最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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野田淳子さんの歌

 9月27日の午後2時から、私の所属する「伊賀・笠松法律事務所」の開設25周年記念パーティが、大阪南森町のいきいきエイジングセンターで開催されました。参加して頂いたのは、これまで当事務所に法律相談に見えたり、実際に民事や刑事の事件の代理や弁護を依頼された関係の方々で、150名ほどの多数の方々が参集されました。
 5年前の20周年記念会のときには、私が「司法改革」について講演をしたのですが、今回は、還暦を迎えた伊賀弁護士が参会者のみなさんへの謝辞とともに、25年間の弁護士生活を回想する中で自分の生い立ちや生活心情を独特のユーモアを交えながら印象深く語りかけられた後(これは「伊賀節」といわれます)、今回はとくに、フォークシンガーの野田淳子さんの歌を聞くという興味あるプログラムが予定されていました。
 野田淳子さんは、長崎県佐世保の出身で、電通で働きながらアマチュアとして活動中、上条恒彦氏に認められて1970年にプロデビュー。生きとし生けるあらゆるものの命への想いを、その透明感あふれる声に託して歌い続ける”心唄う人“として、幅広い層の支持を受けています。
 10曲のうち、私は「千の風になって」だけしか知らない歌でしたが、野田さんが歌の合間にちょっと話される「トーク」がそれぞれの歌への思い入れとして印象的で、会場に響きわたる強く美しい歌声には、心底から心を打たれました。とくに、肉親を失ったはかない人の命に捧げる「千羽鶴」の歌のほか、いまなお戦禍にまきこまれている「戦争しか知らない子供たち」の歌は、涙なしには聞けないものでした。妻を亡くした私にとっては、「千の風になって」は、何度聞いても聞きすぎることはありませんでした。
 
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by nakayama_kenichi | 2008-09-29 10:06

裁判員法と冤罪の防止

 来年の5月に施行される予定の「裁判員法」については、一方では、新しい制度をスムーズに進めるための準備作業が進められていますが、他方では、依然として制度自体やその運用に対する疑問や批判が消えないまま、見切り発車になるおそれがあります。
 9月23日の朝日新聞によりますと、明白な冤罪事件であることが判明した「志布志事件」(鹿児島の選挙違反事件)では、判決は「客観的証拠はなく、自白は県警の強圧的誘導によるもの」として全員を無罪にしたのですが、それに加えて、取調べの際に、警部補が被告人に対して、親族の名前を書いた紙を踏まされる「踏み字」を強要したことが「特別公務員暴行陵虐罪」に当たるとした有罪判決も確定したことが報じられています。
 私が注目しましたのは、被害を受けた元被告人が、取材に対して、「裁判が終わり、ほっとしました。取調べを全面的に可視化していれば、警部補も踏み字などさせなかったはずです」と話したという部分です。ところが、警察庁は、「取調べ適正化方針」を作成するというのみで、取調べの「全面的な可視化」をかたくなに拒否し続けています。
 そして、このような状況は、裁判員裁判が始まっても、変わる保障はなく、代用監獄における密室での取調べがそのまま続くことになります。裁判員が公判に参加するだけでは、現状を追認する「お飾り」に終わる可能性が高く、むしろ裁判員法が冤罪の防止に役立つためには、現在の刑事裁判の実態を国民の目から見直し、変えていくことが必要です。取調べ過程の「全面的な可視化」(録音・録画)はその一つで、それは韓国を含む国際的な常識なのです。
 裁判員法は、「司法の民主化」(市民による司法のコントロール)を目指すべきだと思います。
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by nakayama_kenichi | 2008-09-23 21:12

