最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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法制審議会の議事録

 いま、「共謀罪」のことを書く準備として、この法案の原案(要綱)を審議した「法制審議会刑事(国連国際組織犯罪条約関係)部会の議事録を読んでいるところです。この部会は、2004年9月18日から同年12月18日までに5回にわたって行われたもので、議事録の量もそれほど大部なものではありません。しかし、これを読むのは、実に骨の折れる仕事です。
 その最大の理由は、すでに書きましたように、発言者の名前が全部「匿名」になっており、●がずっと並んでいるので、誰の発言か判別できないというところにあります。審議会の委員の名簿と、部会長、部会長代行の名前だけは公表されているのですが、それがかえって想像をかき立てるのか、余計に神経をとがらせ、落ち着かない気分になり、途中で投げ出したくなるのです。
 部会は、表決権のある委員と表決権のない幹事に分かれているのですが、発言は両者とも許されているようです。発言者の名前が伏せられているので、面白い現象が生じることがわかりました。それは、ある委員または幹事の発言の中に、他の委員や幹事の意見などが引用されるときも、その名前を出すことができませんので、「○○委員、○○幹事の意見」というような形で表現されることになり、それがどの人のいつの意見なのかが分からないということで、関連が分からず、迷路に陥ってしまうことです。
 このような「匿名」の議事録では、それが公開されているといっても、それは名ばかりで、審議の内容を正確にフォローすることは不可能です。匿名を顕名にするという当たり前の改革すらも、法制審議会の内部から声があがらないというのは、異常としかいいようがありません。この「匿名の伝統」はいつまで続くのでしょうか。
 
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by nakayama_kenichi | 2005-09-30 22:46

治安維持法のこと

 いわゆる「治安維持法」については、戦前の代表的な人権侵害の悪法として歴史的な評価が確定しているはずのものである。私自身も、かつての『現代社会と治安法』(1970年、岩波新書)の中で、戦前の治安法の典型として触れたが、その特色は、反体制的な目的を持った「行為」を処罰するとしながら、その目的に資する行為から言論に至るまで無限定に拡大を重ねることによって、まさに「思想」そのものを処罰の対象にしたという点に現われている。また、治安法を運用するために、「特高警察」がその権限を著しく濫用したこととともに、全国各府県単位にも「特高課」が設けられていたことも忘れられてはならない。
 この治安維持法は、戦後に廃止されたが、それは当時の日本政府の独自の判断によるものではなく、占領軍の強い要請(覚書)によって、ようやく実現したものである。そして、日本国憲法は、「思想及び良心の自由」(19条)をはじめとする基本的人権の保障を前面に押し出すことによって、治安維持法は形式的にも実質的にも憲法に違反するものとなったのである。
 ところが、今また「思想」の自由の侵害が問題になろうとしている。いわゆる「共謀罪」の立法化に関連して、2005年7月の国会審議の場で、民主党の辻議員が治安維持法の評価を問題とし、それが憲法違反かと問うたのに対して、南野法相は申し上げる立場にないとして答弁を回避したのである。そこに立法者の歴史認識の危うさが露呈されているといえよう。
 なお、最近でも、戦前の治安維持法の犠牲者として、1945年2月に京都の同志社大學英文科に留学していた朝鮮人の「尹東柱」(ゆん・どん・じゅ)さん(韓国の国民的詩人)が逮捕され、山口の刑務所で「獄死」を強いられたという事実があり、当時の同志社の学友から情報を得る運動が続けられているという動きを知る機会があった。
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by nakayama_kenichi | 2005-09-28 12:46

介護保険制度の改正

 私の家内の母(98歳)は、1年半ほど前から、近くの特別養護老人ホームに入所しているが、それは50人規模のユニット方式の施設で、人員を含む介護の体制も手厚く、家族の側の信頼度も高い良い環境にある。
 しかし、この施設も、今年の10月からの介護保険制度の改正によって困難に直面している。今日、自治体の係官から入居者家族への説明会が開かれたが、その趣旨は、10月から入居者の「居住費」と「食費」が介護保険の給付から外され、自己負担になるというものである。その結果として、低所得者に対する軽減措置はあるものの、全体としては入居者と家族の側の負担増は避けられないというのである。その背景には、介護保険に対する給付額を抑制しようとする国の政策が存在することは明らかである。
 それが、介護保険制度の破綻を回避するためのやむを得ない措置であるというのであれば、ある程度受け入れざるを得ないであろうが、私としては、むしろ手続的な問題として、改正の直前になって結論のみを提示するという方法ではなく、もっと早く、情報を開示した上で、施設や利用者の意見を聴くという方法がとられるべきではなかったかと説明会で述べた。特別養護老人ホームの入居者と家族は、まだめぐまれているともいえようが、介護問題をかかえる年金生活家族にとっては、ようやく訪れた秋の風と雨は暗く冷たい。
 しかも、この改正は、入居者だけでなく、特別養護老人ホームの経営にも暗い影を投げかけている。とくに、新しいタイプのユニット型のホームへの影響は深刻で、赤字経営に陥るか、介護のレベルを下げるかという苦しい選択を迫られることになる。むしろ、手厚い良心的な施設の方が深刻な影響を受けるおそれがあることが真剣に危惧されるのである。
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by nakayama_kenichi | 2005-09-27 22:26

