最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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「安らぎ」とは

 雲井昭善先生の講演会の第5回目が、5月27日(水)午後2時から、マンション2階のホビールームで開催され、多くの入居者が聴講に集まりました。94歳(正確には93歳5ヶ月)の雲井先生は、今回もしっかりとした足取りで入場され、マイクなしでも通るような明瞭な発音で、たっぷり1時間の講演をよどみなくこなされました。
 今回のテーマは『「安らぎ」とは』というもので、これまでのお話の延長戦上にある仏教哲学に関する専門的な理論をやさしく解説されたものです。ご講演の要旨は、おおむね以下のような趣旨のものと理解しました。
 「安らぎ」とは人間が求めてやまないものであるが、実際には、悩み、苦しみ、憂いなどに支配されて、なかなかその境地に達しないのが常である。健康で、生活が安定し、富や名誉や地位が得られても、山あり谷ありで長続きしないのが現実である。「安」の字は、うかんむり(家)の中に女がいるという字形で、安心して任せるという意味である。
 宗教(Religion)というのは、再び結ばれるという意味で、西洋では神と人間を結ぶものであるが、東洋では自然と人間を結ぶものである。仏教は創造神を認めず、むしろ目に見える現実を正しく見る知恵とこれを生かす実践を重んじるのである。
 「涅槃」(ねはん)とは、生命の火が消えて行く安らぎではなく、生きている時に煩悩の火を吹き消すことによって得られる安らぎであって、それが「菩薩行」というものである。
 今回も、多くのことを教えられました。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-27 20:31
 懸案となっていました、共著(中山=浅田=松宮)『レヴィジオン刑法』第3巻 構成要件・違法・責任(成文堂2009年6月)が、ようやく刊行され、今日、成文堂から5冊送られてきました。これで、第1巻(1997年)、第2巻(2002年)に続いて、ようやく第3巻が出て、犯罪論の部分が一応完成したことになります。その間12年も要したという長い道のりであっただけに感慨もひとしおというところです。
 「はしがき」のところも、3人で分担して書いていますが、ここでは、私の執筆した部分から、その一部を引用しておきます。
 「本書は、世代の異なる浅田教授(私より20歳若い)と松宮教授(私よりも30歳若い)と3人の共著という意味でも、ユニークなものであるが、1995年にこの研究会を開始した当時、すでに68歳であった私は、若い世代の刑法理論の動きを知りたいという関心から、3人の共同研究を提案したのであった。結果的には、私はこれまでの議論を整理するにとどまり、最新の動きについては最も若い松宮さんが新しい問題提起をし、浅田さんがこれに答えるという形で論争する過程で、その異同と変化について私が質問するという形におさまったように思われる。3人とも、佐伯刑法学に代表される関西刑法学の伝統を維持発展したいという気持ちでは完全に一致しており、大學の枠を越えたいくつかの月例研究会には、現在に至るもなお出席を続け、互いに協力するという信頼関係が続いている。・・・」。
 浅田さんと松宮さんの「はしがき」の部分も、是非ご参照願いたいと思います。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-26 18:01

生命倫理会議の緊急声明

 臓器移植法改正案が今国会で審議入りし、厚生労働委員会で審議もしないまま、本会議で採決される蓋然性が高いといわれています。しかし、そこには重大な危惧があります。
 5月12日に、生命倫理の教育・研究に携わっている大學教員約70人が「緊急声明」を発表し、記者会見もしたというニュースから、その声明のポイントを紹介しておきます。
 1.脳死・移植は、脳死者という他の患者からの臓器提供によってしか成り立たない。
 2.臓器不足が叫ばれるが、脳死移植に見合った脳死者を確保することは不可能である。
 3.A案と同様な米国でも「臓器不足」は解消せず、むしろ生体移植が増えている。
 4.「本人の同意」を不要とすることは、現行法の基本理念を放棄することである。
 5.臓器移植の生着率だけが示されるだけで、肝心の延命効果は明らかではない。
 6.臓器移植に代替する医療を援助し、脳死者が増えないよう努力すべきである。
 7.「脳死=死」が科学的に立証されていない。
 8.現在までの臓器移植にも、法律・ガイドライン違反の疑いが拭いきれない。
 9.「脳死=死」とすれば、少なくない長期脳死者の命が絶たれる。
 10.政府・国会は、少なくとも以上について徹底的に審議し、まず国民に納得のゆく見解を提示する責務がある。また、そもそも、人の生死の問題を多数決に委ねたり、法律の問題にすり替えたりすべきではない。以上。
 私自身も、新たな脳死臨調を設けて、慎重に審議すべきだと考えています。
 (以下の写真は、いずれも近くのびわ湖大津館横の庭園内で撮ったものです)
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by nakayama_kenichi | 2009-05-23 20:33

