最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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レトロの会

 過日、久しぶりに長岡京の家に帰りましたら、ちょうどその日に、近所の奥様方たちがわが家に集まって、地域の独居老人たちのために、週に一回、即席で準備した昼食を食べながら懇談する会を開くための予行演習をされていました。
 本当にできるのかなと半信半疑でしたが、集まった皆さんは大変熱心で、途中から加わった私も、すっかり打ち解けて、時間を忘れ、しばし楽しい笑い声に包まれました。空家の一階の部屋を使えば、7-8人は入れますので、うまく定着すれば、私の方としても、閉めたままにしておいておくよりも、人の出入りがある方が、家の保全ためにも好都合で、双方とも利益が一致するのです。
 最初のお客さまとして来ておられたご近所の奥様と久しぶりにお会いしましたが、この方は大正12年生まれの84歳といわれるのに、まだまだお元気で、話題が豊富で昔の話にもお詳しく、あとの70歳前後の女性陣も私自身も、すっかり煙に巻かれてしまいました。昔の旧制時代の大阪の大手前女学校出身の才媛で(ちなみに、私の亡妻も大手前女学校の後輩に当たります)、アメリカのサブプライムローンの話題まで出てみんな驚きました。
 来週から始めることになるはずのこの会の名称を、私に考えてくれといわれたのですが、私にも別に名案があるわけでもありません。しかしひょっと頭に浮かびましたのは、先の奥様が話しの中で、レトロという言葉を使われ、みんながその意味をちょっと理解しかねていましたので、その言葉をもらって、「レトロの会」と命名したらと考えました。これは、「回顧的」という意味で、昔話をする会に適しているといえるでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2008-06-29 11:47

パソコンの大失敗

 パソコンで原稿を書くようになってから、もう何年か経ちますが、今回はじめて、大失敗をし、今日は一日中、悔やんでばかりいました。午後も本当は原稿を書き続ける予定でしたが、中止して、マンションの周りを散歩したり、憂さ晴らしをしようにも酒も飲めず、無駄な時間をもてあましました。
 その原因は、長い長編ものの原稿を書いていて、もう間もなく出来上がるというので、目次にしたがって各章を順序立てて整理する過程で、各章の表記番号をひとつづつずらしてコピーしては消去する作業をしていたところ、同じ番号のところに他の章の原稿を入れてしまい、その前に入れてあった原稿が消去されてしまったようです。
 普通は、いったん消去しても、ゴミ箱に保存してくれているので、また復元できるのですが、名称を付して入力したときは、消えてしまって復元が不可能なことが、パソコンに詳しい教え子に尋ねたのですが、やはりだめだと分かり、がっくり肩を落としました。残された各章の原稿を念のために何回も何回も確認し、万一の復元を期待したのですが、一縷の望みも絶たれてしまいました。
 全体を完成させるためには、消えてしまったその章の部分を、もう一度、最初から書き直さなければなりません。気の重い仕事ですが、やり直す以外にはありません。この仕事が終わるまでは、この失敗がついてまわることになります。
 以後は、絶対にこのような失敗を繰り返さないよう、自戒しつつ、今日は終わることにします。失敗は成功のもととなる日のくることを念じながら・・・・
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by nakayama_kenichi | 2008-06-25 22:56

