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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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日精協の政治献金

 心神喪失者医療観察法は2003年7月に成立したが、2年後の2005年7月の施行をめぐって、施設等の準備状況の遅れが問題になっている。このまま施行されてしまえば、適正手続の下における「手厚い医療」という本法の大義名分が失われてしまうおそれがある。
 ところで、本法が「金まみれの法案」であるといわれた歴史的事実がすでに忘れられようとしているので、ここで「日精協」(日本精神科病院協会)の政治連盟が本法の立案過程にあたる時期(1999-2001年)に行ったとされる政治献金の内容を再確認しておきたい。
  法務大臣          陣内 孝雄氏(50万円)   臼井日出男氏(10万円)
                  保岡 興治氏(130万円)  高村 正彦氏( 6万円)
  法務政務次官・副大臣  北岡 秀二氏( 30万円)  長勢 甚遠氏(350万円)
  厚生(労働)大臣      宮下創平氏 (100万円)  丹羽 雄哉氏(220万円)
                  津島 雄二氏(100万円)  
  厚生政務次官・副大臣  根本  匠氏(120万円)  南野知恵子氏(連名10万円)
                  鴨下 一郎氏(200万円)  木村 義雄氏(170万円)
  与党PTメンバー      佐藤 剛男氏(100万円)  持永 和見氏(230万円)
                  塩崎 恭久氏(210万円)  園田 博之氏(100万円)
  以上から、献金は、関係する与党議員や歴代の2つの省の幹部に対して系統的に行われていたことが判明する。もっとも、当時の森山法相は、献金があっても正しく法律上の手続によって処理されていると聞いており、法案の審議が影響を受けたことはないとした上で、本法案が国会の附帯決議に基づく国民の要請に応える意味で作られたもので、特定の一団体のために作られたものではなく、改めて調査の必要性はないと答弁していた。しかし、それならば献金は何のために行われたのかという疑問が残る(判例時報1857号21頁以下参照)。
 ともあれ「日精協」の本法に対する評価、および今後の対応に引き続き注目して行かなければならないことは確かである。
            
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by nakayama_kenichi | 2005-05-31 11:09

河野太郎氏への質問

 臓器移植法の改正案のうち、自・公有志案(河野案)といわれものが有力なようであるが、朝日新聞2005年5月27日朝刊に掲載された河野太郎氏の説明には、不明確な記述が多い。そこで、率直に以下の質問項目を考えてみた。論点の整理に役立てれば幸いである。
 1. 脳死を人の死とする「社会的合意」はすでにできていると考えられるのか。河野氏がそう思うというだけでは不十分ではないのか。
 2.ドナーカードの記載数が思うように増えない理由はどこにあると考えられるのか。自動車免許証などに記載できるとすることで果たして増加が期待できるのか。
 3.現行法の自己決定権の理念自体に疑問があるのか。現行法がなぜ家族の意思でなく本人の提供意思を要件にしたのかという点をどのように理解されているのか。
 4.河野案の重点は、親族優先提供の導入にあるのか、臓器提供要件の緩和にあるのか。その両者はどのような関係にあるのか。理念に違いがあるのではないか。
 5.河野案によった場合、法的な脳死判定に際して実際に家族が判定を拒否することがどの程度あると考えられているのか。
 6.河野案によった場合、家族が承諾する際に本人の意思を忖度して行うとしても、子どもの患者の場合にもそれが可能と考えられているのか。
 7.河野案によった場合、実際に臓器移植の件数がどの位増えると考えられているのか。親族優先規定の導入についても、どの程度の効果があると見られるのか。
 8.河野案によった場合、移植以外の一般の臨床医療の場面で、死の判定や宣告にどのような影響が出てくると考えられているのか。
 河野氏および河野案の支持者からの回答を期待したい。
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by nakayama_kenichi | 2005-05-30 11:59

木曜わたしの食日記

 昭和63年(1988年)12月8日の朝日新聞京都版の古い切り抜きを発見、そこには「木曜わたしの食日記」と題して、当時の私の家の食事のメニューが出ていますので、これを紹介しておきます。
   8:05     サンマの塩焼き、ダイコンおろし、金時豆の甘煮、
  <自宅で>   千枚漬け(自家製)、青菜のおひたし、ワカメのみそ汁、
            ごはん1ぜん
 
  12:10     ハンバーグステーキ、ブロッコリー、カキ、
  <自宅で>   野菜カレーポタージュ、みかん1個
 
  19:05     カツオの刺し身、芽コンブの酢のもの、かす汁、
  <自宅で>  ツルムラサキのごまよごし、カボチャの煮付け、
            ごはん1ぜん、ラ・フランス(洋ナシ)2切れ

