最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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死刑廃止は世界のすう勢

 このところ、また死刑制度に関する新聞記事に目がとまり、切り抜きをしました。
 第1は、10月17日の朝日新聞夕刊の記事です。そこでは、ジュネーブの国連欧州本部で開かれていた国連規約人権委員会で日本に対する人権状況の審査が行われ、質疑では死刑や代用監獄制度などをめぐり、委員から「10年前(前回審査)の問題提起に十分対応していない」など批判が相次いだと指摘されています。日本政府は、「国民世論の多数が凶悪犯罪については死刑もやむを得ないと考えている」という従来の主張を繰り返したとのことです。国際的な批判に、10年間も「馬耳東風」を決め込んでいるのです。
 第2は、10月26日の朝日新聞の記事です。これはニューヨーク特派員による報告で、アメリカは日本とともに、死刑制度を維持する少数国に属しているが、現実には死刑を廃止した州があること(14州)、死刑存続の根拠として世論の支持とともに被害者の感情が挙げられるが、最近死刑を廃止したニュージャージー州では、被害者遺族が死刑に反対する被害者団体を作り、それが死刑廃止法案を成立させる力のひとつとなったことなどが報告されています。
 第3は、10月29日の毎日新聞の記事です。これは、28日に行われた今年5回目の死刑執行が「2ヶ月に1度」というハイペースで、今年の執行は15人に上り、自動執行の流れに近づきつつあるとして、国際世論からの批判も強まりそうだと報じています。死刑大国といわれるアメリカでも、最近は死刑を執行しているのは約10州にとどまり、死刑執行に関する情報もかなり開示されているのに対して、日本ではほとんど情報が開示されないという「閉鎖性」も国際世論の不信を買っています。
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by nakayama_kenichi | 2008-10-29 21:43

2人の2世女子研究者

 これまで、政治家などに、世襲の2世議員が多く見られることは、もう衆知の事実になっていますが、私どもが所属する学界にも、同様な現象が目立つようになりました。
 過日の刑事判例研究会(毎月第4土曜日、同志社大学)に出ましたら、自己紹介をした新規加入の若い2人の女子研究者から、個人的に、それぞれのご父君が法律学専門の教授であることを知らされ、驚いた次第です。
 法科大学院に入って法律実務家になるのも難しいコースですが、法学の研究者として大學院に残って、将来、大學の教員を目指すというのも、今の大学の現状を考えれば、なかなか大変なことです。しかし、実際には、最近になってこの道を志す大学院生が増える傾向があり、なかでも女子の比率が高いという印象を受けます。
 私なども、個人的にいいますと、2人の子どものどちらかでも、法律学、とくに刑事法学の研究者にでもなっていれば、書庫にいっぱいの専門書の処理に困らなくてもすみ、助かるのではないかと漠然と思ったこともありますが、かえって心理的には負担になるのではないかと考えていました。
 親子といっても独立した人格を持った存在であり、他人と変らないともいえますが、世間からはとかく特別の目で見られて、親の光七光りと言われたり、学風や学説まで比較されるという風当たりも覚悟しなければならないでしょう。しかし、これらの点を克服して、親の業績をしのぐような力量を発揮されるよう、2人の新人を応援したいと思います。
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by nakayama_kenichi | 2008-10-27 08:55

若い法曹の卵の来訪

 過日、今年京大の法科大学院から司法試験に合格したY青年がこのマンションまで私を訪ねて見えましたので、昼食をはさんでしばらく歓談する機会がありました。この青年は、エリートコースを歩んできたように見えましたが、尋ねてみると、これまでの受験には2回失敗し、2年遅れとのことですが、まだ26歳という若さです。
 この青年と私との間には、彼が私の恩師に当たる瀧川幸辰先生の次女の栄子さんのご主人の熊谷開作先生の孫に当たるという不思議な因縁があります。私は、熊谷先生が亡くなられた後も、栄子さま宅を毎年訪問していましたので、実際には彼が子どものときから出会っていたことになります。
 この若い青年に過去、現在、未来について、いろいろ質問しましたが、おとなしいタイプなのと、謙遜心からか、あまり積極的な主張は聞かれず、結果的には、彼の方が私の昔話を聞かされたということで終わったようです。将来は弁護士になりたいという個人的な希望は了解できましたが、今の若い世代に社会変革の覇気を求めるのは難しいのかなあというのが率直な印象でした。
 26歳といえば、私はまだ旧制大學在学中で、結核にかかって休学し、郷里で静養していたことを思い出します。法学部の講義を聞くこともできず、ラジオ放送でロシア語を独学していました。悩みが多く苦しかった頃のことを懐かしく思い出しました。
 しかし、昭和20年代は、戦後の大転換期に当たり、生活は貧しくても、心には解放感があり、新憲法による平和と民主主義の大きな展望があったことを、今こそ想起すべきだと思います。
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by nakayama_kenichi | 2008-10-24 20:20

