最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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90歳ご夫婦のお祝いの会

 この高齢者用マンションは15階立てで、部屋数は150室に及びますが、各室は1人又は2人の定員なので、内部は静かで、廊下にはあまり人影は見られません。年代別の統計は正確には分りませんが、70歳代後半が最も多く、70歳代前半と80歳台がこれに次ぎ、50歳台と90歳台とが極めて少ないという構成になっているものと思われます。
 その中にあって、最高齢は、このブログでも紹介しましたサンスクリットの専門家の雲井先生ですが(94歳)、それに次ぐのが、今回、お2人とも90歳というご長寿のKさんご夫妻なので、去る9月25日に、簡単な昼食会の形で、親しい仲間12名が集まり、ささやかな、しかし楽しいお祝いの会を催しました。
 当日は、ご主人の90歳のお誕生日でしたが、奥様も少し前に90歳になられたばかりで、揃って「卒寿」というのは、このマンションにも他に例を見ない貴重なカップルとして注目されているのです。しかも、お2人ともまだまだお元気な上に、何よりも奥様の笑顔が素敵なので、同席するだけで顔がほころぶというなごやかな雰囲気に包まれました。
 お2人は、敗戦直後の昭和22年に結婚されていますので、すでに60年以上を経過しています。ご主人は、戦前の京都帝国大学の工学部卒の学歴で、僧籍にも関係された庶民感覚の持ち主ですが、今でも車を運転されるという超人です。一方、奥様は1人っ子の京美人で、全くお化粧したことがないというのに今でもピンクの頬という、これまた抜群の魅力をそなえておられます。ただ、歩くのが少し不自由で手押し車を使われていますが、その歩行のリハビリを私がお手伝いしているというわけです。
 集まった12名はみな、お2人の「卒寿」を祝し、お2人にあやかって、元気な笑顔での長寿とあたたかい助け合いを約束しながら、散会しました。 
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by nakayama_kenichi | 2009-09-30 18:07

陪審制の長所(2)

 大場茂馬博士による12項目の陪審制の長所の指摘に次いで、本書にはさらに、同博士による以下のような重要な指摘が引用されています。
  「陪審制度では、裁判事務を判事と陪審が分担し、陪審員は犯罪事実を独自に判定する専権をもち、判事は関与しないところに長所があるのだから、判事と参審員が一緒に評議しては陪審の長所が半減されてしまう。従って、参審よりは陪審の方が優れる」。
 「陪審裁判所においては裁判事務を判事及び陪審員の両者に分担させ、陪審員は犯罪事実があるか否かを判定する専権をもつ。判事は刑の量定につき専権を有するが、参審裁判所においては判事とは裁判事務について全然同等の権利をもち、犯罪事実の認定及び刑の量定に関し、合議して判定する。しかし陪審制度の長所は、多くは事実認定に関する陪審員の長所にある。従ってその長所を十分に発揮させるには、陪審裁判所のように陪審員のみに罪責問題の解決に当たらせ、判事を干与(かんよ)させないのが適当とする議論も、一理ありといわざるをえない。参審裁判所のように、判事及び陪審員を合体して罪責問題の解決に当たらせては、陪審員の特色たる長所を半減させてしまう結果を生じる」。
 また、日本の旧刑法(明治15年)の草案起草者ボアソナードの意見も引用されています。
  「刑事判決は最大の精神的権威をもつべきだから、人民自身にその判定を委ねれば、判定に対する人民の尊重信頼がいっそう深くなること、この事実である。被告人の利益は自分と同等な人民の中から抜擢した者に委任し、民衆の利益は民衆中の人に委任することである」。
 そして、現にこの日本で、大正12年(1923年)から昭和18年(1943年)までの20年間、実際に「陪審法」が実施されていたという歴史的事実が、意識的に無視され、その長所が忘れ去られようとしていることに警鐘を鳴らす必要があります。
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by nakayama_kenichi | 2009-09-28 08:53

陪審制の長所(1)

