最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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口述刑法各論の訂正

 新版「口述刑法各論」(補訂版)は、2005年5月に出ていますが、すでにあちこちから誤植などの指摘がありましたので、機会を見て訂正したいと思っています。
 今回は、付録の「自習問題解答のポイント」について、内容的な疑問が提起されましたので、とろあえす、ここで「訂正」しておきたいと思います。
 [第7講] 2 の(1)・・・・・・7頁
 以下のように改めます。
 
 2.営利目的拐取罪について
  (1) 未成年者を営利目的で誘拐したときは、何罪が成立するのか。
   
  未成年者を誘拐しているので、未成年者拐取罪(224条)が成立し、営利の目的で人を誘拐 しているので、営利目的拐取罪(225条)も成立するが、客体が未成年者であれば後者は前 者の加重類型なので、法条競合として、営利目的拐取罪のみが適用される。
     
  両罪の関係は、本文でも加重類型として説明していますので、これを「観念的競合」になると した記述は誤りでした。お詫びと訂正をします。ご指摘有難うございました。
  なるべく近い機会に「自習問題解答のポイント」の方も訂正します。
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by nakayama_kenichi | 2005-10-25 10:49
 前回の「日本学術会議の改革」に関して、読者から、平成16年の改正の内容は公表されているので、すぐにアクセスできないという記述には疑問があるという趣旨のコメントを頂きました。
 たしかに、学術会議のHPには、学術会議法の記載があり、平成16年の改正の内容についても触れられています。しかし、未施行の部分があるとして、旧法の条文が表面に出ており、分かりにくい体裁になっています。それで、別の「学術会議法」を見たのですが、これは新法の体裁になっており、しかし旧法の内容をすぐに参照できないという問題があったのです。
 しかし、以上の経過から、平成16年の改正の内容にすぐにアクセスできないと書いたのはやはり疑問を招きますので、この部分はお詫びし訂正させて頂きます。
 ただ、私としては、平成16年の改正の内容として、会員の推薦が「規則」で定めるところによりなされると規定されていますので、その「規則」の内容も知りたかったのです。それから、会員推薦の方法が変更された理由とその背景、この点について賛否の議論がなされたのかという点を問題にしたかったのです。
 10月25日の朝日の社説が再び「日本学術会議」のことを取り上げ、欧米では同様な学術団体が活発に政策提言をしているので、わが国の科学者の決意が問われているとしています。
問題は、何よりも独立性を重んじ、政府の政策に異議を唱えることも珍しくないといわれる場合の「独立性」が、会員の推薦方法の変更によって弱められるのではないかと危惧されるところにあります。それが杞憂にすぎないことを期待しつつ、その活動を見守りたいと思います。
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by nakayama_kenichi | 2005-10-25 09:40

