%を割り、司法試験の合格率によってロースクールにランキングができ、ロースクールから司法試験に合格した者にも弁護士への就職難が生じているという問題点が、改めて想起されています。
  「なぜ、こんなに分りきったことが、きちんと議論されないままスタートし、予想通りの事態になっても公的な場で再検討されることがないのか、素朴に疑問に思います」といわれる点には、私見も全く同感です。誰も責任をとろうとせず、現状を前提とした上での部分的な手直し(たとえば、ロースクールの定員の小幅な縮小)にとどまって、上に指摘されているような「公的な場での再検討」は行われる兆しもなく、その要望も顕在化しないというのは、まことに不可解な現状であるというほかありません。本来の理念とは裏腹に、ロースクールを持つ大学の教員も学生も、まさに「呻吟(しんぎん)」状態におかれていると聞いています。
  「政権交代」を機会に、このロースクールによる法曹養成問題についても、抜本的な見直しが要請されているように思われるのですが、責任回避の裏に、既得権の擁護と利害の打算があるとすれば、そこにもメスを入れる必要があるでしょう。具体的な提案として、私自身はかつて、個々の大学から独立したブロック別のロースクールの提案をしたことがあります。
  なお、辰巳法律研究所と聞けば、かつて現役の若い頃は、日曜答案練習会や集中講義などの名目で、しばしば依頼されて上京し、司法試験受験者の諸君に刑法の講義をしたことを懐かしく思い出します。あの頃も、司法試験は難関でしたので、大学での講義とは違った工夫をしなければならないという緊張感があったように思います。
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             (虎の絵は、亡妻がかつて年賀状のハガキに描いたものです)
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by nakayama_kenichi | 2010-01-07 13:33

オランダの安楽死

 去年の暮れから正月3ヶ日まで、ペーター・タック著、甲斐克則編訳『オランダ医事刑法の展開―安楽死、妊娠中絶・臓器移植』(2009年、慶応大学出版会)の書評の原稿を書く仕事に集中し、1月4日に終了して、原稿を送りました。今年の初仕事です。
 オランダの安楽死については、すでに日本でも多くの紹介がありますが、妊娠中絶や臓器移植の問題を含めて、いわゆる「オランダ方式」の特色をまとめたところに本書の魅力があります。タック教授は、随一の知日派で、日本にも親交のある学者が多く、私自身もかつてタック教授の著書を共訳したことがあります(タック『オランダ刑事司法入門』2000年、成文堂)。
 本書でタック教授は、オランダでは安楽死法(2001年)で事実上「殺害を認可」したものであるという一般の評価が偏向した「誤解」に基づくものであることを証明するために、オランダにおける安楽死の長い論議の過程を丹念にフォローし、判例と立法の内容を詳細に分析されています。しかし、それにもかかわらず、なお理論的にはすっきりしない部分が残されているところに、むしろ「オランダ方式」の特色があるように感じられるのです。
  オランダ法の特色は、「安楽死」が刑法上は「同意殺人罪」に当たることを前提として、しかし一定の「相当な注意(due care)」の基準を満たせば緊急避難として正当化されることを認めつつ、しかし医師には届出と報告の義務があり、地域審査委員会の審査に基づいて検察官が訴追決定を行うという「審査手続」が予定されている点にあります。そして現に(2002年現在)、毎年3000件以上の生命終結が行われ、その40%が届け出られるが、起訴件数は非常に少なく、過去10年に起訴されたのは10件で、すべて執行猶予判決が言い渡されたといわれています。このような「審査手続」は、限界事例に対する慎重な対応策として評価できるものといってよいでしょうが、そのことと「安楽死が正当化され得る」という前提との関係がどうしても矛盾しているように思われるのです。
 
 
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by nakayama_kenichi | 2010-01-05 13:28