 最近、『裁判員必携』(石松竹雄=伊佐千尋共著、2009年8月、筑摩新書)を送って頂き、読む機会がありました。元裁判官とジャーナリストが情熱をこめて裁判員になる可能性のある市民に訴えようとしたものですが、そこには、これまでの官僚裁判に対するきびしい反省と批判から新しい裁判員制度(参審制)を真に国民的なものにするためには、どうしても「陪審制」の復活をこそ目標にすべきであるという確信が語られています。
 本書の中には、陪審制の長所として、かつて大正3年(1914年)に、大審院(最高裁)判事だった大場茂馬博士が書かれたといわれる以下の12項目が引用されています。
    ① 官憲を笠にきた司法権濫用の弊害を避け、濫用に対する不信用を避けること。
    ② 民衆と法律との隔離を避け、市民が裁判所を信頼するようになること。
    ③ 刑の言い渡しは公正かつ必要な理由を周知させる。
    ④ 立憲制度の趣旨を貫徹し、妥当な裁判を期待させる。
    ⑤ 一般民衆を支配する法律的常識を利用し、民衆の満足する裁判を期待させる。
    ⑥ 裁判手続を丁重にし、判決の信用を増大させる。
    ⑦ 直接審理主義及び自由採証主義を貫徹する。
    ⑧ 判事の経験を主とすることから生じる誤判を救済する。
    ⑨ 常識に遠ざかり迂闊な事実を避け、事実の真相に合致する裁判を期待させる。
    ⑩ 有罪の予断を避け、公平な裁判を期待させる。
    ⑪ 厳刑酷罰の濫用を避ける。
    ⑫ 被告人が甘受せざるをえない裁判を期待させる。
 以上の中では、とくに①、⑤、⑦、⑧、⑩、⑪などの指摘が重要だと思われます。
 
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by nakayama_kenichi | 2009-09-25 11:39

風の子保育園訪問

 過日自宅まで来ていただいた88歳の「がむしゃら」奥さんと再会の機会を得るために、今回は、近くの湖西線沿線の「穴太」地区にある「風の子保育園」を一緒に訪れることになりました。奥さんは、この地域の伝統的な古い保育園と深いかかわりがあり、現に、あとで分ったことですが、しょうしゃな日本間の床の間には、「堀井湖芳」と銘打たれた例の古い中国文字(甲骨文字)を描いた独特の色合いの大きな額がかかっていました。その横には、「云うは易く行うは難し」と書かれた風流な軸がかけてあり、好対照でした。
 当日は日曜日で、園児の姿はなかったのですが、0歳児から6歳児まで、150名もの子どもを預かる施設で、その整備された清潔感と暖かい雰囲気を感じました。施設長に案内してもらいましたが、大勢の大人の声は騒がしくうるさいが、子どものはしゃぐ声は決して騒がしくないといっておられたのが印象的でした。
 今回の訪問の主たる目的は、この保育園の生みの親である95歳の長老で、この施設(社会福祉法人穴太福祉会・風の子保育園)の理事長をつとめる長尾素賀夫氏に面会し、親しく面談することにありました。まだかくしゃくたるお元気ぶりで、「長尾節」がなかなかおさまらず、午前10時半頃から始まって、昼食を挟んで、午後1時半ころまで続きました。ただ、耳と目がだいぶご不自由でしたが、特別な補聴器で十分に会話ができただけでなく、ご自分の部屋には大きな拡大鏡の装置を置いて、今でも関係文献を読み、さらに文章も執筆されていると聞いて、その執念に畏敬の念を覚えました。
 とくに「地域福祉の視点からみた子育て支援活動」については、一家言をもち、いまでも情熱を持ち続けておられますが、それ以外にも、戦争中の満州での体験やソ連抑留生活の話などから、「平和」こそ最も大切であるといわれた結論に同感しつつ、再会を約してお別れしました。
 
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by nakayama_kenichi | 2009-09-22 10:07

古い先生方の手紙

 引越し等のために、保管してあったはずの古い先生方から頂いた手紙類も大部分が散逸し、なくなってしまっているのは残念なことです。写真類などもほとんど残っておらず、昔のおぼろげな記憶のなかに、印象的だったことが断片的に思い出されるのみとなりました。11月には久しぶりに旧制中学のクラス会が予定されていますので、旧友とともに、「私たちの先生」の逸話などを語り合いたいと楽しみにしています。
 それでも、古い机の引き出しの奥から、何通かの古い先生方の手紙類が出てきました。
 ひとつは、湖北の余呉小学校時代の2年生のときに担当して頂いた「東野よしを先生」からのもので、1通のハガキと2通の封書が残っています。卒業後にお会いしたのは、すでに90歳を超えておられたと思いますが、いずれも達筆のしっかりした文章で書かれており、封筒は筆書きで、平成2年、3年の日付があります(約20年前)。郷里の冬の雪景色や京菓子のお礼などが書かれています。
 いまひとつは、旧制静岡高校時代の恩師の「久澤泰穏先生」からのもので、大礒のご自宅の先生からの年賀状(昭和58年、1983年)には、以下の句が書かれています。
     「 長らえて 富士ばら開く 年に遇う  九十翁 」
また、奥様からの手紙にも、以下のような歌が読まれています。
     「 我が家に誇るものなし さはあれど 教え子すべて我が宝なり 」
     「 空の青 海のみどりに 初夏の 姿すがしく 富士 浮かび出づ 」
     「 大震(なみ)に 崩れし家も 夏来れば 薄紫に 桐の花咲く 」
 私自身も、教員になりましたので、「教え子すべて我が宝なり」という先生のお気持ちを日々実感しています。
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by nakayama_kenichi | 2009-09-19 22:27

