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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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盤珪禅師

 大正15年3月発行の『高等小学読本・巻1(女子用)』(文部省)の中に、次のような興味のある記載があることを発見しましたので、第5課「盤珪禅師」のところを引用しておきます。
 「盤珪禅師は播磨国龍門寺の住持にして識徳一世に高く、教を請ふ者常に門に満てり。或年仏道修行の催ありし時、来り集る者頗る多かりしが、其の会衆中、金品を失ふ者数人に及べり。然るに間もなく1僧の所為なること明らかとなりしかば、会衆一同禅師に言ひて、直ちに之を追放せんことを請ひぬ。禅師『よしよし』と其の旨を聞入れしかど、更に追放のことなかりければ、数日の後、会衆は総代を以って再び此の事を言出でたり。禅師、此の度も『よしよし』と承諾したるのみにて、少しも彼の僧を追う様子なし。かかること尚3度4度に及びしかば、会衆大いに立腹し、『若し彼の僧を追放し給はずば、我等は1人も残らず退散致すべし』と言出でぬ。其の時禅師一同に向ひて、『退散したしとならば、心のままに退散せらるべし。御身等の如く修行を積み行正しき人々は何処に行きても宜しかるべし。されど彼の僧は、我捨去らば誰か之を教へ導くべき。此の度の催の如きも、かかる悪心ある者を教化せんためなれば、盗をしたればとてみだりに追うべきにあらず』と諭しければ、会衆も大いに感じて、申出を取下げたり。彼の僧も亦此の次第を聞きて、禅師の徳に感泣し、己が前非を悔い、一同の前に出でて涙ながらに悪事を懺悔し、其の後道徳堅固の僧となりしとぞ。」
 以上が、その内容ですが、ほかの文章にも、当時の生活感覚に即した実務的な記述が多く、忠君愛国とか勧善懲悪といった上からの道徳の押し付け的な感じがほとんど見られないのが印象的です。それは、大正デモクラシーの時代感覚の影響とも考えられます。小・中学校の教科書の記述の歴史的な変遷に注目すべきでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2007-03-31 17:45

3月末と4月始め

 日本では、学校も会社も毎年4月から新年度が始まるということになっていますので、3月には期末試験や卒業式などがあり、4月からは入学、進学、進級が始まることになっています。それは、官庁や会社の転勤の時期にも当たります。
 この時期は、冷たく暗い冬から暖かく明るい春の到来を告げる季節の変わり目で、とくに桜の開花が新しい門出の希望を象徴するものとなっています。近年は、いわゆる暖冬現象で季節感があまりはっきりしなくなってきましたが、4月からの新規開始というケジメ自体は今も変わっていないと思います。
 私自身の長い経験のなかでも、はじめて重いランドセルを背負って小学校に入学したとき、新しい校章をつけた帽子をかぶり汽車に乗って中学校(旧制中学)に入学したとき、大きな袋(トランクでなく)を抱えて見知らぬ清水高等商船学校の校門をくぐったとき、角帽をかぶって京大のキャンパスに足を踏み入れたときなど、4月から始まるという新年度の期待感に胸を膨らませていたことを思い出します。ただ、旧制高校への入学(昭和21年)は、占領軍の指示で、4月入学が延期され、不安な状態の後、ようやく9月入学になったとう経緯もありました。
 そして、大学に就職して教員になった後は、卒業生の送別と新入生の歓迎という年中行事が長く続きましたが、年度末の試験の採点という過重労働の後は、4月の新学年、新学期に特有のさわやかな雰囲気を毎年味わったものです。今では、「古き良き時代」の大学ですが・・・・。
 なお、研究者という面からは、3月末の締め切りという原稿が多く、その際、2月の28日と違って、3月は31日まであるということで、最後の2日間ほどがいかに貴重なものであったかという点を、あらためて想起しています。3月中に原稿を仕上げて送ったときの解放感も忘れられません。
 今年も、この3月から4月にかけて、入学し、進学し、進級し、就職し、転職する多くの若い人たちに希望と期待のエールを送りたいと思います。
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by nakayama_kenichi | 2007-03-30 10:41

法科大学院の改革提言

 2007年4月号の「法学セミナー」誌の中で、宮沢節生・大宮法科大学院教授らが、「入学定員の一律3割削減と3,000人合格の同時かつ迅速な実施を」と題して、シュミレーションによる緊急提言をなされているのが目にとまりました。それは、現状をこのまま放置すると、例えば約7-8割の者が新司法試験に合格できるよう充実した教育を行うことが可能であると想定されていた「プロセス」としての法科大学院の理念が崩壊し、大量の新司法試験不合格者が発生することによって社会問題が発生するという危機感に裏づけらたもので、それ自体としては、きわめて説得的なインパクトを含んでいるように思われるのです。
 例えば、2006年度の新司法試験の合格率は50%を割っており、2007年度には30%台まで下がることがほぼ確実に予見できるというのですから、これは、法科大学院の院生のみならず、教員や大学にとっても、きわめて憂慮すべき事態であることは明白な事実です。
 ところが、現場の教授陣に聞いてみても、このような提案、とくに法科大学院の定員の削減という点については、その現状を抜本的に変えることは、すでにきわめて困難な状況にあるといわれるのです。しかも、このままでは、展望がないことがわかりつつ、自然淘汰に待つというのも無責任だという白けた状況の中で、各法科大学院ごとに合格率を競い合うというジレンマが続くことは悲劇的であるとさえ思われます。
 一方では、法科大学院は出たが新司法試験に受からなかった大量の不合格者の新たな就職先を開拓するという方策も考えられますが、その具体的な解決策も容易でないところに、この問題の深刻さが現れているといえるでしょう。
 しかし、少なくとも、大きな法科大学院がその定員を漸次削減するという方向をとらない限り、かつて少数の有力な大学が司法試験の合格者の大部分を占めていたという状況に帰ってしまうのではないかというおそれがあります。
 
