最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2008年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧

 最近、東京造形大学の前田教授から送られて来た雑誌原稿(週刊MDS965-1009号)の中に、「非国民がやって来た!」と題する連載物があり、興味深く拝見しました。
 「非国民」というのは、広辞苑では「国民としての義務を守らない者。国民の本分を守らない者」と定義されています。これは、戦前の日本社会で用いられた「独特の意味」を持った言葉で、私自身も、よく聞いた覚えがあります。戦前の軍国主義の体制(「お上」)に逆らい協力しない不埒なものどもは、もはや国民とはいえない「非国民」であるとレッテルをはられていやしめられていたのです。
 上記の紹介によりますと、最近この問題について、夏堀正元『非国民の思想』(話の特集、1994年)と、斉藤貴男『「非国民のすすめ」』(筑摩書房、2004年)の2冊の本が出版されているとのことですが、これらの本の内容の紹介は、また福岡弁護士会員の連続書評の中で取り上げて頂くことを期待します。
 私は、ここではとくに、斉藤氏が、現在でも、もはや戦場であるイラクに自衛隊を派遣することを不思議に思わない国民が増えており、わかりきって平然としていられる、いやそれこそが「国益」だとして反戦運動を小馬鹿にできる神経の持ち主たちが、現在のこの国の多数派になってしまったのはなぜだろうかと問うている部分に注目する必要があると考えます。そのような意識が、現在の「相互監視社会」を支えているといわれるのです。
 たしかに、国家が戦争にのめりこんでいき、戦争協力態勢を作るために臣民に天皇制教育を押し付けるとともに、はみ出た人々を非国民として排除していくメカニズムを、戦前の経験からの教訓とすべきことには、異論がありませんが、しかし、問題は、「非国民のすすめ」を超えて、現在われわれは一体何をなすべきかと言う点にかかっています。「自由民権運動」等の歴史からも学び、その現代版の構想を論じ、実践すべき時ではないかと思われるのです。
 
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-31 11:05

「文楽」の鑑賞

 今回も大阪の石川弁護士に誘って頂いて、1月23日の午後4時から、大阪の国立文楽劇場で、「文楽」(古くは「人形浄瑠璃」あるいは「人形芝居」と呼ばれたもの)の初春公演を鑑賞する機会がありました。
 大阪の日本橋にある「国立文楽劇場」は、昭和59年(1984年)に出来た劇場であり、国立劇場としては、東京と沖縄を含む3箇所しかなく、しかも大阪がその発祥地であると聞きました。全く初めての経験なので、目に映るものがすべて珍しく、何も予備知識がないままに公演が始まりました。
 一個の人形に3人の遣い手がつくのですが、鑑賞の邪魔になるとして、人間は「黒衣」を着て隠れています。しかし、主要な役柄の遣い手は素顔を見せて、人形と一体となって操るところがはっきり出ているのには驚きました。それが、決して鑑賞の邪魔にならず、かえってあたかも人形が生きているかのような不思議な一体感をかもし出しているのです。
 舞台の右側面には、義太夫節の語り手(「大夫」)の席があり、この大夫の変幻自在の語り口が横にいる三味線などの楽器と見事に調和しているだけでなく、その語り口と楽器の調べが、正面の舞台の主人公である「人形」の一挙手一投足にぴったりと対応しながら一つのハーモニーを現出していることを、感動をもって実感することができました。
 さすがに歴史と伝統のある芸術作品で、見ごたえがあっただけでなく、公演が終わった後にも深い味わいのある余韻を残していました。
 当日の出し物は、第1が「七福神宝の入船」と題する新春を祝う恒例の演目、第2が「祇園祭礼信仰記」と題する「金閣寺」を舞台とした時代劇物、そして第3が「傾城恋飛脚」と題する人情物、という構成で、30分間の幕間をはさんで、正味約3時間という公演の充実ぶりに、観客もすっかり堪能したという印象でした。
 