裁判員法の施行

 5月21日から、裁判員法が施行されるということで、新聞には関係記事が目につきます。
しかし、5年間も準備期間があり、法務省や最高裁が懸命に旗を振って宣伝と普及に努力したにもかかわらず、裁判員として参加することになっている一般市民の関心はきわめて低く、当局者もどうなるのかやって見なければわからないといいつつ、ともかくも施行されるというきわめて異例な出発となりました。
 その最大の原因は、法務省も最高裁も、現在の「裁判官裁判」とそれを支える検察と警察の捜査活動を基本的に妥当なものであると評価した上で、これに市民が参加することで刑事司法に対する国民の信頼が得られるというのみで、現状への自己批判が全く見られないところにあります。最高裁は最初から「陪審制」には批判的であり、法務省も「代用監獄」における密室取調べを改革する意思を全く持ち合わせていないのが現実です。したがって、新しい裁判員法が「冤罪の防止」を目的とするとはいっさい公言されていないことを見抜く必要があります。
 その証拠に、裁判員法に対する批判(裁判員の守秘義務、取調べ全過程の録画、公判前手続の公開など)には一切耳をかさず、むしろ法相は死刑制度によって社会の秩序が保たれていると公言し、裁判員による死刑判決の悩みにも理解を示そうとしないのです。
 新聞も、リベラルな「韓国の国民参与法」に触れてはいますが、これに倣えと直言する姿勢は見られず、部分的な問題を指摘して次の改革を要望するにとどまっています(朝日5日21日社説)。まして、「お上任せ」の裁判から脱却などというのは論外でしょう(毎日5月21日社説)。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-21 20:55

兄との惜別

 5月18日の午後、郷里から、兄が危篤の報が入り、急いで郷里の余呉町まで駆けつけましたが、兄はすでに死去した後でした(享年86歳)。
 それ以後、親類縁者をはじめ、近隣の人々が集まって、伝統的な弔いの行事が3-4日にわたって続きました。今は、葬儀屋にも依頼しますが、基本的には村の慣習にしたがった村落共同体の相互扶助の行事のひとつとして、いまだに維持されています。兄の家は田舎の旧家に属しますが、今回は故人の意向も汲んで、自宅葬ではなく、近くの菩提寺の本堂と境内を借りて、通夜と告別式がかなり盛大にとりおこなわれました。
  私と兄とは、5歳違いですが、父が敗戦後間もない時期に若くて亡くなりましたので、母を助け、2人の小さな弟をかかえて、苦労した思い出があります。当時、兄は早稲田大学の専門部、私は旧制静岡高校に在学中でしたが、学業を放棄する寸前まで至った苦しい時期でした。兄の長男としての責任と弱音をはかない体力と気力が常に牽引力だったことを述懐しています。親代わりとして、立派に弟たちを育て上げたのです。
 兄は、銀行マンとして働き、また定年後は自治体の役員や寺院の総代などをして地域社会に貢献しましたが、私としては、むしろ子どもの頃、一時在住していた大阪の長屋のレンガ敷きの道路で、当時はハイカラな野球のキャッチボールをした思い出のほうが鮮明に残っています。兄は体格もよく、中学野球の選手となり、晩年はゴルフと酒(これらは私とは無縁)に浸っていました。お棺の中には、ワインをみんなで少しづつ顔や口に浸して、最後のお別れをしました。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-21 10:27