日本学術会議の「改革」

 新聞報道によると、「科学者の代表機関」である「日本学術会議」が2005年10月から新しい会員でスタートした。今回、70歳の定年制を設け、210人の会員の8割を入れ替えたことで平均年齢が5歳若返り、女性の割合も6%から20%に増えた。また、任期を3年から6年に延ばし、3年ごとに半数の会員が代わるとこにするなど、大幅な改革だった(朝日10月17日)。
 たしかに、従来の学術会議には「長老の名誉機関」「学会重鎮の社交場」などと言われる側面があり、改革の必要性があることは認めらる。しかし、平成16年の法改正がどのような経過で行われたのかという肝心のところがはきりしない。学術会議の内外で学会規模の論議が行われた形跡もないようだ。
 最大の問題は、会員の選抜方法であり、これまでは学術研究団体を基礎とした推薦制であったものが、日本学術会議が会員候補者を選考するという方法に変更されたのである。これは、個別の学術研究団体の利害にとらわれない政策提言のためといわれているが、実際には学会からの推薦という原則が崩れて、候補者推薦会議の「選考」に基づく上からの任命という性格が強くなった。「迅速な意思決定が出来るように改革された」と評価する声(棚橋科学技術担当相)がある一方で、「会員の総意をどこまで代表できるか」との懸念もあるといわれる。
 そこで、「日本学術会議法」を検索したところ、第4章の「会員の推薦」のところでは、17条が「日本学術会議は、規則の定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府の定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする」と定めている。規則とその運用の実態は分からないが、新会員の名簿は公表されているので、どのような基準で選ばれたのか推測するほかはない。「若手の提言力」に期待する前に、人選のあり方にも注目すべきだと思われる。
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by nakayama_kenichi | 2005-10-21 20:50
 いわゆる「痴漢」行為に関連して、それが刑法上の「強制わいせつ」罪に当たるのか、都道府県の迷惑防止条例上の「卑猥な言動」に当たるのかが問題になることがあり、その関係をどのように理解すべきなのかという質問がありました。女性の下着を上から触れば条例上の「卑猥な言動」に当たるが、下着の中に手を入れれば刑法上の「強制わいせつ」になるというのが実務上の処理だともいわれているようですが、そんなに簡単なものではないように思われます。
 まず、刑法上の「強制わいせつ」罪は、13歳以上の男女に暴行または脅迫を用いてわいせつな行為をし、また13歳未満の男女にわいせつな行為をすることで、6月以上7年以下の懲役に処せられます(176条)。ここで「わいせつな行為」とは、人の性的羞恥心を害するような行為をいい、暴行・脅迫によって強制するという点に特色があります。実際には、無理やりにキスするとか、乳房や陰部などに触れるなどの行為がこれに当たるとする判例がありますが、相手の反抗を著しく困難にする程度のものであることが必要であると解されています。
 一方、迷惑防止条例上の「卑猥な言動」は、公共の場所や乗物の中で人を著しく羞恥させまたは不安を覚えさせるような卑猥な言動をすることで、府県の条例の中には、女子の衣服の上からまたは直接身体に触ることや、身体を覗きまたは写真をとるなどの行為が例示されています。違反に対しては、6月以下の懲役または50万円以下の罰金が科されています。ここでは、公共の場所や乗物の中という限定がある一方で、反抗を困難にするという強制的要素は含まれていません。したがって、まずは、行為の場所で分けた後、人に対する強制の有無を考慮した上で、重なる場合には、程度によって、相対的に重い刑法犯か、軽い条例違反行為かを区別するということになるでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2005-10-20 19:07

手書きの手紙

 満杯に近くなってきた書庫を整理していましたら、封書の束が出てきました。それは、もう10年も以前のものらしく、ほとんどが便箋に縦書きの自筆のものを、二重のソフトな封筒に入れて、宛名も含めたすべてが手書きの手法で統一されたものです。
 最近は、ワープロやパソコンを使った横書きの規格化した文書が個人間の意思疎通手段である手紙の分野にも及び、さらに文書によらない「メール」による直裁な手法がますます広く用いられるようになってきています。私自身も、遅まきながらこの手法にしたがうようになり、いつの間にかそれが当然のことであるとして、気にもとめない状態になっています。
 しかし、いま現にかつての「手書きの手紙」を手にとって見ますと、そのソフトで豊かな味わいと雰囲気に圧倒されてしまいそうな新鮮な驚きを感じます。考えれば当たり前のことですが、そこには、書いた人の個性と特有の文体が正直に表現されていて、それは一見して誰から手紙かか判別できるのです。そのような手紙を受け取った人は、その文体から容易に書き手の姿と心を読み取ることができるでしょう。
 いったん機械化と電子化の方向が進みますと、その利便さに慣れてしまい、もはやかつての「手書き」時代に逆戻りすることはできないでしょうが、しかし「手書き」の手段は決して消えたわけではなく、その良さと雰囲気を忘れないためにも、いまでもこの手法を親密な意思疎通手段として利用する機会を残しておくことが賢明な防衛策ではないかと思われます。それはまた、漢字の書き方を忘れないためにも、むしろ必要であるともいえるでしょう。
 偶然に発見した封書の束の差出人に、「手書きの手紙」を書いてみることで、これらの方々にも「手書きの手紙」の良さをアピールしてみたいと考えています。
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by nakayama_kenichi | 2005-10-18 14:03