ある不愉快な出来事

 長い人生経験の中では、愉快なことばかりではなく、不愉快なこともあることは事実で、これをいちいちあげつらっていては心が休まりません。また、嫌なことも、時が経てば記憶が薄らぎ、やがて忘れて行くのが通常だと思います。
 しかし、事柄によっては、どうしても納得が行かず、不愉快な思いが、なかなか消えないこともあるものです。私自身は、これまでそんな深刻な経験はあまりしたことがなかったのですが、しかし今回の件だけは、いまだにどうしても納得が行かず、気が晴れないままに、こだわり続けています。私個人の私的な体験ではありますが、あえて書きとめておくことにしました。
  それは、去る6月頃に、某高等学校の校長先生宛に、簡単な訪問のお願いの手紙を出したのがきっかけです。私は、すぐに返事がもらえるものと期待していたのですが、一向に連絡が来ないので、電話をしてみました。幸い、電話は受付係から当の校長先生につながり、たしかに手紙は受領しているが、いろいろ事情があって返事が出せないでいるとのことで、今ひとつ要領を得ませんでした。その後しばらく待っていましたが、一向に返事がありませんので、念のためにまた手紙を書いて、せめて返信できない理由を含めて簡単な返事を下さるようお願いしました。ところがその返事が待っていても来ないので、またこちらから電話をしたのです。校長先生は、2度目の手紙も受領しているが、返事はもう少し待ってくれとのことでした。
  そして、最近ようやく待望の返信があったのですが、忙しかったという理由が2,3行書いてあるだけで、あとは学校の案内文書と基金の寄付依頼状が入っているだけでした。現職の高校の校長先生としてはあまりにも非常識な対応に、ただただ驚き入っている次第です。結果的には、学校の訪問にも寄付の依頼にも拒絶反応が出るばかりで、文書は全部捨ててしまい、不愉快な気分だけが残りました。
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by nakayama_kenichi | 2009-09-17 13:42

南京大学からの招待状

 私が京大にいた頃に中国から来ていた留学生の1人が、いま南京大学の刑法の教授をしていて、一度南京に来るよう2,3年前から勧めていてくれていたのですが、このたび、ようやく実現の目処がついて、今年の10月末から10日間ほど、中国に出かけることになりました。実に十数年以来のことで、おそらくこれが最後になりそうです。
 本日、南京大学法学部長から正式の招待状(日本語)が郵送されてきましたので、内容的には少し恥ずかしいのですが、実例として紹介しておきたいと思います。
 「中山先生。立秋とは名ばかりで,南京は暑い日が続いておりますが、日本は涼しくなりましたでしょうか。中山先生は日本のみならず、中国においても、刑法の第1人者として知られています。先生にお手紙を差し上げること自体、大変光栄だと存じます。南京大学法学部は、民国時代の中央大学法学部の跡継ぎであり、全国においても、有数な名門法学部のひとつであります。本学部は、刑法学科の発展を大変重視しており、4人の刑法学を専門とする選任教員を有しています。もし、先生に南京大学法学部にいらして、ご講演をして頂ければ、本学部刑法学科の更なる発展につながると存じています。従いまして、もし先生のご都合がよろしければ、10月下旬に、ぜひ南京大学法学部にいらっしゃいますよう、お願い申し上げます(10日間前後)。よいご返事をお待ちしております。最後に、先生のご健康、ご発展をお祈りもうしあげます。南京大学法学部長署名。2009年9月」
 以上が正式の招待状ですが、今回は思い切って出かけることにしました。
 なお、私自身は、これまで中国には2回出かけていますが(1992年と1995年)、北京、上海、西安などでしたので、南京は始めてで、今回は武漢や吉林なども予定に入っているようです。また、私の著書が2冊、中国語に翻訳出版されています(「刑法の基本思想」「脳死と臓器移植」)。最近の中国を直接見聞できることに期待をもっています。
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by nakayama_kenichi | 2009-09-15 12:42