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-27 15:07

80歳のヨガ

 80歳になってから、プールを歩くのが良い運動になるとすすめられて、近くの「フィットネスクラブ」にときどき通うようになりました。若い頃は、高等商船学校にいたくらいですから、泳ぐのは得意なはずですが、もともと全く泳げなかったのを無理やりに泳がされたという苦い経験が今でも忘れられませんので、あえてプールを歩くだけという方法を選びました。単調な運動ですが、ものを考えながら歩いていると時間が経つものです。
 このクラブには、プール以外にも、いくつかのメニューが用意されている中に、ヨガのプログラムもありましたので、試みにそのひとつに参加してみました。ヨガにもいろいろな種類があって、それは「ヨガプラーナ」というものですが、その意味は分かりません。
 かなり大きな部屋に20人くらいの常連と思われる参加者が集まっていましたが、まだ「若い」と思われる女性が圧倒的に多く、男性は少ない中にあって、おそらく私が最年長だろうと思われます。それに、ほとんどの人は、体型がスリムで、よくも体が柔軟に動くものだなあと感心してしまいました。私のように、年配で、お腹が出ていて、足が太く短いという体型の者にとっては、40分間も続く、ひとつひとつの運動が大変きつくて、すぐに音をあげてしまう有様でした。隅の方で目立たないように小さくなって、ときどき休みながら付き合いました。
 それでも、週に1回くらいで3-4回も続けてみますと、ほんの少しづつですが、慣れてきて、皆さん方の真似事くらいはできるようになってきたようです。その上に、若い女性インストラクターの明るくしなやかな躍動感が実に見事なものですから、それもヨガに参加する魅力のひとつと考えることが、老化防止の秘密になっているのかもしれません。
 
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-20 22:27

フィンランドの教育

 福岡弁護士会員による連続書評欄に、最近、興味をそそられた本の書評が出ていましたので、私も読んでみたくなりましたが、とりあえず、その内容を、孫引きですが、紹介しておきます。
 それは、『受けてみたフィンランド教育』(実川真由著、文言春秋社、2007年)という書物で、さわりの部分は、以下のように紹介されています。
 「フィンランドの学力は、読解、科学で世界1位、数学、問題解決能力で世界2位。日本は、読解力は14位、数学は6位。
 フィンランドには塾も偏差値もまったくない。
 フィンランドの高校は、どのクラスも25人から30人。中高一貫の高校は珍しくない。
 フィンランドの学校は基本的にすべてタダ。学費はタダだし、学校での昼食と軽食もタダ。ただし、おいしくない。大学はすべて国立。学生は毎月、国から奨学金を受ける。寮に入れば、寮費もタダ。塾はないし、高校は単位制。
 フィンランドのテストは、ほとんど作文(エッセイ)。英語・国語はもちろん、化学、生物、音楽までもエッセイ。つまり、自分の考えを文章にして書かせるのが一般的なテスト。フィンランドでは穴埋め問題などなくて、すべて記述式。テストには時間制限がない。テストの前、生徒たちはやたら分厚い本をかかえていて、それを読んで、知識を詰め込む。・・・・・」
 しかも、このような状態は、どうもフィンランドだけではないように思われます。私の娘の家族はカナダに在住し、子供はカナダで教育を受けていますが、ほぼ同じような状態にあるようです。ただし、カナダで中学や高校を終わって、日本の高校や大學に入学することは文字通り大変で、いま受験勉強に追われているのを見ていると、日本の教育のあり方を考えさせられます。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-16 21:23

