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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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今年の大晦日

 2008年も大晦日を迎えました。常の日と変らないのに、何か特別な区切りの日であることを実感するのも、そして、年をとるほど1年が早く経つように感じるのも、毎年の大晦日に抱く実感です。しかし、今年は、びわ湖畔のマンションで始めて越年しますので、新しい経験を加えることになります。今日は朝方、少し雪が舞っていましたが、日中は比較的暖かい日和になり、琵琶湖の湖面も静かな冬のたたずまいを感じさせます。
 今年は、経済不況の嵐が吹き荒れましたが、政治も含めて、アメリカに追随せざるを得ない矛盾が一挙に吹き出たように思われます。そして、ここでもそのしわ寄せが、政財界の上層部ではなく、派遣労働者を含む社会的弱者に集中してあらわれているという冷たい現実があらわになりました。来年の展望も暗いのですが、せめて麻生政権の崩壊と、よりましな政界再編の動きが出てくることを期待したいものです。
 法律の専門家としては、とくに来年5月に予定されている「裁判員制度」の帰趨に注目せざるを得ません。今からでも遅くない「制度の前提」の見直しを求めて、雑誌への寄稿の機会も予定されています。その際にはとくに、弁護権の保障と冤罪の防止という観点が欠けていることに警鐘を鳴らすべきだと考えています。
 私個人としては、今年は、研究の面でも、実務の面でも、まあ何とか一定のレベルを維持できたと思いますが、健康の面では大腸がんの疑いを持ち越し、来年1月8日に精密検査をすることが決まりました。101歳の養母の頑張りにも励まされています。
 このブログも、何とか1年続けてきましたが、これで今年も終わることにします。
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by nakayama_kenichi | 2008-12-31 17:34

今年最後の来訪者

 今年は、6月からびわ湖畔の高齢者用マンションに引っ越しましたが、この半年間に、かなり多くの来訪者がありました。これは1人住まいの老人にとっては、大変嬉しいことです。12月30日は、年末のせわしい時期ですが、仕事からも解放されて、今年最後の来訪者と久しぶりに楽しく歓談しました。
 来訪者には、教え子が多いのですが、今回の来訪者も、京大時代の私の刑法のゼミ生で、すでに定年間近い年代に属し、多くの社会経験を積まれた方です。ご自分の近況報告についで、一冊の写真集を拝見しましたが、そこには、ご家族とともに、お孫さんに当たる2人の可愛らしいお嬢ちゃんの写真が満載されていました。赤ちゃんの写真はいつ見ても、天真爛漫でほほえましいものです。
 今回の来訪者には、2つの点で、感心させられたことがあります。
 ひとつは、高校の教員として若い高校生と向き合っているうちに、最近の少年問題の難しさを痛感し、これから大學院にでも入って、少年法を含む刑事政策を研究してみたいという意欲を示されたことです。教育の現場で苦労された方が、研究者を目指されることは、大いに歓迎すべきことですので、私は心から応援することにしました。
 もうひとつは、この方が剣道と柔道の高段者であるだけでなく、居合道範士8段で誠道館虚心流居合剣法4代宗家の肩書きがあり、現に今日も、2本の本物の「日本刀」を持参されたことです。隣室の方を誘って現物をおそるおそる拝見し、詳しい講釈を受けました。現在でも、武士道の「心」を語れる貴重な存在です。
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by nakayama_kenichi | 2008-12-30 18:03