女性合唱団のコーラス

 今度入居しました高齢者用マンションでは、9月19日の午前10時半から、1階のホールで、女性合唱団のコーラスが催され、多くの入居者が聴講しました。ある入居者のご紹介で、外部から総勢20-30人に及ぶ女性合唱団が見えたのです。団員は、ピンクとブルーの美しい衣装をまとい、会場は一挙に華やかな雰囲気に包まれましたがが、よく見ると、若い団員にまじって、年配の女性の姿もあり、とくに注目されたのは、91歳の女性が元気にその一員として参加されていたことです。その柔和な笑顔が素敵でした。
 プロのピアニストの伴奏で、何曲かのレベルの高い歌曲が披露されましたが、指揮者の先生のエネルギーと聴衆である老人に対する暖かい眼差しが印象的でした。そこでは、ボランティアによるサービス精神が、入居者との心の一体感を生み出したといえるでしょう。
 その後、プログラムががらりと変わり、古い日本の歌の歌詞が10曲ほど、次々に黒板に張り出され、参加者全員で歌うという展開となりました。それらの曲は、みんなが知っている有名な昔の日本の民謡の数々で、参加者全員が歌いながら、思わず歌詞につられて、各人の遠い昔の少年、少女の時代のことを連想し、ほのぼのとした雰囲気に心が揺さぶられるという貴重な体験をしました。最後は、まさにご当地に相応しい「琵琶湖周航の歌」で締めくくられるという配慮も行き届いていました。
 その後は、また合唱団員による歌曲の高い声が会場に鳴り響き、入居者の大正琴の演奏もあって、あっという間に時間が過ぎ、感謝の拍手の中で、また再会を約してお別れしました。私にとっては、とくに、「千の風になって」、「二度とない人生だから」といった歌が心に残りました。
 
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by nakayama_kenichi | 2008-09-20 10:44
 今、福田総裁の後継を決める自民党の総裁選が行われています。新聞やテレビに候補者の顔が大写しに出てきますが、その裏には、総理と閣僚の役職争いや次期の選挙運動目当てという中身が透けて見えますので、今回は国民は冷めた目で眺めているようです。
 自民党は政権政党なので、政局を自党に有利に展開する立場と術策にたけていますが、現在の深刻な国民生活の立場から見ますと、余りにも国の責任政党と官僚の無責任な対応が目立ちすぎますので、永年続いた自民党と特権官僚による支配体制にも危機が予想されます。
 では、次期の総選挙で、民主党が勝って、民主政権になったらどうなるのか、懸案の解決が一歩でも進むのかという点は、いまだ未知数だといわざるを得ません。
 ただ、ここで1点だけ、かなりはっきりしていることがあることも事実です。それは、朝日新聞「政策ウォッチ」という欄が指摘する以下のような記述です(2008年9月13日)。
 「解散・総選挙が目前に迫り、『脱官僚』を掲げる小沢民主党に『霞ヶ関』は警戒感を強めている。それは警察も変わりない。富山県警の強姦冤罪や鹿児島県警の選挙違反無罪を受け、民主党は07年参院選のマニフェストで、取調べの全過程を録画する「可視化」をうたった。参院だけだったが、今年6月、可視化を盛り込んだ刑事訴訟法改正案を可決した。一方、可視化に一貫して反対してきた警察庁は今月、部分的ながら可視化に踏み切った。・・・しかし全面可視化では治安に悪影響が出る――同庁幹部は『もし政権が変わったら、こうしたデメリットを説明するほかない』と話す。変化を迫られたら同庁がどう反応するのか、注目したい」。
 このような事態は、検察庁についても同様に妥当します。
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by nakayama_kenichi | 2008-09-17 14:13

敬老の日

 9月15日は、敬老の日にあたりますので、午後から家内の母が入居している特別養護老人ホーム『天神の杜』を訪問しました。毎年恒例となっている「敬老のお祝い」の行事が開催され、50名の入居者のほかに、施設の職員のみなさん、それに施設の役員や知事、市長などの来賓の方々とともに、私も入居者の家族の一員として参加しました。
第1部の儀式では、来賓の挨拶の後、まず102歳と101歳の入居者が車椅子で壇上に上がって、表彰され、多くの贈り物が献呈されたのですが、この101歳の方が私の家内の母に当たります。今夏は元気がなく、心配していたのですが、102歳の女性がしっかりしておられたのに、うちのおばあちゃんは昼寝から目が覚めず、結局終始うつむいたままで終わってしまいました。8月19日の誕生パーティの日には目を開いてしっかりしていたのに、残念でした。
 今回は、新しく100歳になられた人があり、50名のうち100歳以上の人が4名となりしたが、いずれも女性です。男子の最長老は94歳ですが、着物姿で、入居者を代表して贈り物への謝辞を立派に朗読されたのには感心し、多くの拍手に包まれました。
 第2部は、アトラクションで、日本舞踊などの予定がありましたが、私は時間の関係で失礼しました。背後で、手拍子の拍手の声が聞こえていました。
 入居者が後期高齢者であることはもちろんですが、来賓や家族にも高齢者が多い中にあって、施設に働く職員の方々が男女とも平均年齢が若く、この人たちの献身的な努力が心の支えとなって、施設の雰囲気を明るくしているという印象を強く受けました。
 来年の敬老の日がどうなっているのか、今から気になるところです。
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by nakayama_kenichi | 2008-09-16 11:55

