最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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年賀状の今昔

 もう正月気分を越えたようだが、新年の慣行として定着している「年賀状」について、いくつかの思い出を記しておきたい。年をとってくると、交際範囲が次第に狭くなり、記憶力もとみに低下していくものであるが、「年賀状」は昔の交友関係を今によみがえらせる貴重な機会ではないかと思う。1年に1回の情報交換によって、互いの所在と生き方を確かめ合うことが、毎年繰り返され、「相変わらず」と聞いて安堵感を覚えるのである。
 しかし、印刷技術の発達がこの分野にも急速に波及したため、年賀状はきれいになったが、画一的となり、個性的な味わいを喪失しつつある。その典型は、表も裏もすべて機械的な印刷文で、添え書きの自筆もないという素っ気ないものである。この種の年賀状の増加は、特定の個人間のパーソナルな情報交換の形式としては、決して歓迎されるものではない。
 ところが、最近は技術がさらに進んで、カラー印刷が可能になり、写真を添付したものも現われるようになってきた。こうなると、味気なさは一挙に魅力に転化する。しかし、ここでも添書きの自筆を是非とも加えらることを要望したい。因みに、私どもも、すでに1965年(昭40)の年賀状に、2人の子どもの写真を入れた年賀状を作成していたことがあった(現物が1枚残っている)。先見の明があったというべきか・・・・・・。
 しかし、その後は、ワープロやパソコンの普及にもかかわらず、年賀状だけは表も裏も筆の自筆で書くという方式を現在まで維持しているが、その年の「干支」の絵を描いてくれる家内の体調と時間から、今年は50枚が限度となってしまった。やむなく、賀状のお礼はパソコンのメールでという二本立てになっている。おおかたのご了解をお願いする次第である。
 
 
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by nakayama_kenichi | 2006-01-05 11:13

2006年1月1日

 一夜明ければ、年号が変わり、新しい年の出発となった。
 朝食前に、パソコンを開いたら、もう、所一彦氏を第1号として、3通の年賀のメールが入っていた。ゆっくりしたおそい朝食の後には、年賀郵便の束を開けて、多くの知人、友人からのホットな新年の挨拶を受け取るのも、例年の元旦の風景である。
 天気は、予報に反して、朝から穏やかな快晴だったので、家内と孫娘と共に近くの長岡天満宮まで歩いて初詣をした後、すぐ近くの特養ホーム「天神の杜」に家内の母(98歳)を尋ねたところ、喫茶室でお屠蘇とぜんざいをご馳走になる。老母の笑顔が明るくおだやかであった。
 午後は、年賀状の整理をし、何通かのメールを打った後、暮れから継続していた原稿に少し手を入れるという初仕事に着手した。
 「一年の計は元旦にあり」といっても、もう長年の経験から、1月や2月の予定がいくつか入っており、それらを確認するのには時間はほとんどかからず、ブランクもなく進みそうな気配である。暮れの研究会にはちょっと体調を崩して出られなかったことを考慮して、今年は無理をせずに自重するという心がけを守りたいと思う。1月9日には、満79歳になるのだから、年相応にということであろう。若い世代との交流には心がけてきたつもりだが、若いセンスに接することが老化防止につながることを意識して行きたいと思う。
 当面、1月の予定としては、13日に日弁連の刑事法制委員会があり、20日には「堀越事件」の学者証人として東京地裁に出頭しなければならず、2度の上京という早々の忙しさが待っている。出足好調と行きたいところだが・・・・・・。
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by nakayama_kenichi | 2006-01-01 20:39