年末研究会

 今年も、12月26日と27日と2日間、「刑法読書会」の年末研究会がありました。これは、もう長年にわたる恒例の行事となっており、いわばその年をしめくくる打ち上げの意味をもっています。しかし、私自身は、かつてほど精勤ではなくなり、今年も結果的には、2日目の午後だけしか参加できませんでした。
 因みに過去のブログを見ましたら、2007年末には記載がなく、2006年末は2日目だけ出席、2005年末は欠席となっていて、出席率が良くないことがわかり、反省しています。年のせいもあってというのが理由となりますが、せめて1日でも顔を出すことを、来年以降の目標にしたいと考えています。
 研究会では、若い会員の報告を聞くのが楽しみで、最近では見逃している新しい専門情報を知ることができ、何よりも常に新しい知的刺激を受けることができます。私どもの世代は、すでに批判される側に回っているのですが、自分の過去の仕事を思い出させてくれる機会ともなって、固くなった頭の体操には有益なチャンスだと思います。
 刑法読書会も、他の研究会の例にもれず、一時衰退の危機にさらされたのですが(「法科大学院出でて研究会亡ぶ」という問題発言、ブログ2005年11月15日)、その後は若い大学院生の会員の増加で挽回し、今年の年末研究会も30名ほどの盛会となったのは、大変喜ばしいことです。しかし、「ロースクール」の将来とともに、今後の推移には予断を許さないものがあります。研究会は、若い研究者の育成と研鑽には不可欠のものであり、定年組の参加も期待されているのです。
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by nakayama_kenichi | 2008-12-28 11:42

101歳の底力

 亡妻の母は、101歳を越えて、今も特養ホームに入居中です。今年は夏に一時体調を崩して食欲がなくなり、点滴だけの日々が続いたときは、ホームドクターと施設の方と家族との3者間で、積極的な延命処置は差し控えてもらうという方針を確認しましたが、その後、医師も驚くほどの挽回力で平常にもどるという経過を辿って、今年も12月まで持ちこたえてきました。
 しかし、12月に入る頃から、水分以外にはのどを通らない状態が続いて、ふたたび状況が悪化し、今回は回復がむずかしいのではないかと心配していました。私も何回か様子を見に行きましたが、水分以外の固形物は液状にしてあっても、口から吐き出してしまうか、口を閉じて受け付けないという状態がかなり長く続いたのです。
 このような状態が長く続けば、体が衰弱して危険な状態になることは明らかですから、悲観的な思いを秘めながら過ごしていたのですが、実は、また少しづつ挽回し、食べ物も少しづつ入るようになっているとのことで、まさに101歳の底力を思い知らされています。
 その秘密は、食が入らずに点滴状態になっても、心肺機能(バイタルサイン)には変化がなく、基本的に維持されているという点にあるようです。視線は定まりませんが、しっかりと目を開けて、車椅子にも座ることができます。私には理解が困難ですが、施設のスタフは体の動きからおばあちゃんが何をしたいかを感じとることができるといいますから、これまた大変なお仕事だと頭の下がる思いがします。
 今年を乗り切れるかどうか、ひそかに心配していましたが、この分だと無事に持ちこたえて、新年を迎えられるという希望が出てきました。命運を祈りつつ、年の暮れを待つ思いです。
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by nakayama_kenichi | 2008-12-27 21:05

致良知

 この言葉の読みは、王陽明の唱えた「良知を致す」ですが、中江藤樹はこれを「良知に致る」と読み替えたとのことです。「良知」とは、人間がこの世に生をうけたときに天から賦与された最高の宝のことですが、ほとんどの人は「利欲」によって良知をくもらしているといわれます。
 12月19日に、湖西線の安曇川にある「中江藤樹記念館」を訪問しました。この漢詩の作者である若狭の奇人(91歳)に誘われたのですが、「近江の聖人」と称えられた中江藤樹にまつわる史跡や昔の風情を残した町のたたずまい、それに記念館や資料館に収められた数多くの貴重な関係資料に接することができて、時代の差を越えた感慨を覚えました。以下では、上記の91歳翁の作で、今回中江藤樹記念館に掲げられた「漢詩」の額の中身を紹介しておきます。
             藤樹先生懐古      七言絶句 下平 一先韻  年 鮮 遠
   起句     近江   生誕   四百年
          おうみに  せいたん よんひゃくねん
   承句     良知   致修   如鏡鮮
          りょうち まなぶにいたり かがみのごとくあざやか
   転句     濁世   警鐘   打誰撞
          だくせいの けいしょう  だれがうちならさん
   結句     聖人   孝心   諭永遠
          せいじんの こうしん  とこしなえにさとしめん
     二〇〇八年十月吉日             作詞 赤崎固山  書 長谷成豊
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by nakayama_kenichi | 2008-12-23 16:55