日本独自の刑事司法

 今日、古い友人の松尾浩也氏(東大名誉教授、法務省特別顧問)から、過日このブログで取り上げたばかりの朝日新聞の切り抜きと、「刑事裁判と国民参加―裁判員法導入の必然性について」(法曹時報60巻9号所収)と題する講演の抜刷が送られてきました。そこには、見逃せない指摘がありますので、いくつかコメントを加えておきます。
 第1は、わが国の裁判員法と韓国の陪審法との比較という点です。法の目的が、韓国法では「司法の民主的正当性と信頼を高める」というのに対して、日本法では「司法に対する国民の理解の増進と、その信頼の向上に資する」とあるだけで「民主的正当性」の言葉がないけれども、司法制度審議会の審議では現れていたので、同趣旨のものと評価されています。しかし、すでに述べましたように、韓国では、捜査の全面的な可視化による冤罪の防止が明言され、死刑の執行停止など、立法の前提と方向性が日本の状況とは全く違う点が黙視されているのが問題だと思います。
 第2は、日本の刑事訴訟法の制定と運用に関する叙述の部分です。ここでは、日本の刑事訴訟法の目的が「真実の発見」に置かれ、捜査段階で真実を発見し、有罪確保と有罪率を高めることを基盤としてきたこと、そして日本独自の刑事司法が的確に行われ、有罪・無罪の確定と刑の量定が適切に行われていることに国民が信頼していると推測されるとして現状が肯定的に評価されています。死刑冤罪を生み出す原因の分析などが、全く姿を見せていないのが、何よりも気がかりなところです。裁判員法の施行によって、調書裁判による「精密司法」が失われても、現状は変らず、有罪率は低下しないということでしょうか。

 
 
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by nakayama_kenichi | 2008-10-23 17:51

動き出す裁判員制度

 このところ、裁判員制度の問題に繰り返し触れてきましたが、標題のような朝日新聞の特集記事(10月17日)には、肝心のところに不正確な記述や評価があることが気がかりで、その影響力の大きさからも、このまま見過ごすことはできないと考え、2,3の点を指摘しておきます。
 第1に、裁判員制度の導入の経緯についての記述は客観的に叙述されていて、問題がないように見えますが、これまでと違って、「事前に証拠や争点を絞り込み、連日のように公判を開いて一気に判決を出すという新しい形の刑事裁判になりそうだ」という予測はともかくとしましても、それに続く「捜査当局の取調べに、容疑者が自分の意思で自白したのかを確認するために、取調べの一部の録音・録画も始まっている」という記述には、問題があります。それは、現在の密室での取調べの改革には取調べの「全部」の録音・録画が必要であるのに、なぜ取調べ当局が「全面開示」に頑強に拒否しているのかという肝心の点が見逃されているからです。
 第2に、国民の関心が低いという点を含めて、裁判員制度への疑問や延期論も紹介されていますが、このままでは、被告人の権利保障が不十分で冤罪の防止に役立たず、市民参加制度としても不徹底であるという批判点が、はっきりと紹介されていないところにも問題があります。裁判員の参加が単なる「お飾り」にならないためにどうしたらよいかという点についての問題提起が望まれるのです。
 なお、「裁判員」の名付け親である松尾浩也氏の論評の中にも、裁判員制度の導入とともに、長年の懸案が一気に実現する形勢になったとの指摘がありますが、これも楽観的に過ぎるのではないかという感想を禁じ得ません。
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by nakayama_kenichi | 2008-10-20 11:11