若い人の保守化について

 私は、戦後の1949年に旧制の大學に入学し、卒業後は、そのまま大學に残り、教員として長らく大學で教育と研究に従事した。そして、1998年に退職するまでの間、国立、公立、私立の3大学に在職して、いろいろな経験を積み重ねた。
 しかし、その間の大學の変容には、目を見張るものがある。まず、大學の建物が立派になった。とくに最近は豪華さを競うようになっているが、昔の大學の木造建築の風格と内部の薄暗い素朴な味わいを体験した者にとっては、何か別世界のように思われる。その上に、女子学生が圧倒的に増えたことが、大學の雰囲気を一挙に明るくした。
 ただし、学生のサークルや運動部などの活動は見られても、いわゆる「学生運動」はすっかり影をひそめてしまった。社会問題が山積しているにもかかわらず、大學内での集会も、学外にくりだす「デモ」もほとんど見られない。果たして世の中は平穏無事なのであろうか。
 たしかに、学生運動は1960年安保後の全共闘運動の挫折という歴史的な負因を背負っているとはいえ、社会的・政治的な問題に最も敏感に反応するのが学生であるという時代状況は変わっていないはずである。その学生自身の意識と行動が「現状の肯定と順応」に傾いているとすれば、それこそ「若い人の保守化」を象徴しているといえよう。
 今度の選挙でも、左翼政党は社共あわせても5パーセント程度という状態で、このまま右傾化が進むと、憲法の「改正」にまで至るおそれがある。大學の変容も避けられず、その兆しはすでに現われている。私としては、若い学生諸君に対して、「リベラルなヒューマニズム」の観点からの批判的精神を共有し、表現されることを期待したい。
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by nakayama_kenichi | 2005-09-21 22:17

連休の仕事

 大學の講義もなくなってみると、祝祭日の感覚がなく、9月18日(日)に続いて19日(日)も休日であることを知らなかった。しかし、この日は「敬老の日」だそうで、家内の母のいる特別養護老人ホームではお祝いの行事があるとの知らせがきた。その上に、私の息子夫婦から、私どもへの記念品まで届いたので、自分自身も老人であることを自覚させられた。
 ところが、私は今、新しい本の出版を予定して、出版社から送られてきた200頁を越える「校正刷り」の原稿を再読した上で、訂正箇所に「赤」を入れる作業に、文字通り忙殺されている。
これは、根気のいる作業であるが、本になる期待もあって、内心は大変楽しい仕事なのである。
 聴くところによると、学者の中には、校正刷りが出てから考えて、赤ペンで原稿を真っ赤にしてしまうという人もいるらしいが、私自身は、昔から、校正は原稿の再確認と形式的なスタイルの調整などが基本で、訂正箇所の赤は少なく、例外に属する。
 しかし、自分で自分の文章を読むのであるから、どうしても読み流してしまう傾向があり、後になって読者から「誤植」を指摘されることも少なくないのが現実である。校正の専門家の目を通すのが最も確かな方法であるが、その暇がないことが多い。
 今回の書物は、最近出版したばかりの「心神喪失者等医療観察法の性格」(2005年3月、成文堂)に引き続いて、この法案を審議した衆・参両院の議事録をもとに法案の審議過程をできるだけ詳しくフォローしたものであり、「心神喪失者等医療観察法案の国会審議過程の全容」と題したものである。こうして、同じテーマで2冊の書物を相次いで出すという異例の事態となったが、本法はすでに本年7月に施行されていて困難な問題が山積しているので、できるだけ早く出版できるよう努力したいと思う。
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by nakayama_kenichi | 2005-09-19 14:55

