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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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異常気象

 7月も終わろうとしていますが、まだ梅雨明けの兆しもありません。そして、このところ、九州や中国地方の各地では、異常な豪雨による深刻な災害が続いています。夏のスポーツや行事などは、雨天による中止で済むことですが、自然災害によって大規模に人の住宅が流され、尊い「人の命」まで失われることを、単に「自然の脅威」といって済ますわけにはいきません。
 すでにかなり前から言われていたことですが、これは明らかに環境破壊による「異常気象」の現れであって、その原因は「地球の温暖化」にあることが、次第に動かし難い事実として顕在化してきていることを認めないわけにはいかなくなっています。
 まずは、当面の対策として、緊急の被害に対する救済策とともに、異常な降雨量に耐えうるだけの防護策の策定と実施が求められることは当然のところですが、この対策においても、すでに限界と「格差」が生じるおそれのあることを警戒しなければなりません。マスコミが報道しなくなると、被害の現実が忘れ去られ勝ちになるものです。
 それよりも、「異常気象」の悪化の方のスピードの方が速く、事態の深刻化が一層進むおそれを心配しなければなりません。それは、「地球温暖化」に対する対策が、国内的にも国際的にも決定的に遅れているからです。このような無策の「異常さ」をこそ強調し、環境保護の問題を国民的な課題にしなければなりません。
 何とかなるという楽観論は、きびしい現実によって裏切られます。自分の世代は大丈夫と思っても、子どもの世代に災厄を負わせることになります。しかし、「何をなすべきか」ということになりますと、具体的なプランと見通しがないのです。
 私としては、たとえば都市部からのマイカーの撤退を提案したいのですが、すぐに反対が出るでしょう。低成長でも何とか暮らして行ける展望はないものでしょうか。
 
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by nakayama_kenichi | 2009-07-29 17:22

世論調査の見方

 内閣府が5月実施の裁判員制度施行後に行った世論調査について、7月26日(日)の新聞がその内容を報じましたが、その評価の仕方に微妙な異同があることに気づきました。
 まず、朝日新聞によりますと、「裁判員『応じる』72% 若い人ほど意欲 裁判員に呼び出されたら応じる人は7割。若い世代ほど応じる割合は高くなり、年代が上るほど消極的になる傾向が浮かび上がった。『義務だから、なるべく行く』が58%、『義務かどうかに関係なく行く』は14%と、応じる意向を示した人は計72%だった。一方、『義務でも行くつもりはない』と答えたのは26%で、ほぼ4人に1人。年代が上るほどその傾向は強まる。『有罪・無罪の判断が難しそう』、『自分の判断が被告の運命に影響するので荷が重い』といった理由が多い」。
 これに対して、東京新聞によりますと、「裁判員候補者25%『行かない』 裁判員候補者として呼ばれた場合、『義務だとしても行くつもりはない』と答えた人が25%に上った。一方、『義務であるか否かにかかわらず行きたい』の積極派は13.6%、『義務だからなるべく行かねばならない』が57.9%だった。5月21日の裁判員制度施行以来、各地裁などで裁判員裁判が始まっており、8月3日には初の判決公判も開かれる予定だが、国民の間に裁判員への抵抗感が依然根強いことをうかがわせた」。
 他の新聞は見ていませんが、同じ世論調査についての評価が、前者では、「応じる」が全体で72%と高いことが前面に押し出されているのに対して、後者では、「義務でも行かない」が25%もある点を捉えて、消極的な抵抗感がなお根強いことが指摘されているのです。
 これは、同じ調査結果を前提とした場合にも、見方によって評価が分かれることを示す、興味のある実例を提供しています。このような異同はまた、裁判員制度における裁判員の役割の評価の仕方にも関係してくるものと思われます。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-27 10:50

