最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2006年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 国家公務員が政党ビラを配ったという「堀越事件」については、今年1月のブログでも触れましたが、東京地裁は去る6月29日に、罰金10万円執行猶予2年の有罪判決を言い渡しました。法廷で意見を述べた私としては、早速反応すべきところでしたが、私事にまぎれて時期が遅れ、最近ようやく判決の全文を読んで、検討を開始しました。
 判決当時の新聞の社説にも、「釈然とせぬ公務員の有罪」(朝日)、「自由が萎縮せぬように」(東京)といった疑問や危惧が出され、学者の解説にも批判的な論調が支配的でした。上記の社説によりますと、これはほとんど無罪に近い異例の判決で、裁判官が判断に悩んだ跡がうかがわれるが、しかし有罪は有罪であって、警察の捜査も検察の起訴も、お墨付きをもらったことになり、こうした判決で、言論の自由が狭まり、公務員が萎縮するのではないかと心配だというのです。
 私も、このような評価におおむね賛成ですが、むしろ問題は、なぜ裁判所が32年前の判例を踏襲して有罪判決の結論に固執したのか、なぜ警察・検察が30年間も適用しなかったこの種の事件を大々的に捜査し起訴したのかという点にあり、背景となる時代状況の変化に注目すべきだと思います。
 なお、判決の刑法学的な検討はこれから行いますが、ここでは、判決が公務員法違反事件を「行政違反」に対する懲戒処分とは無関係に、「国家秩序違反」に対する刑罰として包括的にとらえた上で、しかも法所定の行為があれば直ちに法益侵害の「抽象的危険」があるという形式的な論理に固執している点に最大の問題があることを指摘しておきたいと思います。懲戒処分と刑罰の関係が転倒して理解されており、政治的行為の禁止を予防的措置ととらえるという権威主義的な姿勢が見られることに注目すべきでしょう。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-30 21:05

昔の高等小学読本

 熱海におられた成文堂の先代社長の蔵書の中に、「高等小学読本 巻一 女子用 文部省」という名の古い本があることを偶然に発見しました。これは大正15年3月13日発行のもので、文部省が発行し、文部省が検査済の国定教科書です。
 私は昭和2年(1927年)の生まれなので、ちょうどその頃のものですが、一見してその内容が予想以上に程度の高いものであることに驚かされました。たしか戦前は、「尋常高等小学校」と呼ばれていましたので、この本は尋常科6年を終わったあとの高等科2年用のものではないかと思われます。
 内容的な面でいいますと、まず第1に、軍国主義とか国粋主義の押し付けといった色合いがほとんど見られないという点が、何よりも注目されるところです。この点は、その後の学校教育のlいちじるしい軍国主義化の傾向と比較してみたとき、特筆されるべきリベラルな性格をもっていたことをうかがわせるものといえるでしょう。第2は、女子用という点とも関連して、廃物利用など生活に役立つ知恵が記されていますが、女子にもっぱら従順な生き方を説くといった女性卑下的な記述は全く見られず、むしろ科学的な合理主義を背景としたきわめて穏健で開明的な文化水準を示していると思われる点です。法律上の契約にも触れて、信義誠実の原則をうたうほか、さらに近代的な統計方法の持つ社会的な意味を評価するなど、専門性への橋渡しも十分に意識されているように思われます。笑い話も間にはさむという余裕が見られる一方で、禅師が悪事を働いた部下の僧侶を追放することなく諭して教化するといった人間的な教育方法にまで言及しているこの教科書は、今でもなお、また今だからこそ、十分に参照されるべき内容を含んでいるように思われるのです。できれば、復刻を期待したいものです。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-27 22:58
 ニューヨークに住むオランダ系のアメリカ人学生が、日本語と日本文化を勉強するために、関西外国語大学の短期留学プログラムにしたがって、今年の9月から12月までの3ヶ月間、日本に留学することが決まったものの、本人は外国人学生寮よりも日本人家庭にホームステイしたいという強い希望をもっているという話が、かつての北陸大学の同僚(文教大学教授・国際政治学)を通じて私のところに伝わって来ました。
 相談に乗っているうちに、私の京都の家ではどうかという話になり、私は最近妻を亡くし、十分な準備体制もないと言い訳しているうちに、本人から矢継ぎ早にメールが来て、現状ですべて結構である(no problem)という希望が舞い込み、とうとう事実上引き受けるという結果になりそうです。
 2人の世代の違いのほか、生活習慣、とくに食習慣の違いがいちばん気になるのですが、何事もやってみなければわからないので、お互いに生活スタイルを尊重し干渉しないという条件で、奇妙な共同生活を始めることになりそうです。
 全くはじめての経験なので、不安が残ることは否定できませんが、くよくよ考えるよりも、この機会に、若いアメリカ青年と生活を共にすることによって、その生活信条やものの考え方などを観察してみたいと考えるようになっています。
 なお、彼のお母さんは、ハーバード大学の教授で、かつて日本にも来たことのある親日家であること、その知人である日本の教授夫妻の家(伊東市宇佐美の山中)にも招かれて、文化人類学の話題(とくに「イスラム」をめぐる宗教問題)を拝聴する機会があったことも、今回のホームステイの引き受けにかかわる嬉しい副産物となっています。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-20 10:41