偶然の吉川先生宅訪問

 6月18日から20日まで、3日間、東京で日弁連の3つの委員会に連日出席するという計画で出かけました。連日は無理かなと思いつつ、自重しながらも、何とかダウンすることなく参加できました。日弁連の刑事法制委員会には、最初は外部からの助言者として、最近では大阪弁護士会からのメンバーとして、30年以上も前からの長い関係があります。
 今回のメインテーマは、心神喪失者等医療観察法の運用および立法改革提案の検討と、来年から施行が予定されている裁判員制度に対する弁護士会としての提言の検討というものでしたが、前者では、大阪のさわ病院の澤温院長による先進的な精神医療の体験談が、後者では、かつての良心的のお二人の裁判官(石松竹男、安倍晴彦両氏)による裁判員制度の評価に興味が惹かれました。
 その間、幸い、19日の会議が午後4時開始ということでしたので、急に思い立って、午前中から、亡くなられた吉川経夫先生の奥様にお会いするため出かけました。新宿から小田急電車に乗って成城学園前で降り、はじめて吉川先生宅を訪問することができました。まだ、先生が居られて、「やあー」といって姿を見せられるような気持ちがする中で、奥様と面会して、直接に、ゆっくりと、静かに、戦後間もない京大時代の古い思い出話をしました。奥様ご自身も、京大の院生から阪大の助手になられた経験がおありですので、吉川先生とともに私の直接の先輩にあたられるのです。
 話はつきないのですが、来年のできれば6月にでも、またお会いする機会があることを念じながら、お別れして、日弁連の会場に戻りました。
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by nakayama_kenichi | 2008-06-21 21:18
 殺人や放火など重大な事件を起こしたけれども、精神障害のために責任能力がないと判断された者には、刑罰は科されませんが、心神喪失者等医療観察法によって、検察官が申立てたときは、裁判所によって、指定医療施設に入院または通院するという決定が下されるという制度が、2005年から施行されています。
 そして、これまで約3年間の裁判所の決定では、当初の予想に反して、通院や不処分の割合が比較的多いとはいうものの、入院決定はすでに500件近くあり、その後の退院数を差引いても、入院者数は約400人に達しているといわれています。
 ところが、最近、この指定入院施設が不足状態に陥り、今後の運営が困難な状態にあることが厚労省によって認められていることが判明しました。6月13日の共同通信によりますと、国が当初整備目標としていた720床のうち、今年4月時点で完成しているのは15ヶ所の計387床にとどまるのに対して、各地の入院患者は今年3月末時点で399人に達し、面談室などを病室に改修した「転用病床」を合わせても数人分が不足するというのです。
 厚労省は、遅まきながら推進本部を発足させて施設整備を推進するといっていますが、施設が不足状態に陥ることは制度を開始した当初から、当然に予測された事態であって、国の側の無責任な対応の結果であるといわざるを得ません。
 しかも、問題は入院施設の不足にとどまらず、何よりも、退院後の社会復帰の受け皿がきわめて乏しいところに基本的な問題があります。一般の精神医療(精神保健福祉法)との連携とその全面的な底上げこそが課題であるというべきでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2008-06-21 08:59
 法律時報編集部から、創刊1000号の記念号の中に、各専門分野の研究会の歴史と現状を紹介したいので、私には「刑事法学の動き」研究会のことを書いてほしいとの依頼を受けました。ところが、研究会の発足が1968年(昭和44年)12月という古い時代に当たり、当時の記憶もおぼろげなので、当初の有力メンバーの数人宛に、発足当時の様子やその後の研究会のことについて、問い合わせをして、情報を集めているところです。
 発足の記事は、法律時報41巻1号(1969年1月号)に出ており、そこには、「発足にあたって」という研究会の趣旨の説明とともに、発足時のメンバー22名の名が挙がっています。関東の学者が最も多く、関西からは5名です(大谷実、鈴木茂嗣、中義勝、中山研一、光藤景皎)。そして、紹介した文献と批評は、その都度、法律時報誌に掲載されていったのです。
 この研究会のその後の経過には、まだ不明確なところもありますが、1985年(昭和60年)頃まで十数年間続いていたことは確かです。その後、東京では、1987年(昭和62年)から、次の若い世代の研究会(「現代刑事法学の視点」)が同様の趣旨で10年間ほど続いたようです。
 一方、関西では、すでに1970年(昭和45年)頃から、「刑事法学の動き」が判例研究会に引き続き、ほとんど毎月開催されるようになり、実はこれが現在まで続いているのです(毎月第4土曜日午後5-8時)。私自身は、最初の発足時から現在まで参加しています。
 それにしても、最初のメンバーの22名のうち、とくに熱心だった吉川経夫先生をはじめ、3分の1にも当たる7名がすでに物故者となられたのは、淋しいかぎりです。
 
 
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by nakayama_kenichi | 2008-06-17 11:03