はじめての大腸がん検診

 私自身は、予防医学的な体の検査がもともと嫌いで(もっとも好きな人はないでしょうが)、なるべく最小限にして避けてきましたので、病気で通院した際の血液検査以外には、インフルエンザの予防注射もしたことがなく、大腸がんの検診(便潜血反応検査)もこれまで全くしたことがなかったのですが、今回はじめて経験することになりました。
 この半年くらい前から、どうも調子が悪いことはわかっていましたので、今回は思い切って検査しようと考えたのですが、あたりの人に聞いてみると、案外に検診した方が多く、結果が陽性になって精密検査まで行った人が少なくないことも聞いて驚いた次第です。
 10月9日と10日に便を採取して病院に持参し、血液の採取もしてもらって、その結果は15日午前の診察時に開示ということになりました。少し大げさですが、この日が運命を分ける判決宣告の日であると思うと、それまでの数日間は気分が落ち着かず、しかし表面的には平静に平常の業務は処理しました。ただし、おそらく結果は陽性であり、精密検査に移行するであろうことを予測して、その日以降の当分の用件についてはすべてペンディングにしてしておきました。
 15日の朝は、緊張して病院に向かいましたが、医師の前に出たときは、もう覚悟を決めていました。ところが、結果は何と陰性ということで、安心感とともに何か拍子抜けの感を憶えました。もう帰ってよろしいといわれてみると、やがて気分は転換し、もう明日からの用件が復活することになったのです。 ただし、血液検査の方は、いったん下がったコレステロールの値がまた元の数値にもどっている点に、あとから気がつき、なお問題が残ることになりました。しかし、ともあれ、もうしばらくは何とか現状を維持できそうです。
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by nakayama_kenichi | 2008-10-18 10:34

陪審制消極論

 一方、陪審制の導入に消極的な意見もありますが、陪審制よりも「参審制」の方が現実的であるという意見のほかに、国民の司法参加自体に疑問を呈する根強い反対論も存在することに注意しなければなりません。
 その一つとして、ここでは、西野喜一氏の『裁判員制度の正体』(講談社現代文庫、2007年)をあげておきます。著者は元裁判官ですが、裁判はプロの裁判官に任せるのが筋であり、市民参加は弊害あって一理なしと明言されているのです。
 著者によれば、今回の裁判員制度は、これを実施しなければならない必然性のない無用な制度であること、日本国憲法に反する違法な制度であること、手抜き審理が横行する可能性があること、事案の真相の追求が図られなくなるおそれのある不安な制度であること、被告人にも犯罪被害者にも辛い思いをさせる苛酷な制度であること、費用がかかり過ぎる浪費の制度であること、裁判員に動員される国民の負担があまりにも大きい迷惑な制度であること、国民動員につながる思想をはらんだ危険な制度であるとした上で、さらに進んでこの「現代の赤紙」から逃れるための方法まで具体的に指示するというユニークなもので、一読の価値があります。
 しかし、私見としては、たしかに今回の裁判員法の導入の由来や目的には疑問があり、市民の要望を反映したものでないことは事実であるとしましても、本書には、「裁判官による裁判」の現状に対する改革意見がほとんど見られない点で、保守的な官僚司法を擁護する立場には賛同することはできません。むしろ「司法の民主化」という観点が欠如している点では、今回の裁判員法の推進者と共通しているようにさえ思われるのです。
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by nakayama_kenichi | 2008-10-14 10:00

沖縄の陪審制度

 沖縄が日本に復帰する前のアメリカ統治下の時代には、約10年間にわたって「陪審制度」が実施されていたことがあります(1963年ー1972年)。日本弁護士会が行った調査報告を参照することができましたので(太田・鳥毛「アメリカ統治下・沖縄の陪審制度」自由と正義43巻10号、1992年、62頁以下)、その中から、いくつかの注目すべき点を紹介しておきます。
 1.陪審制導入の契機は、沖縄在住のアメリカ人にも本国の陪審裁判を受ける権利を保障するという点にあったとみられますが、沖縄人(日本人)が当事者になる事件でも、アメリカ民政府裁判所で審理される際には、陪審制度が適用されていました。
 2.陪審員は、琉球列島内の区域から無作為で抽出され、呼出状が送達され、抽選された陪審員候補者に質問がなされ、忌避されずに残った候補者の中から、1件につき12名と予備員が選ばれました。被告人は、陪審を受ける権利を放棄することができましたが、弁護人は陪審を選択するように勧め、被告人も陪審を選択することが多かったとのことです。
 3.陪審体験者からは、「よくディスカッションしました。時には夜半まで続いたこともありました」「かなり真摯な態度を考え方で努力しました」などの報告が寄せられました。評決は全員一致を要し、無罪判決には上訴は許されませんでした。
 4.陪審裁判の件数は、10件程度で、全体の10%未満でしたが、無罪評決が比較的多かったといわれています。当時の関係者10名に対するヒアリングでは、わが国に陪審制を導入することについて、積極的意見が6名、消極的意見が2名、中立が1名、不明が1名という結果が見られたとのことです。
  