信者に訴えられた牧師

 最近、大学を定年後弁護士をしている古い友人から電話がかかり、教会の牧師(アメリカ人)がその地位を利用して、多くの信者に財産的な被害を与えたといわれる事件について、刑事告訴の準備をしているので協力してほしいとの依頼を受けました。
 牧師も人の子であり、宗教活動にも心の救済という精神的な側面のほかに、教会の経営という経済的な問題を伴うものであることは理解できるのですが、それにしても、神に仕える教会の牧師が信者の弱い立場を利用し、不正な手段を用いて財産的な被害を与えることが許されてよいはずがありません。今後さらに、同様な被害が広がるおそれもありますので、どんな手法なのか、参考までに一部を紹介しておきます。
 第1は、アメリカの英語留学先への「ホームステイ・プログラム」の斡旋業務の中で、諸経費として送金させた金額をプールしてそのまま「横領」してしまうという類型です。教会のホームページを信頼して送金した信者は、諸経費の二重払いを余儀なくされました。
 第2は、被害者を副牧師に任命して自分の管理下におき、副牧師の職責の遂行であると錯誤させて、いつでも返済するから、教会のために所持する金銭を拠出し、さらに銀行ローンからの貸付金、生命保険からの借入金まで交付させるという「詐欺」にあたる行為類型です。
 第3は、この牧師が運営する神学校で取得した単位は全米の神学校でも認められるという虚偽の記載を信用して授業料を支払った信者が、アメリカの大学に留学した際に単位を認められず、既得単位認定の利益が奪われるという被害を受けたという「詐欺」のケースです。
 なお、この牧師は自分にしたがわない信者には陰陽の圧力をかけ、最近は長期旅行と称してアメリカに出かけ、所在不明という状況にあるとのことですので、この種の社会問題を是正するための法的措置が成功するかどうかは楽観を許さないものがあります。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-18 15:49