法律時報と私

 法律雑誌の「法律時報」1000号記念ということで、「刑事法学の動き」という研究会の由来について編集部から執筆を依頼されたことについては、6月のブログにも書きましたが、その1000号(法律時報2008年9月号)が日本評論社から出版されました。私の原稿(「刑事法学の動き」研究会について)も掲載されています。そこで、この機会に、私と法律時報誌との関係を少し調べましたら、以下のことがわかりました。
 1.私の原稿が始めて法律時報誌に掲載されたのは、昭和34年(1957年)のことで、「ソビエト刑事立法の改正」という論文でした(法律時報31巻6号)。これが、私と法律時報との関係の始まりですが、そのときの感慨は忘れ難いものがあります。
 2.それ以後、今日(平成20年、2008年)に至るまで、法律時報に掲載された私の原稿は、論文や書評などを含めて、全部で85本の多きを数えます。これは、51年間に85本ということですから、毎年ほとんど休まず1本半以上掲載し続けてきたことになります。
 3.過去51年間を通じて掲載が欠けているのは、3年間だけで、1年に2本掲載されているのが14回、3本が7回、4本が1回、そして、5本という年が2回あります。それは昭和50年代半ばの頃の一番多筆だったころのことです。
 4.これらの原稿のうち、「刑事法学の動き」に関するものは、実に41本を数えます。これらは、「刑事法学の動き」研究会で報告したものを原稿にしたものです。
 最近は、執筆の機会が少なくなりつつなりますが、もうしばらくは法律時報との関係も大切にしたいと念願しています。
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by nakayama_kenichi | 2008-09-12 22:26

びわ湖大津館

 このマンションに来てから、もう3ヶ月が経過しました。猛暑も何とかおさまり、夜の露天風呂では、虫の声も聞こえるようになりました。びわ湖は一見美しく見えますが、ベランダから湖岸を見下ろしますと、浜の周辺は汚れた海草が放置された状態で、湖上のヨットは美しくても、艇庫周辺の湖岸の整備と改善が求められています。散歩のため湖岸に出ても、安心して歩ける状況にはないのが現状です。
 まだ、大津京の駅と近くのスーパーくらいしか行かないので、大津の町はほとんど知らないのですが、近くの湖岸の先に、「柳が埼湖畔公園」があって、その中に「びわ湖大津館」という古風な建物があり、ときどきそこまで散歩に出かけるようになりました。
 この建物は、1934年(昭和9年)に新築された国際観光ホテル(びわ湖ホテル)が、1998年(平成10年)に浜大津に移転する際に、取り壊さずに保存されたもので、地下1階、地上3階からなる建物には、桃山様式と呼ばれる古い由緒のある伝統的な風格を見ることができます。内部も、よく整備されており、1階には赤い絨毯を敷いた重厚な雰囲気のロビーのほかに、花に飾られた記念品売場や喫茶・レストランもあり、2階に上る立派な階段も、古風なエレベータも一度は利用して見たくなるものです。アートギャラリーやウエディングサロンもあります。また隣には「イングリッシュガーデン」もあり、魅力的です。
 2階から展望台に出ますと、びわ湖が一望できますが、マンションから見るよりも、対岸が近くはっきり見えるように思いました。1階の喫茶室からも、びわ湖の景色を一望でき、明るく静かな気分でお茶を楽しむことができます。
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by nakayama_kenichi | 2008-09-11 14:19