合理的な疑いを越えて

 これは beyond a reasonable doubt の訳ですが、戦後に継受した英米の刑事訴訟法の大原則として、日本法にも導入され、合理的な疑いを越える証明がない限り、有罪とはできないこと、逆にいえば、合理的な疑いが残る限り、無罪とするということを意味します。「疑わしきは被告人の利益に」という原則も、同じ趣旨のものと解されています。
 裁判員制度になった場合、裁判官は裁判員に対して「説明」することになっていますが、それは法律用語などのやさしい解説とともに、上述したような「無罪推定の原則」の内容と、それがなぜ必要なのかという理由を含めて、明確に説示することが求められているというべきでしょう。  この原則が必要な理由とは、それが被告人に有利な特権を与えるものではなく、もしこれらの原則がしっかりと考慮されなければ、実際には無実の人が有罪とされてしまう「冤罪」のおそれがあるからです。そして、現に、わが国でも、死刑事件についてさえ「冤罪」であったことが後で判った事件が複数あったことを歴史が証明しているのです。
 では、「合理的な疑いを越えて」とはどういう意味かという点について、あるアメリカの弁護士による以下のような説明が判りやすいと思われますので、引用しておきます。
 「被告人は、法廷にあって最初は真っ白なカンバスに例えられます。検察官は、そのカンバスに証拠という墨を塗っていきます。そして、真っ白だったカンバスが、気になる余白がないほど黒くなったとき、陪審員ははじめて被告人を有罪にできる。『気になる余白がなくなった』状態を『合理的な疑いを越えた』と表現しています。『たぶん』有罪では足りないのです」(伊佐千尋・裁判員制度は刑事裁判を変えるか、2006年、125頁)。
 
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by nakayama_kenichi | 2008-12-22 18:09

クリスマスコンサート

 12月18日(木)の午前10時半から、この高齢者用マンションの一階ホールで「クリスマスコンサート」が開かれました。ボランテイアとして来て頂いたのは、この前の9月19日に次いで、2度目の「仰木の里の女性合唱団・ラ・フローラとたんぽぽ」で、34名という豪華メンバーでした。
 今回は、クリスマスコンサートなので、合唱団の女性の服装も一層華やかで、歌にあるように「サンタクロースがやってきた」という実感がしました。そして、高齢者用マンションが一挙に若返ったようになりました。歌の内容も、クリスマス関係のもの一色で、クリスマスの歌を満喫することができました。当日のプログラムの一部を記録しておきたいと思います。
   ―――――――――――――――――――――――――――
        きよしこの夜で入場
     ○会場の人とのコーラス
     1.もろびとこぞりて        6.牧人ひつじを
     2.もみの木             7.あら野のはてに
     3.おへやをかざろう        8.神のみ子は
     4.サンタが町にやってくる    9.ジングルベル
     5.うれしい楽しいクリスマス  10.きよしこの夜
     ○ジョイフル、クリスマスメドレー フローラ
     ○独唱 小松千加子  ペチカ
                       指揮 小松千加子 伴奏 友定 三香
              