ロシア語との出会い

 過日、京大での私の刑法ゼミの一期生にあたる上田寛氏(立命館大学教授)が拙宅に来訪され、昔の思い出話をしました。
 上田さんもロシア語を勉強して、ソビエト刑事法の専門家になられたのですが、ロシア語との出会いは、彼が京大法学部の学生時代に、刑事法の宮内裕先生がゼミのガイダンスの席で、新しい外国語としてロシア語を学ぶ意義があるという趣旨のことを言われたことがきっかけだったという話を聞きました。彼と同期の友人の田中利彦氏(検事を経て現在は弁護士)も一緒にロシア語を勉強したことがあるという話も始めて聞きました。
 ところで、私とロシア語の出会いはさらに古く、私が学生時代の戦後当初の頃で、熊野君というシベリア帰りの友人から手ほどきを受けるべく、宮内先生の研究室に集って、「ロシア語第一歩」という本で勉強を始めたことがきっかけになっています。宮内先生からはドイツ語を習いましたが、ロシア語は先生と一緒に学んだという不思議な因縁があります。
 その後、私は結核のため大学を休学して田舎に帰りましたが、体の静養しながらロシア語の独学に励みました。宮内先生からお借りしたソ連の刑法教科書を翻訳するというのが、ひそかな念願だったのですが、それが刑法の勉強にもなったといういきさつがあります。
 そして、もうひとつの奇遇は、刑法ゼミの瀧川幸辰先生ご自身が、戦前の大正デモクラシーの時代に、末川博先生などとともに、ソ連とロシア語に興味をもち勉強されたことがあったという歴史的な事実です。末川先生には、「ソビエト・ロシアにおける民法と労働法」という著書があり、瀧川先生もソ連の刑法に関心を示しておられたのです。
 今は、時代が変わり、ロシア語を勉強する学生などほとんどいないのが現状だと聞きますと、淋しい気持ちになります。その上に、戦後から長くロシア語の文献の出版と販売を手がけていた「ナウカ書店」が最近倒産したらしいという知らせを聞くと、さらに淋しい感じがします。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-17 16:49
 7月7日付けの郵便で、「中山刑法学のファン」と称する人から、以下のような文面の手紙が届きました。
 「口述刑法総論(2005年5月10日補訂版第2刷)を拝読しました。誤植等気になった点がありましたので、増補の際の参考にしていただければと思い、別紙にまとめました」。
 そして、別紙として、口述刑法総論のコピーで、補正の箇所を赤で示したものが全部で26枚封入されていました。
 この種の読者からの手紙や意見などは、著者にとっては大変有難いもので、発信者が分かれば、当然、お礼の手紙を出しているのですが、今回は発信者がどなたか分かりませんので(「宇都宮東」という消印あり)、便宜的にこのブログを通じて、お礼の連絡をとることにしました。発信者がこのブログを読まれることを期待しています。
 それにしても、赤線の箇所を一見しますと、補訂版を作ったおりに確認して訂正したので、もう「誤植」なないはずと思っていたのに、不思議に次々と発見されるものだなあと改めて思いしらされました。正確を期するということは、実にむずかしい作業であることが分かります。
 私は、大学で講義しなくなってからもうたいぶ経ちますが、今でもまだ著書を通じて、若い読者と交流できるのは、大変嬉しいことです。
 なお、私は、この「口述刑法」の前に、「概説刑法」という本を出版したことがありますが(1989年初版、2000年第2版)、この古い本についても、読者から新版をという要望があり、できればと思って検討しているところです。なかなか休めないようになっているものです。
 
 
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-14 21:48

母校の野球部便り

 毎年7月になると、全国高校野球の全国大会に向けた地方の予選試合が始まりますが、今年も、母校の滋賀県立虎姫高校から、「野球部便り」が送られてきました。これは、野球部OBに対する連絡と募金を目的としたものですが、かつての青春時代を思い起こすなつかしい機会となっています。
 今年は、第88回全国高校野球選手権滋賀大会に当たり、初戦は湖東スタジアムで7月17日に八日市高校と対戦するということです。虎姫高校野球部は、昭和23年以後の夏の大会は、23勝34敗、硬式復活後の夏の大会は、26勝31敗という成績になっているとのことです。
 この便りでは、現在の3年生は、硬式野球部復活後30年の節目を迎える学年に当たり、その3年生を中心に、40名をこえる生徒たちが夏の1勝を目指して、汗と泥にまみれていますと記載されています。
 私自身が野球部に関係していたのは、戦前の旧制虎姫中学の時代でした。当時は滋賀県のもっとも北はずれの県立中学として、県の大会に出場したのですが、1回戦でのコールド負けという苦い経験をしたことを思い出します。しかし、その結果にくじけることなく、また来年に挑戦するという夢と心意気を失わずに、日々の練習に励むという地味な努力のなかから、大切な何事かを学んだように思います。その歴史は現在にも生きているのです。
 このブログを通じて、母校の虎姫高校の球児たちに、心からのエールを送りたいと思います。学業との両立という重要な課題にも、賢明に立ち向かって下さい。また機会があれば、母校のグランドに降り立って、昔を偲びたいと思います。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-10 11:07