共犯者の自白の信用性

 6月にこのブログで触れた刑事事件の判決について、まだこだわっています。それは、建造物損壊の実行正犯者の自白のうち、被告人が犯行現場にいたとする供述は信用性がないとしながらも、被告人が犯行の「共謀」の現場にいたとする供述は信用できるとして、共謀共同正犯の成立を認めたものです。ここでは、前者の点を問題にします。
 それが「虚偽の自白」だとされたのは、その内容に合理的な疑いが残るという理由からですが、問題はなぜ共犯者がそんな虚偽の自白をしたのかという点にあります。判決は、共犯者には虚偽の自白をする特別の動機はないとしつつ、捜査官の側にも虚偽の事実を述べてまで供述させる利点はなかったとしています。しかしそれでは、共犯者が虚偽の自白に至ったことに何の理由もないということになってしまいます。
 ここで重要なのは、虚偽の自白をしたとされる共犯者自身が、公判廷で、それは刑事さんから目撃証人がいると聞かされたのでそう思ったのですという供述を繰り返し述べているという事実であります。しかも、この点については、検察官の方から、それは思い違いではないかと執拗に追及されたにもかかわらず、最後まで変わらなかったのです。
 これは、捜査官による誘導によって虚偽の自白がなされたことを強く示唆するものであるはずですが、裁判所はそれでもなお、そのような危険な取調べをするに匹敵する利点が捜査官にあったとも考えられないとし、上述のような共犯者の公判供述もそれ自体あいまいで不合理な点を含んでいるとして、その供述が信用できないとしたのです。
 しかし、そうだとしますと、なぜ共犯者がそのような虚偽の自白をしたのかを説明できないという迷路に陥ることになり、そこに判決の最大のジレンマがあります。しかも判決は、その信用できない共犯者の自白のうち、後者の「共謀の自白」の方は信用できるというのです。この点は、また次の機会に触れます。
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by nakayama_kenichi | 2005-10-17 20:20
 「セクシュアル・ハラスメント」とは、一般に「相手方の意に反し不快にさせる性的な関心や欲求に基づく言動」をいうと解されていますが、職場や社会生活において見られる多種多様な性的言動のうち、どのようなものが「セクハラ」に該当するかは必ずしも明確ではないという問題を抱えています。
 そこで、実際の裁判例を見ますと、その圧倒的多数は、具体的・直接的な行動によるものであり、たとえば、腰や肩に手を回す、お尻に触る、無理やりにキスをするなど、強制わいせつや暴行などに類するような「行動」であることが分かります。 
 ただし、少数ですが、性的な「言葉」による「セクハラ」を認めた判例もあり、たとえば、職場の上司が女性事務員に「~ちゃんは処女か」といい、「ホテルに行っても暗いからわからへん」等と性的関係を求める発言をした事例や、上司が部下の女性に関して、他の職員と「怪しい仲にある」等の噂を流して転職を勧めたという事例などがあります。
 しかし、言葉による「セクハラ」が、「性的なジョーク、猥談、容姿や服装についての発言」にまで広がりますと、女性が不快に感じるものはすべて「セクハラ」に当たるというように、無限定に拡張されるおそれがあります。
 そこで、これを限定するためには、個々人の良識やモラルの問題にとどまるものと、法的な救済を必要とする違法なものとを区別する必要があります。とくに、懲戒責任や損害賠償責任を問われるべき程度の具体的な「被害」、とくに職場秩序や人格の侵害が必要だと思われます。
 とくに「言葉」の場合には、性的な関心・要求の強さと執拗さ、上司としての地位利用といった点から「悪質」と見られるケースに限定されるというべきでしょう。
 
 
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by nakayama_kenichi | 2005-10-16 19:20