選挙運動の自由

 いよいよ衆議院が解散して、総選挙が行われることになりました。ことがここに至るまでの政権与党である「自民党」内部の迷走劇の後、結局は、解散・総選挙以外に打つ手がなくなった最後の決断で、そこにも政治的な思惑や計算が渦巻いていたものと思われます。
 問題は、投票日が8月30日になったことですが、40日間もの間、従来型の選挙運動が繰り返されますと、候補者の側には選挙費用がかさみ、国民の側には、ただやかましい宣伝文句の繰り返しを聞かされるという迷惑をこうむるだけとなることは必定です。
 その理由は、「公営選挙」の名の下に、主権者であるはずの一般市民が自主的に行おうとする選挙運動がほとんど禁止され、ただ情報を受けとるだけで、唯一「投票行動」だけが自由という点にあります。日本の「公職選挙法」は、選挙活動の禁止法であるといわれて久しいのです。
 その典型は、すでにこのブログでも触れましたたが、候補者にとっても市民にとっても一番身近で、金もかからない「戸別訪問」が法によって全面的に禁止され、刑罰が科される犯罪行為だとされて点に現れています。戸別訪問を認めると、贈収賄のおそれがあるといわれるのですが、皮肉なことに実際に処罰されたケースは、贈収賄の危険がもっとも低いものでした。
  ただ、一般市民の間にも、戸別訪問は迷惑だと感じる人がいることは事実でしょうが、そんな人を戸別訪問しても逆効果だと判れば、自然と避けるようになり、弊害が増えるとは思えません。そして、現に外国では、戸別訪問が有効な選挙運動として認められるのが一般で、イギリスではそれが主たる選挙運動であるため、無駄な選挙費用がかからず、安上がりの選挙が行われていることが、過日のテレビでも放映されていました。
  わが国でも、市民の手による運動を封じ込めた上での、大きな宣伝カーによる連呼という選挙風景をそろそろ考え直す時期に来ているように思うのですが。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-25 11:40

裁判員の「常識」

 裁判員法が通りましたので、間もなく、重大な刑事事件について、素人裁判員6人と専門裁判官3人による合議体で、公判審理と評決が行われることになります。
 すでに多くの「模擬裁判」が行われていますが、裁判員に選ばれる可能性のある一般市民にとっては、全く新しい体験となりますので、果してどうなるのか、予測がつかない状態にあります。専門裁判官の硬直した法律判断に対して、素人の市民的な「常識」を反映させるものといわれるのですが、果たして市民の「常識」とは何をいうのか、どんな役割を果すのか、肝心の点がはっきりしないままの出発となりそうです。
  裁判員は、具体的な事件に関する「事実の認定」に加わるだけでなく、「法令の適用」(事実を法律にあてはめること)、さらには「量刑」(死刑を含む刑の重さを決めること)にも関与しますので、実は大変なことをしなければなりません。そんなことが「常識」でできることなのか、たとえば、「故意と過失」、「正当防衛と緊急避難」、「責任能力」、「正犯と共犯」などといった法律概念を、専門家の「やさしい説明」を受けただけで、市民が「常識」で理解し、判断できるのかといった問題があります。
  そのほか、「無罪推定の原則」、「疑わしきは被告人の利益に」、「責任主義」といった刑事裁判の大原則は、実は「常識」を越えたものであり、そのことをしっかりと理解しておかないと、「常識」がかえって「冤罪」を生むという結果に至るおそれがあります。そして現に、ある模擬裁判では、責任能力が争われた殺人事件で、数人の裁判員から「人を殺したのに無罪になるのは納得できない」という意見が表明されたといわれていますので、「常識」を洗練させる必要があります。裁判員法の導入によって、有罪率99.9%が変るのかどうかに注目すべきでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-23 12:32

高齢者の健康管理

 高齢者用マンションに入って、もう1年が過ぎました。150室ありますが、独居老人が多く、健康管理上の多くの問題をかかえています。老人ホームや介護施設と違って、入居者は基本的には自活可能な人であり、健康管理も自己責任に委ねられています。しかし、今後のことを考えると、難しい問題が山積しているように思われます。
 病気になれば、提携病院への通院が可能ですが、内科のみという制約があるため、紹介状をもらって、少し遠い大津日赤病院などに出かけなければなりません。要介護・要支援の資格のある人には、ヘルパーさんが低額で来てくれますが、資格を持たない人にとっては、この前に紹介しましたような「介護予防」の制度が利用可能です。
 部屋にいて体調が悪くなったときは、「緊急コール」のボタンがありますが、その位置や高さに問題があるほか、夜間などの1人管理体制時には、コールしてもすぐに応答がないような場合が現に何回かありましたので、その体制の改善が先決問題となっています。
 しかし、他方では、比較的元気な人たちは、マンションの内部で、または外部に出かけて、健康維持のための身体運動に取り組んでいます。建物内には、歩行機器などを備えたフィットネスルームがあるほか、レクダンスや健康体操などのサークルがあり、最近では、屋上で行う「パターゴルフ」に人気が集まって、会員が30名を越える盛況です。
 私自身は、レクダンスに参加していましたが、午前中は仕事に集中したいため、中断しています。しかし、最近、友人にパターゴルフのセットをもらいましたので、午後にフィットネスルームを利用するほか、ときどき屋上に出てパターゴルフの練習を始めるようになりました。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-20 20:24