刑法175条の由来

 過日、東京の個人ジャーナリストO氏から照会があり、刑法175条(わいせつ物等頒布罪)の経緯や由来を調べているので、協力してほしいと頼まれ、自宅までこられて懇談しました。
 私は、著書の中で、一番古いのは、徳川中期に出た「出板令」(しゅっぱんれい)の中に、いわゆる好色本の絶版を命ずるという項目があったが、取締りはかなり緩やかであり、明治になってからは、明治元年の太政官布告で検閲主義が導入され、明治2年に新聞紙印行条例、出版条例と続き、明治9年からは行政処分による事前の発行禁止・停止処分が制度上確立したと述べています(『わいせつ罪の可罰性』1994年成文堂)。
 そして、刑法典には、明治15年の旧刑法が「風俗を害する図書等の販売」を処罰し、明治40年の現行刑法が「わいせつな文書等の頒布」を処罰するという規定が置かれました。これが刑法175条の由来となっています。
 ところが、刑法には「公然わいせつ罪」(174条)という罪があり、これは人前で裸になるような行為がその例です。しかし、こちらの方には、「軽犯罪法」1条20号に軽い罪の規定があり(公衆の目に触れるような場所で公衆に嫌悪の情を催させるような仕方で、しり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者)、さらにその前には、戦前の警察犯処罰令(明41)、刑法違警罪(明13)があり、そして一番古いのが、違式かい違条例(明5東京)です。
 たとえば、違式かい違条例には、次のような規定がありました。
 第 9条 春画(マクラエ)及ビ其類ノ諸器物ヲ販売スル者。
 第12条 男女人込ノ湯ヲ渡世スル者。
 第22条 裸体(スハダカ)又ハ袒裼(タンセキ)シ、或ハ股脛(モモハギ)を露ハシ、醜体(ミニクキ)ヲナス者。
 しかし、このうち9条は、むしろ刑法175条の方の古い規定だと思われます。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-14 18:49
 佐伯先生の刑法の体系書としては、『刑法講義(総論)』(昭和43年初版、昭和49年改訂版、有斐閣)が一般に普及していて、私自身もこの書物で勉強させて頂きました。
 しかし、佐伯先生は、すでに戦前末期に『刑法総論』(昭和19年、弘文堂書房)という刑法の体系書(400頁を越える大著)を公刊されていたのです。それは、戦争中、しかも敗戦の一年前の時期であり、よく出版できたのだと思われます。
 ところが、この著書には、曰く因縁があって、戦後もほとんど出まわらず、「幻の書」ともいわれていました。その最大の理由は、実はこの著書の一部が戦後の教職員適格審査委員会で問題となり、その結果として、佐伯先生は京都大学教授の地位を追われることになったという点にあります。その詳しい経緯は一種のタブーとなり、以後この著書にも封印が付せられた感があったのです。
 先に「瀧川事件の後遺症」(ブログ2007年4月)でも触れましたように、松尾尊兊著『滝川事件』(岩波現代文庫、2005年)の中でも、佐伯教授の追放理由である「極端なる国家主義」の根拠としてこの『刑法総論』があげられていました。
 そんなわけで、私としては、まずはこの昭和19年の『刑法総論』を入手したかったのですが、最近ようやく友人の中川さんから本書を拝借することができ、一種の感慨をもってこの貴重な書物を手にとって見ることができるようになりました。
 本書を含めて佐伯先生の戦前の業績を辿ることが、私のこれからの課題ですが、私とほぼ同世代の友人でもある松尾氏などとも協力しながら、タブーとされてきた佐伯追放劇の歴史的な経緯と真相を少しでも明らかにする努力をしたいと考えています。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-11 21:51

グリーティングカード

 1月9日の今年の誕生日は、しずかに仕事をしようと思っていたのですが、結果的には、いろいろなことがあって、印象深い1日になりました。
 まず、朝から電話がかかり、研究会で一緒に勉強している大学院生から、誕生日のお祝いの挨拶がありました。毎年、ブログで誕生日のことを書いていますので、その日に当たることが分かったのでしょう。
 しばらくして、パソコンを開きましたら、誕生日を祝うグリーティングカードが、あちこちから送信されて来ていました。カードには、それぞれ、パターンがあるようですが、クリックすると、綺麗な絵が画面に現われ、短い音楽が流れます。そして、文字枠の欄にはお祝いのメッセージが書いてあるのです。うまく出来ているものだと感心しました。
 問題は、お礼の返信なのですが、これまた、それぞれのグリーティングカードに対応して、返信のグリーティングカードを作成して送信できるようになっているのです。そして、送信済みになったことを確認することもできるという念の入れようです。
 こんな便利なものができれば、年賀状などにも代わるものとして、流行しそうなものですが、葉書や手紙などにも、もちろん伝統的な慣習と味わいがあるものですから、少なくとも当分は共存して行くのではないかと思われます。
 午後になって、仕事をしていましたら、地域に住む友人が久しぶりに現われ、誕生日の花束を頂くことになりました。そして、最後は、夕方になって、約束通り、教え子の院生が買い物をもって現われ、夕食の支度をした後で、一緒に食事をし、用意してもらった誕生ケーキまで食べて、大満足で終わりました。
 持つべきものは、長く付き合える教え子達であること、そしてそれは大學教員の職にあった者に与えられた有難い恩恵であることを痛感した1日でした。 
 