兄弟4人の旅

 転居早々の6月11日から13日まで、2泊3日の予定で、箱根まで旅行してきました。私自身は、観光が目的の旅行など長い間経験したことがなかったのですが、今回は特別で、私ども男ばかり4人兄弟がはじめてそろって旅に出るというユニークな企画に付き合うことになりました。
 私どの兄弟は、85歳、81歳(私)、71歳、67歳という年齢構成で、今や全部年金生活者ですが、おかげさまで、ともかくもみんなそろって元気に旅に出られるというのも有難いことです。年代的には、上の2人と下の2人に分かれるのですが、一番若い弟だけが幸い車を運転できるというので、小田原の駅でレンタカーを借りて、箱根の強羅の和風の旅館に泊まり、箱根のあちこちを散策するという計画を実行することになりました。
 梅雨の季節なので天気が心配でしたが、初日は曇り空で夜から雨、2日目は朝から午前中雨がつづき、しかし幸い午後からは晴れはじめ、3日目は朝から快晴の天気という変化があり、おかげで季節と天候に応じて変化する箱根の山や湖の表情の動きを味合うことができました。
 2日目は、富士五湖めぐりという計画で、山中湖、河口湖などいくつかの湖を見てまわりましたが、富士山はすっぽりと雲におおわれ、わずかに岩肌の一部を見せただけでした。しかし、晴天の3日目には、早雲山の大涌谷を見た後、芦ノ湖畔の乙女峠で西日に輝く富士山の全景を写真に収めることができました。そして、最後は箱根ガラスの森の美術館でヴェネチアの繊細で優美はガラス工芸品を鑑賞しました。
 平凡な箱根旅行でしたが、宿では戦前の古い田舎(滋賀県の余呉)の昔話などに花が咲き、今回の旅行は、のんびりとした味わいのある思い出となりました。
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by nakayama_kenichi | 2008-06-14 09:48

マンション生活の始まり

 6月8日に長岡京から大津京へと都落ちをして、マンションの一室に移り住みました。15階のベランダから見る琵琶湖の眺望は美しく、湖は朝もやに包まれた淡い色合いからはじまって、昼間の澄みきった紺碧の青さ、そして夕闇とともに対岸の火に映えるという一日の変化が見られますが、それが四季折々の風情の変化を見せてくれるものと期待しています。
 長岡からは当座のものしか持ってこなかったはずですが、狭い部屋になかなか収まらず、整理が終わるまでしばらくかかりそうです。まずはじめに、電動自転車を買い、大津市役所に転入の手続に行き、生活用品の買い物もしましたが、長岡京市の郊外の住宅街と比べると、車の交通量が多く、付近にはマンションなどの高層建築物も多く、むしろ田舎から都会に出て来たという感じがします。
 8日の引越し日に、手伝ってもらった若い2人の知人と一緒に、車で、家内が眠っている墓に参ってきました。阪本町なので、もう少し近いと思ったのですが、5キロ以上はありそうで、自転車で行くのは無理かもしれません。しかし、近いうちに、一度、近江神宮方面に出かけてみようかと思っています。
 大津京の駅までは、歩けば25分くらいはかかりますが、施設の循環バスを利用することができます。自転車ならば10分程度で着くでしょう。次の山科駅まで出れば、JRでも、京阪でも、地下鉄東西線でも利用することができ、京都や大阪に出るには便利です、週に一回は、長岡京に帰る予定も立てています。
 今日で、3日目の夜が静かに暮れて行きます。
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by nakayama_kenichi | 2008-06-10 22:35