私の病歴

 私の年齢は今78歳を越えているが、まあ何とか健康を維持して、今でも研究生活を続け、むしろ楽しんでいるといったところである。私どもの同僚や後輩の中には、病気のために亡くなったり、病気療養中で動けない人も少なくない。その点で、私は幸運を感謝しなければならないと思う。しかし、私自身も必ずしも常に健康に恵まれたわけではなく、深刻な病気に悩まされたこともあった。
 ひとつは、大学生の時代に罹患した「結核」である。これは、戦後当初の食糧難で栄養失調になり、自宅から長時間の通学をするなどの無理が原因で発病したものであり、療養費もないので、田舎で長期の「自然療法」を強いられた。そのため、大學は休学し、卒業後は就職もできず、それが大學に残るきっかけになったことについては、先に述べたことがある。一応の回復後も、数年間は朝6時起床、夜9時就寝という、きびしい「摂生生活」を余儀なくされた。夕方になると微熱が出るという、この病気に特有の気分は今でも忘れ難いものがある。
 今ひとつは、大學を退職する前後の70歳頃のことであって、これは甲状腺の治療中に全く偶然に発見された「脳下垂体腺腫」という病気であった。直ちに外科手術をして、結果的には幸い成功したが、私としてはあぶないと思って、事前にはとりあえずの身辺整理をしていたのである。術後の2,3日間は地獄の苦しみを味わったが、回復は予想外に早く、わずか一週間あまりで退院したので、ほとんど誰にも知られないままに、平常に復することができた。しかし、鼻や喉に後遺症が残っているほか、一時耳がほとんど聞こえなくなるなどのトラブルもあり、補聴器を探し回ったこともある。しかし、その後は特別の異常もなく安定し、もうしばらくは命を保ってくれそうで、有難いと思っている。

 
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by nakayama_kenichi | 2005-09-16 21:53

選挙の結果

 総選挙の前に予測したように、結果は「小泉」自民党の圧勝に終わった。しかし、それが予想外の大差であったために、かえってそれは「小泉的手法」の相乗効果であって自民党の実力なのかという戸惑いも生じているようである。
 今回の選挙について、いくつかの感想を記しておきたい。
 第1は、この選挙の正当性には疑問が付きまとっていたということである。郵政法案がすでに衆議院段階で与党内の内紛のため僅差の可決となり、参議院では否決されるという予想外の事態となった際に、小泉内閣の反省と政治責任を問う論調はほとんど出なかった。内閣の総辞職が正論であれば、衆議院の解散に打って出るというのは責任転嫁の暴論として冷たくあしらわれたはずである。しかし結果的には、小泉首相が、解散権によって、党内問題を郵政問題に転化し、イニシャチブを獲得したのである。
 第2は、郵政民営化のスローガンのみが前面に出て、法案の内容がはっきりせず、その具体的な効果を国民が身近な問題として感じ取れないままに終わったということである。郵政民営化は、選挙民の関心としては本来低いにもかかわらず、それが最大の争点として掲げられ、結論だけを迫られることになった。そして結果的には、「改革を止めるな」というスローガンに同調するムードが広がることになったのである。
 第3は、郵政民営化をめぐる解散前の国会審議が何であったのかということである。選挙期間中の論戦ではある程度明らかになったものの、国会審議の過程では、法案をめぐる自民党内の造反組との対抗や調整の問題に目を奪われて、国民の生活と利益にかかわる問題として国民に訴えるという観点からの審議や報道がなされたという記憶に乏しいのである。
 第4は、若い年代の有権者層の意識の著しい保守化ということであるが、この点については、また別の機会に考えてみたい。

 
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by nakayama_kenichi | 2005-09-14 19:24