国民救援基金の提案

 政権交代後の新政権への期待は、何といっても、「無駄を省くこと」、つまり税金の無駄使いにどこまでメスを入れ、これを真に必要な国民生活の向上に充てることが出来るかにかかっているといってよいでしょう。それは、個々の不正行為の摘発や既得権の廃止にとどまらず、天下りを含む巨大な官僚機構そのものの総点検にまで及ぶことが強く期待されているのです。
 そこで、私としては、新政権が社会福祉や医療などを含む民生安定のために必要な「財源」を作り出すという政策に本気に取り組むという姿勢を国民に明示するためにも、政権党が率先して経費を節減し、財界からの企業献金の廃止からさらに政党交付金の廃止までも視野に入れて、庶民感覚に合わない高級外車による料亭政治のイメージを一掃してもらいたいと念願します。政治家は国民のため清廉なボランティアであってほしいのです。
 そのうえで、「まずは隗より始めよ」といわれるように、鳩山氏ご自身がまず私財の一部を投じて「国民救済基金」(仮称)を創設し、閣僚以下の全議員に賛同を求め、さらにその輪を各分野に幅広く及ぼして行くという運動のイニシャチブをとられるよう要望したいと思います。例えば、役職者が管理職手当分を自主的に返上して「基金」に寄付しただけでも、巨大な金額に達するでしょう。出世に金がついてまわるために、政治家や高級官僚が特権化し、一般市民の生活の実情を知らないという現実が生まれているのです。
 この提案の本来の趣旨は、為政者自身が市民相互間の「助け合い運動」の提唱者となり、自らその範を示すことによって、国民の信頼を得るという「共生」の精神を表現するためのひとつの実践活動のきっかけにならないかというひそかな願いにあります。格差の拡大と弱者の切捨てをこれ以上放置することはできないのです。
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by nakayama_kenichi | 2009-09-12 17:50

精神障害者の長期入院

 精神障害者の支援対策も、今回の政権選択の点検項目とされていましたので、今回の選挙でその政権交代が現実化したことを前提として、この問題にも何らかの変化と改善が期待されるところです。しかし、この問題の根は深く、その改善は決して容易なものではありません。
 最大の問題は、精神障害者の長期入院という積年の弊を改めて確認し、その抜本的な減少に向けて着実に第一歩を踏み出すことにあります。長期入院の現状は、諸外国との比較で、以下のようにまとめられています。
 「欧米諸国は80年代半ばから精神障害者が地域で暮らせる環境づくりに力を注ぎ、精神科のベッド数を減らしている。人口千人あたりのベッド数は00年時点で、イタリア0.2、米国0.3。これに対して日本は2.8。フィンランドは80年代に2年以上の長期入院患者の半減を目指し、治療プログラムの改善や、障害の程度に応じた受け入れ施設を整備した。
 厚労省は04年に、35万5千ある精神科ベッドを14年までに7万減らす目標を定めたが、認知症の入院患者も増えたため、07年で35万1千人とほとんど変っていない」(朝日新聞2009年8月26日朝刊)。
 つまり、7万2千人の「社会的入院」(他に行き場所がない人の入院)の削減すらいまだ実現していないのが、日本の精神病院の現実なのです。そして、当の「日本精神科病院協会」自体が、業界の利益のために、入院患者の削減に熱意がなく、自民党や族議員に多額の政治献金をしている実態がすでに衆知の事実となっています。この分野でも、政官業の癒着関係にメスを入れることが緊急に要請されるところですが、同時に、精神障害者に対する世間の根強い偏見から、精神障害者の人権を守るという地道は啓発活動も求められています。
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by nakayama_kenichi | 2009-09-09 11:40

裁判員法の見直し

 新しい裁判員法は、多くの問題を抱えながらも、すでに施行されて現にいくつかの事件の審理が裁判員の参加のもとで行われ、今のところ、順調な船出であると評価されています。
 しかし、8月30日の衆院選挙で民主党政権が誕生しましたので、その影響はこの裁判員制度の見直しにも及ぶことが確実に予測されるようになってきました。そこで想起されるのが、裁判員法施行直前の4月段階で、民主党が法務大臣に申し入れていた「裁判員制度の実施に向けた環境整備に関する意見書」です。その内容については、当時、このブログでも紹介したことがありますが、にわかにその現実性がクローズアップしてきましたので、改めてその骨子の重要な部分を再確認しておきたいと思います(一部省略)。
 ● 早急に法改正が必要と考える項目
  1.取調べの全過程の録音・録画と検察官の手持ち全証拠のリストの開示義務づけ。
 ● 運用の状況を見たうえで法改正を含めた見直しが必要と考える項目
  1.裁判員の秘密漏示や出頭拒否への制裁の弾力的適用
  2.保釈による防御権の保障(「人質司法」からの脱却)
  3.新たな争点や証拠の提出制限の見直し
  4.その他部分判決の見直しなど被告人の防御権と公正な裁判の保障
  5.裁判員が参加しやすい環境作り(裁判所内への託児所の設置など)
 以上がその骨子ですが、重要な改正点を含んでいるだけでなく、民主党と連立可能性のある社民党の保坂議員を中心とした「超党派議員連盟」の動きにも大きな弾みがつくことが期待される状況にあります。そしてこの問題では、法務省とともに、最高裁判所の官僚的体質の打破が現実的な課題となることが予測されるのです。
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by nakayama_kenichi | 2009-09-05 12:55