配食サービスの恩恵

 最近、この家を引っ越すことが決まってから、この地域に、「はい、お弁当です」と16年間も続いている配食サービス「あじわう会」というボランティア組織があることを知り、しばらくでしたが、その恩恵にあずかりましたので、この会のことを、感謝の気持ちで紹介しておきます。
 これは、長岡京市の市民ボランティアの40名ほどのご婦人方(平均年齢60歳代後半くらい)が集まって、食事作りが困難な高齢の独居ないし夫婦を対象に、週に一回、弁当を作って届けるという、地味で手のかかる仕事です。それが、よくも16年間も続いたものです。最初は、調理人が11人、受け手が17人の夕食の配食から出発したのが、最近では、調理人が25人以上集まり、市内のお年寄り70人分を2時間足らずで調え、主に男性が11人で配達するという状態に達しているとのことです(「婦人の友」2006年9月号80頁以下)。
 普通の弁当屋さんの弁当と違うのは、夏季を除いて、半月弁当箱を用い、「あじわう会お弁当」という名とともに、当日の献立表の明細が書いてあり、さらに季節の花の挿絵も添えてあるという風流なところにあります。「通信欄」もあり、次回の予告がしてあります。
 因みに、18年7月11日の献立表には、・梅風味ごはん・鯵のしそ包み揚げ・牛肉の照り焼き・菜巻卵・炊き合わせこんにゃく、茄子、おくら、人参・さつま芋甘煮・ずいきの胡麻和え・長唐とちりめんの炒り煮・水羊羹・ミニトマト・味噌汁、といった豪華なメニュが書かれています、それに、値段も安く、今でも500円、その秘密は人件費がゼロだからとのこと。ひとり者にとっては、最高のサービスです。感謝しながら、弁当を味わいました。
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by nakayama_kenichi | 2008-06-07 21:43
 警察・検察による容疑者の取り調べについて、全面的な録音・録画(可視化)を義務づける民主党提出の刑事訴訟法改正案が、6月3日、参議院で可決され、衆議院に送られました。しかし、政府与党は警察・検察ともに、「全面的に可視化すると取調べで真実の供述を引き出しにくくなり、捜査に支障を来たす」として反対していますので、可決される可能性はないようです。
 ところが、このブログでも紹介しましたように、西欧諸国だけでなく、お隣の韓国や台湾でも、法務当局自身がこれまでの密室取調べの悪弊を認めて、取調べ過程の全面的な録音・録画(可視化)を認める方向に舵を切りつつあるのです。
 韓国の国立警察大学校の李東熹教授によりますと、韓国警察庁は、すでに2003年の段階で取調べの全過程を録音・録画するという方針を打ち出し、韓国の法務部・大検察庁も、取調べ全過程の録音・録画制度を導入する趣旨が、捜査手続の科学化を促進し、また人権擁護に資する捜査手続を確立するところにあるとしています。
 これを、さきほどの日本の警察・検察当局の旧態依然たる権威的な態度と比較しますと、何と天と地ほどの差があることに驚かされます。両国ともに、密室取調べでの人権侵害が露見したことが契機になったのに、なぜかくもその後の対応が違うのでしょうか。
 なお、韓国の大検察庁では、2005年に4カ国(米、英、豪州、台湾)の法曹人と現役警察官を招いて、シンポジウムを開催したとのことですので、日本でもこの機会に、衆議院で同様なシンポジウムが開かれるよう提案したいものです。法曹関係者がもっと発言し、マスコミも国際比較に言及してほしいところです。
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by nakayama_kenichi | 2008-06-05 21:03

今年の6月

 今年の6月は、1日早々から、引っ越し先の大津京のマンションに出かけ、鍵を受け取ってから部屋に入り、エアコンの業者が各部屋に取り付け工事をしてくれている間、ベランダから琵琶湖の絶景を眺めていました。ヨットが小さく写った写真は、すでにブログに掲載しました。
 午後3時ころ、終わって帰ろうとしましたが、琵琶湖競輪が終わった後らしく車も人も道路に溢れ、結局、大津京の駅まで歩く羽目となりました。25分くらいかかりましたが、幸い天気がよく、よい散歩になりました。
 2日は、昨年も書きましたが、亡妻の誕生日に当たりますので、午後から大阪の裁判所での公判に出た後、デパートでケーキを2個買って、夕食後、家内の写真の前にケーキと紅茶を並べて、静かに誕生日を祝いました。今まで生きていれば、81歳になるわけですが、もうこの住み慣れた家で誕生日を祝うのも最後になりそうです。
 6月8日の引越しの前日の7日は、私どもの結婚記念日であり、今からちょうど50年前のことになります。6月の花嫁は、ジューンブライド(June bride)といって、婚姻の守護神ジューノの名がついた6月に結婚するとした幸せになるという言い伝えがあります。その名の通りだと思っていたのですが・・・。
 今年の6月は、土曜日の研究会3回(1回は欠席)と日弁連の会議(東京3日間)のほか、私自身の兄弟(男4人)で箱根の強羅に行く予定も入っていて、忙しい日程です。
 早く新居のパソコンに慣れて、20日までの原稿も仕上げなければなりません。
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by nakayama_kenichi | 2008-06-03 15:36