選挙について一言

 衆議院の総選挙の投票日が近くなってきた。マスコミの調査によれば、「自民が過半数の勢い」が続いているらしく、選挙後の小泉首相の高笑いが予想されそうな気配である。その後はまた、選挙結果の明暗の分析が長々とマスコミを賑わせるであろう。
 しかし、そのことによって、郵政民営化法案が参議院で否決されたため衆議院を解散して総選挙に訴えた小泉首相の強引な手法の問題性が消滅するわけではない。政策に変化がないとすれば、時間と金の壮大な「浪費」が行われたことになるであろう。
 総選挙は「民意」を反映するものであることをたてまえとしているが、それは選挙制度のいかんによって制約されるだけでなく(小選挙区制)、何よりも組織と金と知名度によって大きく左右される。政府与党は何よりも財界の上層部とつながることによって、多くの関連団体を動員し、これらの団体は「政治資金」を提供することによって与党からの利益供与を期待できる。宗教団体といわれる組織内部でも極めて熱心な票固めが行われていることも周知の事実である。
 一方、一般「市民」には選挙の投票権があるだけで、現行の公職選挙法の下では、ほとんど自前の選挙運動はできないほど、法の規制は厳しい。マスコミの情報を受け取るのが精一杯で、主体的な意見表明の場はほとんどない。わずかに、新聞に出てくる「声」欄などに、その切実な訴えを読み取ることができる。しかし、それらは郵政民営化是か非かという土俵の外に追いやられ、これを汲み上げるルートは意識的に閉ざされている。
 選挙のテレビ・ニュースを見れば、小泉と岡田の顔と同じセリフが繰返され、選挙の当落予測が行われるだけで、有権者の側の動きはほとんど紹介されないままに、予定通りに選挙期間が終わってしまいそうである。
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by nakayama_kenichi | 2005-09-09 21:11
 この夏に、浅田和茂、松宮孝明両教授と私との共同作業で、「レヴィジオン刑法」③の報告と討論を3回実施し、9月10日の4回目で終了することになっています。これは、刑法の本ですが、「レヴィジオン」(Revision)とは、点検、検査、修正という意味で、ドイツのフォイエルバッハの著作名から浅田さんが提案されたものです。すでに、①共犯論は、1997年11月に、②未遂犯論・罪数論は、2002年2月に成文堂から出版されており、今回の③構成要件、違法性、責任は、最終巻に当たります。
 すでに10年越しの共同作業ですが、かくも延引した原因は、もっぱら浅田・松宮さんともに超多忙で時間がとれなかったためです。私は当時すでに大學を退いていましたが、よくこの10年間生き延びたなあという気持ちです。
 浅田さんは1946年生まれ、松宮さんは1958年生まれで、10年位の差ですが、私は1927年生まれすから、浅田さんとは20年、松宮さんとは30年も差があるのです。そんなものが、どうして同じテーマで議論できるのか、不思議なくらいです。なぜそうなったのかと考えますと、3人はこの十数年間、関西で、「刑法読書会」「刑事判例研究会」「刑事法学の動き」などの研究会でほとんど毎回(月3回以上)顔を合わせ、研究活動を続けてきた仲間として、とくに密接な関係があったからでしょう。3人が共に師事する佐伯千仭先生が1907年生まれで、私よりさらに20年の差があるというのも、不思議なご縁です。私はすでに老齢なので、お2人の話の聞く脇役に回っていますが、この研究会の雰囲気は何とも楽しく、時間の経つのを忘れるくらいです。成文堂編集長の土子三男さんの舞台裏での演出も見事なものです。私は、今、9月10日の報告のレジメを作っています。
 
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by nakayama_kenichi | 2005-09-08 15:44

公務員の政治活動の禁止

 このブログの3月上旬に、国家公務員法上の政治活動の禁止について、その歴史的な経緯と問題点をいくつか指摘したことがある。そのとき書いた原稿の「校正」(印刷のためのゲラ刷りの点検)作業の過程で、あらためていくつか指摘しておきたいことに気づいた。
 第1は、公務員の政治活動の禁止違反が問題になったこれまでの「判例」は10件足らずあるが、そのすべてが行政的な裁量権のないr機械的労務に従事する非管理職の下級公務員に関するものであって、しかも勤務時間外に行われた「市民」としての行為にかかわるものであったという点である。むしろ、裁量権を持った管理職の高級公務員による地位利用こそが問題とされるべきであると考えられるのに、そのような適用事例は全く見られないのは不思議である。
 第2は、そのような判例も、1980年以降、姿を見せなくなって、すでに20年以上も続いていたが、最近再びこの種の政治的な表現活動への規制の動きが表面化してきていることである。2004年3月に、政党機関誌をポストに配布したとして起訴された「堀越事件」がそれであり、この問題が再燃する状況にある。
 第3は、国家公務員法と異なって、地方公務員法には、政治活動の禁止規定はあるものの、「罰則」の定めがないという著しい相違があるという点である。それは、国家公務員法の方が異常であって(アメリカでも改正された)、地方公務員法なみに改正されるべきであることを強く示唆している。ところが、最近の日本では、逆に地方公務員法を国家公務員法なみに改正しようとする動きさえ見られるという。何ということであろうか、唖然とせざるを得ない。
 この問題については、憲法学者の批判的意見は多くあるが、刑法学者の対応が著しく遅れていることに注意を喚起しておきたい。
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by nakayama_kenichi | 2005-09-05 17:29