専門の法律用語

 英語・文学・比較文化論が専門の方に本を頂いたお礼に、私の著書『刑法の基本思想』を差し上げたところ、丹念に読んで下さって、ご丁寧なコメントまで頂いた。
 その中で特徴的なのは、私ども法律家が何気なく用いている「言葉」が一般にはあまり用いられないもので、異様に感じるといわれている点である。たとえば、「論定」「論策」といった言葉は初めて見るもので、「権衡」も「均衡」でよいのではないかといわれる。ここまでは、その通りだとしても、「謙抑」という言葉は漢和辞典にもないと言われてみると、その言葉が有意味なものとして定着しているだけに、いささか驚いてしまう。そこで念のために「広辞苑」を調べらたら、「謙抑」の項目があり、「へりくだって自分をおさえること」という説明がついていたので安心した。
 次に、違和感をおぼえる言葉として、小野博士の「日本的道義観念」が「淳風美俗」と等値されるのは、道義と風俗を混同するものではないかという指摘があり、この点は「公序良俗」とのl関係でも、考えさせられるものがあった。また、国民的道義と国家的道義の区別が重要ではないかという指摘にも共感をおぼえるものがある。
 さらに、疑問点として、とくに「国民の規範意識」を「解釈の基準にする」「汲み上げる」といわれる場合に、「国民の規範意識」のありようが容易に概括できるものなのか、規範意識も不動のものではなく、流動しており、それを政府が育成することも可能であり、国民のl側の創造する闘いで形成されることも可能ではないかといわれているのは、実質的な検討を要する重要な指摘であると思われる。これを「国民の健全な規範意識」とか「社会通念」と置き換えても、問題が解決したことにはならない。おそらくは、国による規範意識の育成と国民の側からの権利意識の主張との緊張関係の中から、ぎりぎりの「接点」が生まれるものというべきであろう。
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by nakayama_kenichi | 2005-10-15 22:32
 心神喪失者等医療観察法は、2005年7月15日に施行された。これまでの3カ月の間に、すでに50件に近い申立てがあり、裁判所による決定も数件出始めているが、通院よりも入院決定が多く、入院対象者の急速な増加が確実に予測される状況にある。
 しかし、本法による入院患者を受け入れるべき「指定入院機関」の整備は遅々として進まず、現在2か所が完成しただけで、あと1か所のほかは見通しも立たないというピンチな状況下に置かれている。当初は、全国に30床規模の病棟を24箇所設置するという壮大な計画であっただけに、当局は、まずはその失敗の反省から出発しなければならないはずである。
 ところが、厚生労働省は、法律改正の手続をとらずに、これを指定入院機関の設置基準の一部改正という方法で、規模も14床以下の病床からなる病棟の規格を設けることを検討しているとして、一般から意見を募集するという方針を打ち出した(9月30日)。これだけでは分かり難いが、そこには、既存の地方自治体病院の中に本法の適用対象となる特別な「病棟」を作るという「代用病院」の構想が予定されているといえよう。
 しかし、そうなると、とくに「手厚い医療」を標榜した本法の指定医療機関たる病院とその他の一般の精神病院との間の施設基準(医師・看護師等の充足基準)の著しい差が、同じ自治体病院の病棟間にも波及することになり、その不均衡が一層顕在化することになるであろう。これを避けるためには、一般の精神医療の基準を引き上げるか、あるいは本法の医療基準を引き下げるかしかないが、現状では後者の方に流れるおそれの方が大きい。
 むしろ、地域精神医療の充実の上に、本法を乗せるというのが正道であって、そのためにも巨大な特別指定医療機関(花巻病院のような)を作るという発想をこそ反省すべきだと思われる。
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by nakayama_kenichi | 2005-10-13 16:42
 いわゆる「共謀罪」の広汎な処罰を含む法案が、10月4日に国会に上程された。これで3回目であるが、選挙で野党が大幅に議席を減らしたので、一挙に成立してしまうおそれが懸念される。しかし、この問題については、与党議員の間にも「修正案」を協議する動きが報じられており、審議の行方は予断を許さない。
 私は、9月2日の京都新聞に短文を載せたが、その後、雑誌「世界」の編集部から原稿の依頼があり、これを引き受けたものの、体調のこともあって、なかなか執筆が進まなかった。しかし、法案を取り巻く上のような状況の変化もあり、力を集中することによって、今日(9日)ようやくまとめあげて、編集部に原稿を送信し、この仕事は一応の落着を見た。
 書きたいことは一杯あったが、私はこの機会に、法案をめぐるこれまでの論議として、法制審議会での質疑と、前国会の衆議院法務委員会での質疑の内容とその特色を、比較しながら分析して見たかった。そこには、共謀罪法案に対する基本的な姿勢、もっといえば「思想」の違いが存在すると感じたからである。前者は、国際的な組織犯罪に対する効果的な対処策として条約を評価し、その国内法化を広く容認しようとするものであるのに対して、後者には、国際協力の必要性を認めつつも、共謀罪の広汎な処罰が市民の権利と自由を脅かすのではないかと懸念し、その「限定化」を図ろうとする姿勢が見られるのである。
 それにしても、法制審議会刑事法部会の結論が、13:1で法案(要綱)に賛成するものであったことは、この審議会がいかに少数意見を反映しにくい構造になっているかを物語っている。しかも、反対の1票は弁護士のようであり、学者委員は全員が賛成しているという事実は、刑法学会の会員全体の意見分布という点からもいささか偏っていないであろうか。
 
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by nakayama_kenichi | 2005-10-08 19:12