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by nakayama_kenichi | 2008-12-18 21:05
 昨年12月の第2日曜日に集まって以来、今年も第2日曜日の12月14日に、瀧川ゼミ生
の会を開きました。今回は、びわ湖畔の私の入居している高齢者マンションに集まって頂くよう、13名のゼミ生に案内状を出したのですが、欠席者が多く、結局集まったのは3名という淋しい状態でした。
 しかし、今回は、瀧川先生の次女に当たられる熊谷栄子様の2人の娘さんご姉妹が出席を快諾され、そろって参加して下さいましたので、総勢5人となり、われわれゼミ生の知らなかった瀧川先生をめぐる逸話や裏話を聞かせてもらうことができて、大変興味深く、時の経つのを忘れて、若かりし頃の思い出話に打ち興ずることができました。
 話題のなかでは、瀧川先生がドイツから立派なピアノを持って帰られ、それが京大で音楽会があるときは使われていたこと、しかし瀧川先生ご自身は実は音痴で音楽は不得意であったこと、先生の勉強部屋には入れてもらえず、奥様が原稿の清書を手伝っておられたこと、東京では今でも「瀧川事件を語る会」が毎年5月26日(昭和8年に瀧川先生が大學を追われた日)に開かれていることなどが印象に残りました。
 一方、欠席したゼミ生の近況としては、元気でゴルフを楽しむ人がある反面、5名もの方が嚥下障害や痛風などの体調不良を訴えられているのが気がかりです。あるゼミ生からは、瀧川先生の印象は深く、伊藤孝夫著の「瀧川幸辰」評伝を読みながら温顔とユーモアを懐かしく思い出していますというコメントがありました。
 来年の12月の第2日曜日に再会できることを楽しみにしています。
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by nakayama_kenichi | 2008-12-14 17:53

公務員のボーナスの格差

 新聞報道によりますと、国家公務員に冬のボーナスが支給されましたが、管理職を除く一般職の平均支給額は69万2900円で、昨年よりも3400円(0.5%)減ったとのことです。
 一方、ボーナスは特別職にも支給され、最高裁長官が595万円、衆参両院議長が554万円、閣僚が434万円、事務次官が348万円、国会議員が330万円などとなっており、麻生首相には国会議員としてのボーナスに、就任2ヶ月半分の特別職のボーナス80万円を加えた計410万円が支給されたとのことです(朝日新聞12月10日夕刊)。
 これを見て気がつくことは、同じ国家公務員でありながら、一般職と特別職との間に歴然とした金額の格差が存在することで、最大で8倍の差があることが判明します。一般職の公務員から見れば、その格差があまりにも大きく、しかも、高級官僚の不祥事と自己保身の姿を見せ付けられると、ますますその矛盾が顕在化することは避けられないように思われます。
 しかも、この年末に向けて、多くの市民が職や家を失うことが確実に予測されるこの時期に、庶民にとっては驚くほどの金額の年末ボーナスを何らの抵抗なく受け取るという感覚は、率直にいって理解しがたいものがあります。一種の義憤すら覚えるのです。
 国会議員や高級官僚が、率先して、一般職のボーナスをこえる金額を自主返納するような動きが全く出てこないのもおかしいというべきでしょう。金融危機から生じた痛みを国民が等しく分け合うためには、まずは特権上層部から範を示すべきだと思います。
 一方、「定額給付金」の方は、すべての国民に、したがって特権層にも平等に与えられるというのですから、うまく出来すぎているとしか言いようがありません。
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by nakayama_kenichi | 2008-12-12 11:57

今年の私の業績

 毎年12月には、その年に公表された自分の研究業績をまとめて確認していますので、今年もその記録を残しておきたいと思います。

①『違法性の錯誤の実体』 (論文集12巻)           成文堂                ②触法精神障害者問題に対する「日精協」の対応(5,6完) 精神医学50、52号
③佐伯刑法学と平野刑法学との関係             犯罪と刑罰18号
④医療観察法における「医療の必要性」について      
     ―最高裁平成19年7月25日決定の検討―     判例時報1992号
⑤吉川先生と刑法改正問題                 法学志林105巻4号
⑥佐伯千仭先生の死を悼む                  刑法雑誌48巻1号
⑦「刑事法学の動き」研究会について              法律時報80巻10号
⑧書評・ホセ・ヨンパルト『死刑―どうして廃止すべきなのか』 法の理論27号
⑨佐伯博士の刑法思想と「日本法理」(上・中・下)    判例時報2013、2015、2016号

 全体としては、公刊された業績の数は次第に減少しているのですが、これは年齢を考えれば、自然の流れだと思います。しかし、最後の「佐伯博士の刑法思想と『日本法理』」は、かなり長文のもので、悩みながら真剣に書いたものです。まだ、少し反響があった程度ですが、ご批判やご感想をうかがえれば幸いです。
 
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by nakayama_kenichi | 2008-12-09 15:36