リベラルなオバマ

 アメリカの新大統領オバマ氏のリベラルな活動歴をめぐる若干の情報を入手しました。
 第1は、オバマ氏が政治家として歩み出した1996年以降のイリノイ州議会上院議員時代に、殺人事件の捜査において警察の取調べならびに自白を録音・録画することを義務づける法案のほか、福祉や政治倫理に関する法律にも取り組んだことから、超党派の「ナショナル・ジャーナル」誌は、2008年初め、2007年の投票実績からオバマ氏を最もリベラルな連邦上院議員のランキングのトップに据えたということです(トムソン・ロイター記事英文)。
 第2は、オバマ大統領が生死の問題に関心を示し、イリノイ州の上院議員時代に、同州の悪名高い死刑法の改正に中心的役割を果たし、とくに死刑相当犯罪に関する警察の取調べを原則としてビデオに録音・録画しなければならないという改正案を提出し、警察・検察、知事らの反対を最終的に抑えて成立させ、13人の無実の人を死刑囚監房から救い出したといわれている点です。大胆な妥協もいとわず、最後は満場一致の採決に至った経過が見事だったと評価されています(インターナショナル・トリビューン記事英文)。
 第3は、オバマ氏の熱心な説得活動の末に通ったこの法案の成立によって、イリノイ州がこうした録画を義務づける最初の州になっただけでなく、政治倫理ならびに選挙資金規制法の分野でも、イリノイ州が選挙資金情報開示の点でもっとも優れた州のひとつになったと評価される上で重要な役割を果したとされていることです(ワシントン・ポスト記事英文)。
 日本にも、このようなリベラルで筋の通ったな政治家の出現が待望されます。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-15 16:16

裁判員制度と死刑

 アムネスティ・インターナショナルは、2009年3月の報告書で「2008年の死刑判決と執行」の状況を発表しましたが、2008年中に、世界の少なくとも52ヶ国で8862人が死刑判決を言い渡され、25ヶ国で2390人が死刑執行されたと推定されています。
 しかし、世界の国際的動向としては、実際に死刑を存置する国々の中でも、死刑の執行について次第に抑制的になっていると分析しています。中国が世界で最も多い死刑執行国であり、しかも死刑執行に関する情報も秘匿されているのは、論外ですが、何事においても日本が倣おうとしているアメリカでは、明らかに死刑の適用が抑制的になっているだけでなく、死刑の廃止に向けた具体的な動きが進んでおり、現在8州で死刑を今後やめていく、停止していく、廃止していくという動きがあることが報じられていることに注目すべきでしょう。
 日本では、最近の世論調査でも、8割以上の人が死刑制度の維持を望んでいるという状況の中で、死刑の判決が増え、死刑の執行もまた増えると傾向が一向に止まりません。裁判官も、今では、死刑判決に抵抗を感じなくなっているようです。
 しかし、裁判員制度が始まりますと、死刑を求刑された事件で、裁判員が「被告人の命を絶つべきか」の判断に迫られます。それが、日本における今後の死刑問題の帰趨にどんな影響を与えるのかが注目されるところです。かつて最高裁判事だった団藤重光博士が、死刑言い渡しの際に「人殺し」という声を聞いたことが死刑廃止論者になった一つの契機であったといわれていたことが想起されます。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-12 21:00

35年目の証言

 憲法記念日を前に、過日の新聞には、今から35年前の長沼訴訟判決で、「戦争を放棄した憲法のもとでは自衛隊は違憲である」と明快に断じた福島重雄氏が、その後長年の沈黙を破って、当時の日記や関係資料を近著で公開したことが報じられていました(朝日新聞2009年4月30日)。私自身も、京大法学部時代の瀧川ゼミの同窓生として、長年付き合ってきた友人ですが、この事件については直接触れることを避けてきた経緯があります。
 今回、署名入りで送ってもらった『長沼事件 平賀書簡―35年目の証言』(福島=大出=水島共編著、日本評論社、2009年)を一気に読了しましたが、そこには、北海道長沼ナイキ基地訴訟における違憲判決の経過とともに、この違憲判決を回避させるために当時の札幌地裁の平賀健太所長が福島裁判官に送った「平賀書簡」が裁判官の独立に対する干渉ではないかという問題が、最高裁や国会まで巻き込む政治問題にまで拡大し、結果的には「青法協」(青年法律家協会)に所属する若手の裁判官が再任拒否などの不利益を受け、裁判官に対する官僚統制が進むという「司法の危機」をもたらした経緯がなまなましく語られています。
 福島氏は、自衛隊の違憲判決については、当然のことをしただけだとし、憲法判断を避け続ける最高裁判所に毅然とした姿勢を求め続けていますが、結果的に青法協所属の若い裁判官の進路を阻害するような多大の迷惑をかけたことには心が痛むと述懐されています。
 改めて、福島氏の国民に対する正直さと誠実さ、そして憲法の基本理念への深い理解と信頼のゆるぎない確信を再確認し、その大変なご苦労に深甚の敬意を表したいと思います。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-09 21:33