中義勝先生の講義の録音

 関西大学の中義勝先生のことについては、まえにこのブログでも書いたことがあります(2005年6月)。亡くなられて、もう13年にもなるのですが、まだ当時の印象が深く心に残っています。
 最近、中先生のお弟子さんであった川口浩一氏(姫路独協大学教授)を通じて、かつて中先生が関西大学で刑法の講義をされたときの録音テープを編集したCDを入手することができましたので、早速、いささか緊張しながら、聴取しました。
 いつ頃の講義か分かりませんが、独特のやわらかく包み込むような張りのある中先生のお声が身近に再現されることによって、先生の颯爽とした講義姿を彷彿として思い浮かべることができ、しばし感慨にふけりました。
 講義のテーマは「行為論」で、因果的行為論や目的的行為論の説明がなされていますが、いずれも「不作為の行為性」を説明できない点に問題があるので、結局、行為概念としては「人の身体の動静」(佐伯)につきるというほかはないという趣旨の説明がなされています。
 その趣旨は、先生の教科書(講述・犯罪総論、1980年)にも書かれていますが、講義では、実例をあげて、実に丁寧に、言葉の意味を明らかにしつつ、論理によって学生を説得するという手法が徹底してとられています。
 中先生ご自身の学説にも変化が見られましたが、この当時から、佐伯説と平野説との関係が意識的に取り上げられ、私の見解にも言及して頂いていたことに、あらためて敬意を表したいと思います。もう一度、あの頃の論争問題を再現して、中先生から受けたご高恩に報いたいという気持ちになりました。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-06 10:18
 私は、昭和24年4月に、旧制の京都大学法学部に入学しました。1年次は、講義に出ましたが、2年次には結核の発病が分かったためやむなく田舎に帰省し、3年次は「休学」して全く大学に出ず、4年次も演習(ゼミ)だけ出席するという危ない橋を渡って、昭和28年3月にようやく卒業しました。
 卒業のためには、外国法3科目必修を含む24科目の単位が必要でしたが、学年末試験の成績は以下のようになっています。
-----------------------------------------------------
        第1年次(昭和24年度)
           1   憲 法   (佐々木教授)     85
           2 *英米憲法  (大石教授)      85
           3   法理学   (加藤教授)      83
           4   刑事学   (宮内助教授)    75
           5   政治史   (田畑忍教授)    82
           6   政治学史  (恒藤教授)     85
           7   社会政策  (岸本助教授)    80
           8   社会学    (臼井教授)     70
        第2年次(昭和25年度)
           9   刑 法    (瀧川教授)     80
          10   国際法 I  (田畑茂教授)    78
          11   ローマ法   (田中教授)     90
          12   西洋法制史 (田中教授)     80
          13   財政学    (潮見講師)     83
          14 *英米国際法 (田畑茂教授)    80 
        第4年次(昭和27年度)
          15   民法 III  (末川・磯村教授)   75
          16   日本法制史 (猪熊教授)     90
          17   政治史    (猪木教授)     90
          18   国際政治学 (立川教授)     83
          19   経済政策   (豊崎教授)     80
          20 *英古代法   (猪熊教授)     78 
          21   国法学    (大石教授)     80
          22
          23   刑事法演習  (瀧川教授)    80
          24 
                                 * 外国法3科目
        ----------------------------------------------------- 
                  24科目 平均         81.54 
 総平均が80点を越えて、それが大学院研究奨学生に採用される縁由となったのですが、その内容は、いわゆる六法科目をカバーする余裕がなく、政治学や経済学などに傾いたものになっていることが判明します。学生運動にも関与しながらの正味1年半の在学期間では、この結果もやむをえないもので、むしろ上出来だったといえるのかも知れません。
 以上で、私の学業成績の記録は終了しました。
        
 
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-03 15:20
 私は、昭和21年3月に旧制の静岡高等学校の合格通知をもらいましたが、文部省による資格審査を理由に入学許可が遅れ、結局、入学できたのは、9月9日でした。そして、昭和24年3月31日に卒業するまで、約3年間、戦後の解放期を温暖の地静岡で過ごしました。
 後に入手した成績証明書によれば、当時の学業成績は以下のようになっています。

       学科目       第1学年     第2学年     第3学年
      --------------------------------------------------------------
       古典科         
        (国語)        81        71         70
        (漢文)        55        78         83
       哲学科         84        66         75
       歴史科         88        83         72
       自然科         98
       外国語科
        (英語1)       87        82         80
        (英語2)       93        82         88
        (独語)        90        82         75
       体育科         78        66         80
       倫理科                   92         92
       社会科                   80         85
       選修科目
        (古典)                             70
        (社会)                             93
        (英語)                             80
--------------------------------------------------------------
 当時の静岡高等学校には、文科と理科があり、私は、文科1類(英語が第1外国語のクラス)
で、60名位の人数だったと記憶しています。私のほかは、ほとんどが関東方面の出身者で、そのほとんどが東大を目指しましたが、私は、2年次のときに父が死亡したこともあって、関西の京大に進学することになりました。
 なお、上記の成績は決して良くありませんが、その理由のひとつとして、自由に青春を謳歌し、文学書や哲学書は熱心に読むが、語学以外の学校の講義にはあまり出ないことをむしろ誇りにするという風潮があったように記憶しています。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2006-07-01 20:47