裁判所の冷たい態度

 過日、私自身も弁護団に加わっている刑事事件で、第1審の有罪判決に対し、被告人側から提起された控訴を受けて、第2審の控訴審の公判が開かれ、法廷に出席しました。傍聴人はごくわずかの関係者だけにとどまり、静かな法廷でした。
 検察官の論告と第1審判決の内容が比較的簡単なものであったのに比べて、弁護側からの控訴趣意書は、分量も厚く、内容的にも詳細なものでした。私自身も、法律解釈上の論点について「鑑定意見書」を提出したほか、控訴趣意書も分担執筆しました。
 当日は、午前11時から、控訴審の第1回公判が開かれたのですが、冒頭に、裁判長が被告人の名前と住所と職業を聞く人定尋問が行われた後、弁護側から4人が立って、控訴趣意書の中心的な論点を簡略に口頭で主張しました。
 ここまではスムーズに進んだのですが、控訴審における審理の内容に関して、弁護側から、新たな弾劾証拠(論告を支えた「目撃証言」と矛盾する同乗者の供述証拠)の採用、および被害原付きが道路縁石に衝突した事故状況に関する新たな「鑑定」の実施等が提案されたにもかかわらず、裁判長は、すべて必要なしとし、弁護人側からの異議もすべて即時に却下してしまいました。そして、次回は8月7日に判決の言い渡しをすると宣言したのです。
 無罪とすべき合理的な疑いが残る否認事件で、控訴審がこのような形式的で事務的な対応を当然の如く行ったことに、はじめての経験である私自身は、率直に驚きと怒りを感じました。すべての提案を、検事の意見の通りに、問答無用として切り捨てるのが、あたかも当然であるかのような裁判所の対応には、言い知れぬ「権威主義」と「冷たさ」が見られます。この日は、暗澹たる気持ちで、裁判所を後にしました。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-18 09:32

無責任な臓器移植法改正

 政界が地殻変動を起こしている異常な雰囲気の中で、なぜか「臓器移植法」の改正だけが会期末の国会で、しかも与野党の合意で、前倒しで採決されるという実に奇妙な状況が生まれました。そして、先にも紹介しましたA案が、衆議院の議決を経て、参議院でも多数で可決されてしまうという最悪のシナリオが実現してしまったのです。
  この時期におけるマスコミの対応にも異常なものがあり、朝日新聞の社説は、一方では、「参議院らしさを見たい」といって慎重審議を訴えながら、他方では、改正案の趣旨を繰り返し説明するにとどまり、A案成立後も、ほとんど無批判に同じような解説を繰り返すという無責任ぶりをあらわにしています。そこには、慎重審議を要望した「良識」はどこかに消え去ってしまったというほかありません。この決定的な時期に、まともな「世論調査」さえほとんどなされていないのも、怠慢以上の意図的な逃げの姿勢をうかがせるものがあります。
  国会での法案の審議にも疑問があります。衆議院を通過したA案に対して、参議院では、脳死を人の死とする前提とその医療現場への波及効を避けるために、「脳死した者の身体」の定義を現行法の規定にもどすB案が提案されましたが、これが否決されたのです。つまりA案は「脳死は人の死」とする趣旨であることを確認したかに見えるのですが、それでもA案の提案者は、臓器移植の場面に限られるというのですから、その意味が不明といわざるをえません。
  より根本的には、本人の意思と遺族の意思とに同じ効果を与える理由が依然として不明なままに、ムードに流された政策的な立法がまかり通ってしまったことの責任は重く、その後始末をめぐって混乱が起きることが危惧されます。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-15 17:54

小石川後楽園

 東京に所用で行くことはあっても、市内を散策するような機会はほとんどなかったのですが、今週末は、ふと足をのばして、小石川後楽園に立ち寄る機会がありました。大きなビルの立ち並ぶ都心の中にぽっかりと空いた広い緑の空間の中で、歴史に刻まれた由緒ある庭園の静かなたたずまいに心を洗われる思いがしました。
 大きな池のほとりのベンチに座って、涼風を感じながら、池を眺めていますと、池の中や周囲には、鯉や亀や鷺など、多くの動物が生息しており、自然の営みを実感することができます。足元には鳩や雀も近づいてきて、逃げようともしません。今の季節は、緑一色ですが、菖蒲の花が一面に池を覆って綺麗に咲いていました。
  石畳の道に沿って、庭園を一周するコースを歩きましたが、車椅子でも廻れる道も用意されていて、高齢者や障害者にも親切な配慮がなされています。興味を惹きましたのは、この池が琵琶湖とも縁があると思われたことで、「竹生島」の名があったり、「唐崎の松」をかたどった立派な松の樹も見ることができました。
  この庭園は、江戸時代初期の寛永6年(1629年)に、水戸徳川家の頼房がその中屋敷として作ったもので、2代藩主の水戸光圀の代に完成したものといわれています。光圀は、円月橋、西湖堤など、中国の風物を取り入れたため、中国趣味豊かな特色があります。
  そして、「後楽園」の名は、中国の范仲淹(はんちゅうえん)による「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」という言葉に由来するものですが、この言葉は前にも聞いたことがあります。
  四季折々の花(梅、桜、藤、つつじ、さつき、かきつばた、睡蓮、紅葉)と風情が楽しめる「後楽園」にまた来て見たいなと思いつつ、庭園を後にしました。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-12 21:27