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-10 20:39

今年の初仕事

 今年の正月は、寒くて、1日に初詣しただけで、あとは平常通り仕事ができましたので、昨年暮れ以来懸案となっていました原稿(総合判例研究)を一気呵成に書き上げました。パソコンのページ(40×36)で30枚という、かなり分厚いものです。それは、「医療観察法による医療の必要性」と題するもので、平成19年7月25日最高裁決定の事例を検討したものです。その内容は、専門にわたりますのでこれ以上述べませんが、医療観察法(心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律、平15)に関する最初の最高裁判所の決定であり、本法の解釈や運用の実務にも大きな影響があるとして、その早期の検討の必要性が指摘されていたものです。
 この論稿の掲載を法律雑誌の「判例時報」社の編集部に依頼しましたところ、早速に承諾の返事を得ましたので、近いうちに公刊されることになりそうです。
 今、それとの関連で、「精神医療」という医学関係の雑誌に連載中の論稿(「触法心神喪失者問題に対する『日精協』の対応」の6回目の最後の「まとめ」のところも執筆中で、この方も近日中に仕上げてしまう予定を立てています。
 また、成文堂からは、私の新しい論文集(『違法性の錯誤の実体)』)が間もなく公刊される予定であることのほか、2003年から2004年に書いた『口述刑法総論』『口述刑法各論』の補正版の方も、増刷の予定があるという知らせがありまたのも、私の仕事の面における新年の嬉しいニュースです。
 一方、初仕事といえば、7日(月)の午後から、大阪の伊賀・笠松法律事務所に顔を出して、皆さんに年頭の挨拶をし、事務職員を含めて懇談しました。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-08 13:45

生活簡素化のすすめ

 私は、これまで、「簡素な生活」を長い間経験し、その習慣は今でも基本的には変わっておりません。まず、子供のときは、雪深い片田舎で育ちましたので、自給自足の生活の工夫を自然に体験しました。戦前の小学校、中学校でも、「質実剛健」がモットーとされていました。また、戦時中の高等商船学校でも、生徒の日常生活は質素を旨とし、敗戦直後の食糧難の時代には生活必需品にも事欠くというきびしい生活を強いられました。その結果、肺結核に罹りましたが、医療費もなく、田舎での「自然療法」で回復を待ちました。
 大學に職を得てからも、研究生活以外の分野には淡白で、必要な限度を越えた華美で贅沢な生活は、これを自然と慎むという習慣が身についたのかもしれません。
 ところで、日本資本主義が大量生産・大量消費の時代に入り、市民生活が「便利」「豊富」「潤沢」となって、倹約や質素が色あせた観念になって以降の1950年代に、私はポーランドに留学して、彼の地で再び「簡素な生活」を2年間体験しました。そこでは、消費物資の不足から買い物の行列ができるのが恒常的な現象でした。しかし、私は、その反面として、苦労して得たものは大切に長く使用するという生活上の知恵が一般化し、デパートで買い物をしても、包装がきわめて簡単なので大型のゴミ公害を招くおそれがなく、便利な配達制もないので手に持てるだけしか買わない、加工技術が発達していないので、長持ちはしないが自然食品の季節感を味わえるといったメリットがあったように思えるのです。
 深刻な「公害」と地球温暖化を前にして、私は今こそ「生活の簡素化」を訴えたいと思います。できれば都会ではマイカーを禁止すべきだともいいたいのです。ただし、かつてのポーランドも今は変わってしまっているのかもしれません。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-06 21:09
 私が文部省(現在は文部科学省)の在外研究員として、東欧のポーランドに留学しましたのは、1974年6月から1976年9月までの約2年3ヶ月間で、もう30年以上も前のことです。その間は、毎日欠かさず日記をつけていましたので、当時の生活を復元することができますが、そのほかにも、留学中の見聞記を簡単な原稿として日本の法律雑誌に定期的に投稿していました(「ポーランドからの便り」法学セミナー1975年1月号から1977年1月号まで)。そして、帰国後、ポーランド以外の東欧諸国の見聞記を加えて一冊の本にまとめました(『ポーランドの法と社会』1978年、成文堂)。
 その30年以上も前のワルシャワで知り合った若い日本人で、ポーランド人と結婚し、それ以後ワルシャワに永住しているO氏とは、その後も長く文通していましたが、この2-3年は音信不通となっていたのです。ところが、今年は1月4日に「年賀状」が届きました。まさに待望の嬉しい便りです。
 この便りでは、O氏の当時小さかった娘さんが今は34歳で子供2人、息子さんが30歳で子供2人ということで、4人のお孫さんのおじいさんになったそうですが、今でも毎日、奥さんとワルシャワ大學まで往復しているとのことです。そして、ポーランド人の奥さんが秋の叙勲で旭日章を受けましたと書かれていますので、それは日本とポーランドとの友好関係に尽力された結果だと思われます。
 それにしても、私がもう大分以前に、別の件でO氏に問い合わせた質問書については、いまだ手元に届いていませんとのことで、郵便事情の不安定さは今も変わっていないように思われます。ともあれ、さっそく返事を書いて、もう一度質問書を送るもとにしたいと思います。嬉しい仕事がまた増えました。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-01-04 21:59