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by nakayama_kenichi | 2008-10-12 22:20

陪審制か参審制か

 このところ、裁判員法にかかわる文献を読んでいますが、わが国で施行が予定されている「裁判員法」は、陪審制ではなく参審制であるとして、その特徴を国際的に比較し、これを「陪審制」に近づけようという観点から書かれた書物を読みました(丸田隆『裁判員制度』平凡社新書、2004年)。その中から、注目すべき指摘を挙げておきます。
 陪審制の典型はアメリカで、陪審員が裁判官から独立して裁判に関与するのに対して、参審制の典型はドイツで、裁判官と参審員とが協働して評議を行う制度です。日本にも戦前から「陪審制度」があり、戦後はその復活が予定されていたのですが、最高裁と司法官僚によって実現が阻まれ、職業裁判官だけの官僚裁判制度が今日まで維持されてきたのです。「陪審法」は廃止されたのではなく、一時停止されているに過ぎません。
 今回の「司法制度改革審議会」(1999年)に始まる論議では、13人の委員の中で、陪審制を支持する者は少数で、参審制を支持する者が多く、人選に問題がありました。肝心の最高裁も最初から陪審制には反対で、参審制でも3人の裁判官に2人の参審員(しかも評決権なし)という超保守的な主張をしていたのです。
 公聴会では、陪審制の導入を要望する意見が相次ぎましたが、審議会は陪審よりも参審に傾き、結局は、裁判官3人に裁判員6人という構成にまで修正された案が国会を通ったのです。政府自民党も、抜本的な改革を避け、現行制度の延長線上で考えるべきだとしたのです。
 著者は、これでは現在の刑事裁判の弊害は除去できないとし、3年後の見直しを踏まえて、これを限りなく陪審制に近づける努力をすべきだと結んでいます。
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by nakayama_kenichi | 2008-10-09 16:12

夏目漱石の袖珍本

 転居の機会に本を整理していましたら、岩波書店から、創業70年の記念として、夏目漱石の袖珍本の復刻版を貰っていることを発見しました。1982年(昭和58年)のことで、もう20数年も前のことです。それは、縦15cm、横10cmという小さな本が3冊(「心」「道草」「明暗」)が入った箱入りの貴重本でした。今までは、そのままにしておきましたが、これからは、暇な折に読んでみたいと思うようになりました。まず「こころ」を読み始めています。
 まず、漱石自身の装幀にかかる「こころ」の「序」の部分を引用しておきます。「『心』は大正3年4月から8月にわたって東京大阪両朝日へ同時に掲載された小説である。当時の予告には数種の短編を合してそれに『心』という標題を冠らせる積だと読者に断ったのであるが、其短編の第1に当る『先生の遺書』を書き込んで行くうちに、予想通り早く片が附かない事を発見したので、とうとうその一篇丈を単行本に纏めて公けにする方針に模様がへをした。然し此『先生の遺書』も自から独立したような又関係の深いような3個の姉妹篇から組み立てられてゐる以上、私はそれを『先生と私』、『両親と私』、『先生と遺書』とに区別して、全体に『心』という見出しを附けても差支ないやうに思ったので、題はその儘にして置いた。ただ、中味を上中下に仕切った丈が、新聞に出た時との相違である。装幀の事は今迄専門家にばかり依頼していたのだが、今度はふとした動機から自分で遣って見る気になって、箱、表紙、見返し、扉及び奥附の模様及び題字、朱印、検印ともに、悉く自分で考案して自分で描いた。木版の刻は伊上凡骨氏を煩わした。夫から校正には岩波茂雄君の手を借りた。両君の好意を感謝する。大正3年9月 夏目漱石」。
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by nakayama_kenichi | 2008-10-07 09:37