京都人文学園

 関西民科のことを書きましたら、昔懐かしくなり、戦後初期の時代に京大でお世話になった宮内裕先生(1968年に留学先のドイツで急逝、享年49歳)の奥様にお会いするため、京都に出かけました。娘さんご夫妻が開店しておられる京大薬学部前の喫茶店に落ち合って、2時間ほど長い昔話をしました。奥様は85歳でまだお元気、娘さんには宮内先生の面影が残っているのが印象的でした。
 その折に、話題になったのが「京都人文学園」で、奥様はここに勉強に来て、先生と出会われたという因縁があります。私はまだ知らない前のことですが、そのいきさつを聞いて、当時の自由で民主的な雰囲気を強く感じました。
 「京都人文学園」は、戦後の新学制が整備をみるまでに、各地で起こった民間の教育運動のひとつで、戦争で軍隊や工場、農村などに動員され、学業を奪われた青年男女の再教育を意図して、京都御所脇の仏教会館を仮校舎として1946年(昭和21年)に開校しました。当時は「人文主義」といわれ、それは人間教育を軸とした思考と行動の一致する世界市民の育成を目標とする熱心な教育運動だったのです。
 教員としては、住谷悦治、新村猛、久野収、青山秀夫、佐々木時雄などを中心として、主に京都大学と兼任の教師陣を配置し、一般教育(一般教養)を内容とする3年制の各種学校として出発しました。この運動に、刑法の宮内裕、瀧川春雄なども協力したというわけです。大幅な学生自治、男女共学、無試験、無規則、無処罰など、革新的な教育活動が展開されたのです。
 京都人文学園は、1950年に閉校となりましたが、その理念は社団法人「勤労者学園」(夜間部)に受け継がれ、その後は、「関西文理学園」(予備校)として今も存続しています。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-09 17:57

関西民科の60年

 関西の「民主主義科学者協会」の創立60周年を記念する小冊子が送られてきました。はしがきによりますと、民主主義科学者協会が設立されたのは1946年(昭和21年)で、まもなく「法律部会」が創設され、関西民科もそのころ設立されたものと思われます。ともあれ、それは、戦後初期の民主主義的な法学の創設時にさかのぼるもので、私自身の研究生活の出発点にもかかわる歴史的な時代状況を反映しています。
 ただし、1946年には私自身はまだ旧制高校在学中で、1948年に京大法学部に入学した後、在学中に関西民科の活動にかかわっておられた先生方や先輩の大學院生の方々にお目にかかる機会を持つ程度の関わりがあったに過ぎません。本格的な関係が出来たのは、1953年に学部を卒業して大學院の研究奨学生に採用されてから以降のことですが、皮肉なことに、その頃にはすでに占領政策の転換によって、戦後の民主主義法学自体が変質と転換を迫られるという困難な時期に当たっていました。「民科の会員はアメリカに留学できない」といった「差別」が意識され始めていたようです。
 この小冊子で関西民科創設の頃を回顧されていますのは、片岡昇(労働法)と甲斐道太郎(民法)の両先生ですが、そのご発言の中には、末川博(民法)、浅井清信(労働法)、加藤新平(法哲学)、磯村哲(民法)、杉村敏正(行政法)、天野和夫(法哲学)、宮内裕(刑法)、富山康吉(商法)、滝川春雄(刑法)などの懐かしい先生方の名前が出てきます。
 何よりも、当時の最大のテーマは、マルクス主義の評価に関わる「法社会学論争」といわれるもので、私自身も、川島武宣著『所有権法の理論』などを読んだことを思い出します。「法の階級性」が声高に論じられましたが、その成果は必ずしも生産的なものとはいえず、次の世代に十分に継受されたとはいえない問題があったように思います。
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by nakayama_kenichi | 2009-07-07 13:20