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by nakayama_kenichi | 2007-03-25 11:47

共謀罪のこと

 いわゆる「共謀罪」の立法化は、修正案が出て、まだ予断を許さない状況ですが、近着の刑法雑誌(46巻2号)に、政府委員の経験も長い元大阪高検検事長の東条伸一郎氏(明治学院大学教授)の注目すべき発言が紹介されていますので、少し長いのですが、引用しておきます。
 「実務家の感覚としては、今回の経緯から見て、いずれば『共謀罪』という形で入ってくるのは間違いないと思われるが、本音では、賛成していない。法執行機関が相手にしているものは、ほとんどの場合、結果(あるいは未遂)が発生している犯罪である。捜査は、これらの結果が出た犯罪については、行為者から始まって、その背景には何があるのかということで進んで行き、共謀共同正犯にまでたどり着く。ところが、今後の共謀罪というのは、後ろの結果の部分がない。いきなり共謀のみが問題となる。結果から遡って捜査を進めてきた現場の捜査官とすれば、共謀というのは非常にやりにくい。本気になって捜査する気なら、特別の捜査官を作らざるを得ないだろう。たとえば、殺人事件があった時、犯人が捕まった、背景に何があるのか、単独犯か共犯か、共犯ならばどういう共犯なのか、という思考方法でわれわれは動いてきた。しかし、共謀罪を独立して処罰するということになると、実務家としては、捜査の端緒をどうやって掴むのかが問題になる。2人以上の人間が相談をして実行しようという実行以前の段階で、捜査の端緒を掴むのは難しいだろう。さらに、訴訟法の問題だが、捜査の端緒を掴んだ後の取調べは、供述に頼るしかない。人の内心の意思がどうであったか、意思の合致があったかどうかということの証拠は供述しかないが、結果が発生する前の段階の犯罪について、この供述の真実性をどのように担保するのだろうか。
 条約との関係でどうしても必要だというのが立法当局の説明であるが、多国間条約を結んで、これを国内法的に実施しようとすると、実際には難しいことが多い。共謀罪は犯罪の予防に役に立つ、実害が生じる前に捕まえると書いてあるが、実害が生じている振り込め詐欺は捕まえることができているのだろうか。現在の刑法犯全体の検挙数は30%前半で長期低落傾向にある。被害届が出ている事件ですら捕まえられていない。実害が生じているものも捕まえられていないのに、実害が生じていないものをどうやって捕まえるのだろうか。。
 実務家は、客観的に起こったことをどう評価するのか、あるいは、どう証拠化していくのかに苦労している。今度、共謀罪ができるとなると実務家はななり負担になるだろう。現実問題として、共謀罪というのは、少しら乱暴なことをしないと立件できない犯罪ではないか」。
 以上は、著名な元検事長による実務家の立場からの批判的な意見であるだけに、ぜひ何らかの形でとりあげて、国会の審議に反映させてもらいたいと痛感するものです。
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by nakayama_kenichi | 2007-03-18 12:12

ブログの再開

 2月21日からブログを停止していましたが、ようやくいちおう落ち着きを取り戻しましたので、また再開することにしました。私の病状を心配して下さる方が多いのと、このままでは、すぐに時間が経過してしまって、結局再開する機会を失ってしまうのではないかと思ったからです。2年間もブログを続けてきますと、何も書かないのがかえって手持ち無沙汰になるという気分的な問題もあります。
 2月はじめに、念のためにした血液検査で、PSAの数値が異常に高いことがわかってから、検査入院を含む検査が何回も続いていましたが、骨やリンパ腺には転移していないことが確認されましたので、3月14日からホルモン・放射線治療が始まりました。月1回の注射の後、PSAの数値が下がった段階で、集中的に放射線をあてることになりますが、それがいつになるかはまだわかりません。 気分はいささか不安ですが、一応平常の生活にもどれましたので、研究会などにも出かけて、若い人たちしとの交流も続けて行くつもりです。
 3月14日の診察日に、泌尿器科の外来で、また偶然にも、よく知っている京都の弁護士とばったり出会う機会があり、互いに同じ病気の治療中とわかって、苦笑いをしながら同じ悩みについて情報交換をしました。主治医も法律家は苦手だと笑っていました。
 このブログについては、これまでよりも、回数は少なくなると思いますが、経験したり感じたりしたことを、ときどき、記録しておきたいと考えていますので、どうかよろしく。
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by nakayama_kenichi | 2007-03-15 10:28