一日一善

 この高齢者用マンションに住んでから、もう1年近くなり、それなりに落ち着いて日課をこなすことができるようになりました。部屋の中は1人住まいですが、共用部分として、食堂や浴場のほか、ホビールームやフィットネスルームなどもあって、共同生活としての交流を進めていく可能性があります。新しく多くの友人ができたことも嬉しいことです。
 マンションとの提携病院もあり、通院する人もいますが、公的な介護体制よりも以前に、まずは入居者間の親睦と相互援助を目的とした「助け合いの会」も生まれて、活動を開始しています。互いに支え合うボランテイア活動の重要性が、これからますます高まって行くものと思われます。高齢者同士が互いに助け合い、共生して賢明に生きていく方法を模索する必要性を痛感しているこのごろです。
 私自身の経験として、ある90歳同士の老人ご夫婦の奥さんの方が少し足が弱く、手押し車で歩いて食堂までこられた際、ご一緒に朝食と夕食を共にした後、2階の廊下を歩くリハビリ運動に協力し、もう10日以上も続いています。その奥さんも、次第に慣れて、少しづつ早く、しっかり歩けるようになってこられました。
 そして、5月5日の午前中、このマンションに入居されてから、はじめて歩いて外出し、しばらく散歩されるお2人に付き添って、途中で何回か休みましたが、見事完走(完歩)しました。奥さんの嬉しそうなお顔を見て、こちらも嬉しくなりました。少し危ない冒険ですが、慎重に、またご援助したいと思っています。明日はわが身でしょうから。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-07 13:10

田母神ブーム

 田母神(たもがみ)元航空自衛隊の幕僚長は、戦前の日本の侵略を正当化する論文を現役時代に公表し、政府見解に反する意見表明で自衛隊の文民統制を乱したとして更迭されましたが(2008年11月)、結局は懲戒処分も見送られて定年退職となり、一件落着かと思われました。しかし、案の定、半年も経たないうちに、「田母神ブーム」が起きているというのです。本人は反省するどころか、持論を繰り返し、その後各地で開いた講演会はすでに100回を越え、「予定は来年2月までぎっしり」というのですから驚きです(朝日新聞2009年5月3日)。
 しかも、田母神氏は、最近ではテレビにまで出演し、著名人としてタレントなみの扱いを受けているというのですから、ますます危険な現象が増幅しています。政府とマスコミの責任を明らかにし、国民の側にも、最低限の警戒とけじめを求めたいところです。
 新聞は当時、すでに以下のような強い警告を発していたことを想起すべきでしょう。
「田母神氏の行動が処分に相当すると考えるのは当然だ。きちんと処分すべきだった。そうでなければ政府の姿勢が疑われかねない。自民党国防部会では田母神氏擁護論が相次いだという。そうであればなおさら、麻生政権として明確な態度を示さなければならない。・・・他にも、参院での審議で驚くべき事実が次々に明らかとなった。防衛省はなぜ省をあげての調査体制を作らないのか。政府の腰が重いのなら、国会が国政調査権を発動して乗り出すしかあるまい」(朝日新聞2009年11月12日社説)。
 政府、国会、そしてマスコミも、この警告を忘れずに、一貫して対応してほしいと思います。
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by nakayama_kenichi | 2009-05-05 09:28