検事総長の見識を問う

 新しく就任された「樋渡利秋検事総長に聞く」という記事が週刊「法律新聞」(2008年8月22日、1776号)に掲載されています。裁判員制度の導入を前にして、わが国の検察庁の姿勢を明らかにしようとするもので、見逃せない内容となっています。
 第1は、裁判員制度導入についての評価です。法曹界の一部に反対論や延期論があるが、これは司法制度審議会から始まった改革であり、後戻りはできないとし、今起きている変化は、証拠開示が進み、取調べの一部の録音・録画も実現し、国選の弁護人も付くなど、弁護士会の考えに近づいてきているのに、反対するのはおかしいといわれています。
 第2は、取調べの「可視化」との関係です。検察が取り入れた供述の一部録音・録画は弁護士会のいう「全面的な可視化」とは違い、供述の任意性立証のためのもので、日本の刑事司法における供述の重みを考えると、全面的な可視化はできないといわれています。
 第3は、取調べへの弁護人の立会いについてですが、ここでも、日本の刑事司法における供述の重みから、短期間に真実を語ってもらうためには、弁護人の立会いがいいとは言い難いといわれています。冤罪防止との関係では、反省すべき点が多いとしつつも、それは取調べ方法の適正化と慎重な配慮によって対処すべきものであるといわれるのです。
 以上の点から、日本の検察は依然として、密室での取調べの中で、きちんと本人に話してもらわなければ真実が発見できないという頑固な思想に固執し続けていることが判明します。西欧諸国だけでなく、お隣の韓国でも、検察が「全面的な可視化」と「弁護人の立会い」を認めていることをどのように評価されるのでしょうか。
 
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by nakayama_kenichi | 2008-09-09 18:07

レクリエーションダンス

 6月から高齢者用マンションに転居しましたが、150室に1人または2人の居住者という構成なので、内部は思ったより静かで、落ち着いています。廊下にもほとんど人を見ないという状況で、個室の独立性と安全性は基本的に保障されています。
 1階と2階が共用部分で、1階には露天風呂もある大浴場のほか、エントランスホールでは歓談する入居者の姿が見られます。2階には食堂のほか、ホビールームなどの施設もあります。提携病院に通院する人もあり、病院からの介護サービスも利用されています。
 入居者間の交流も始まりつつありますが、最近では、水彩画を教えて下さる方のほか、レクリエーションダンスをしませんかという案内もあり、私も、体を動かす運動になると思って、参加してみました。1回目は、十数人の参加者がありましたが、女性ばかりで、男性は私一人という有様で、少し恥ずかしい思いをしましたが、年配の元気な女性陣に囲まれるというのも悪くないものです。
 ダンスの先生は78歳になる後期高齢者の女性ですが、至ってお元気、何よりも明るい笑顔が魅力的で、その颯爽とした手さばきや、しなやかな足の運びに感心しました。高齢者向きということで、そんなにハードな運動ではなく、録音された民謡の節に合わせて、先生の所作を真似しながら、みんなで踊るという単純な動作の連続でしたが、あっという間に1時間半の時間が経過しました。何でも復習と反復が重要なポイントですが、すぐに忘れてしまうというのも、年のせいでしょうか。しかし、そのうち、体で覚えるようになるでしょうから、これからも時間の都合がつけば、毎週参加したいと考えています。
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by nakayama_kenichi | 2008-09-08 13:49
 本日、「佐伯博士の刑法思想と『日本法理』」と題するかなり長い論文の校正刷りが、出版社から送られて来ました。この論稿は、「判例時報」という雑誌の10月21日号以降、3回に分けて連載される予定になっています。
 原稿の校正作業は、いよいよ公刊されるという緊張感を伴いながらも、執筆者としては自分の原稿を再確認するという仕事には心が弾むものです。今回も、すぐに着手して、3回分を全部、一気に見てしまいました。不満や後悔の残るところもありますが、印刷されてしまえば、大きな変更は不可能で、あきらめざるを得ません。
 ただ、今回の原稿は、佐伯博士の戦前の「日本法理」にかかわる部分を主題にしていますので、これまでほとんど意識的に引用されてこなかった一種の「タブー」に正面から触れることになるという意味で、特別の緊張感を味わいました。本来はリベラルな佐伯先生が、なぜ「日本法理」を通じて、戦前の国家主義的で全体主義的な世界観と大東亜戦争に至る戦時体制を推進する方向に向かわれたのか、なぜ戦後の転換に際して「日本法理」への明確な反省が見られなかったのかという点が、依然「謎」として残されているのです。
  ただし、この問題については、最近公刊された法律雑誌の佐伯博士追悼特集論文の中でも、何人かの刑事法学者によって部分的に触れられていますので、今や「タブー」ではなくなりつつありますが、どうしても避けては通れない問題として真剣に受け止め、そこから何を学ぶべきかという観点からの慎重な検討が必要であることを痛感しています。
 論文の掲載が始まったら、また報告し、ご批判を受けたいと思います。
 
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by nakayama_kenichi | 2008-09-04 22:47