 「食生活は健康の源ですから、量は少なくても、たんぱく質、炭水化物、ビタミンなど偏らずに食べることにしています。妻がカロリー計算などして料理しているので、私はそれを食べるだけですが・・・・・・・。午前中から講義のある日は朝食を、午後からの日は昼食に重点を置いた食事になっています。家族構成が母と私たち夫婦の老齢家族なので、肉食は余り多くありませ
ん。・・・・・・・」。 当時、私は61歳。今から17年も前のことです。
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by nakayama_kenichi | 2005-05-28 11:12

往復書簡

 私は、長年にわたって刑法の研究と教育に携わってきましたので、講義の受講生や本の読者から質問を受ける機会が多く、これまでできるだけ丁寧に対応してきたつもりです。しかしその中でも、ある学生との間で1年半にもわたって質問と回答を重ねた「往復書簡」の記録が残されいますので、そのいきさつを述べておきたいと思います。
 それは、1984年7月25日に紀伊国屋ホールで行われ有斐閣主催の講演会での私の講演の後で、当時の一橋大学法学部の在学生が、京都まで長い質問状をくれたのがきっかけで、その後、回答・再質問・再回答というように連続し、翌々年の1986年2月まで続いたものです。私は、そのことを忘れていたのですが、その学生が記録を残しており、後日これらの質問と回答を全部コピーし製本して送ってもらったときは、本当に感激してしまいました。
 質問は丹念で実に長く、忙しい中をようやく回答すると、またすぐに長い質問が送られてきて、また回答を迫られるというパターンが続き、率直にいって追い回されていたわけですが、しかしその学生の熱心な勉強の意欲に動かされて、よくも続いたものだと思います。
 今なら、ワープロやパソコンのメールがありますが、当時はすべて便箋や原稿用紙に手書きするより方法がなく、手紙には10円の印紙まで添えられていたことも印象的です。
 いずれ機会があれば、何らかのか形で内容も公表したいと考えていますが、ここでは、日記やメモを含めて、記録・保存しておくことの大切さを改めて指摘しておきたいと思います。
 因みに、この学生は、現在大阪市立大学法学部助教授の三島聡氏であります。
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by nakayama_kenichi | 2005-05-26 13:52
 かつて脳死と臓器移植の問題が盛んに議論されていたころ、私どもは関西地区で医と法の数名の専門家が集まって「脳死・臓器移植研究会」を結成し、1988年頃から活動を開始して、これまでにいくつかの成果を公表してきました(「本音で語る脳死・移植」メディカ出版1994年、「臓器移植法ハンドブック」日本評論社1998年)。
 この研究会はその後しばらく中断していましたが、最近の臓器移植法の見直し問題を契機に、かつての会員が5月22日に久しぶりに再会しました。欠席は2名で、集まった5名はみなかなり年をとりましたが、当時の元気を取り戻し、議論に花が咲きました。
 河野案には親族優先の問題があるものの、これはほとんど実際上の効果には影響がないことや、福島案は複雑で真意がよく理解できないことなどの点が指摘されましたが、とくに印象的だったのは、臓器提供要件を家族の承諾のみで足りると変えた場合に、実際に臓器提供事例が欧米なみに増えるのかどうかという予測に関して、医師の間でも意見が大きく分かれたという
ことです。移植医は、現在の死体腎移植例(年間約170件)からすれば、脳死移植例(年間5-6件)も現在の10倍位に増加するだろうといわれたのですが、脳外科医は、日本人の脳死に対する抵抗感からすればほとんど増えないであろうといわれたのです。
 少なくとも、ドナーカードの普及率が低いから家族の承諾のみで足るようにしようという政策論だけでは問題が解決しないことは明らかで、「真っ向から脳死論議を」すべきであるといわれるのには、理由があるように思われます。 
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by nakayama_kenichi | 2005-05-24 17:23

法科大学院の現状

 日本よりも一足遅れてロースクールの導入を決定した韓国の目から、日本の法科大学院の現状に対する評価は次のように冷静で厳しいことに注目すべきである。
 「現在日本では法科大学院出汎後1年も経過しないうちに、早くも新法曹養成制度が動揺を見せはじめている。法科大学院終了生のわずか3割しか新司法試験に合格できないとの報道がなされてから、法科大学院志願者が軒並み激減している。より重要なことは、法科大学院終了者にとって新司法試験が依然として狭い門であるために、法科大学院が司法試験準備のための予備校化し、早くも法科大学院を中心とする「プロセスとしての法曹養成」という当初の理念が退色しかねないことである・・・・」(柳赫秀「韓国におけるロースクール導入決定の内容と課題」
法学教室293号7頁、2005年2月)。
 最近の日本の報道でも、文部科学省の発表によって、昨年に開校し、2年目を迎えた法科大学院の今年度の入試で、志願者が前年に比べて約4割減少しこと、しかも定員割れになった学校も74校中の45校にのぼり、昨年の約3倍になったことが分かったとした上で、新司法試験の合格率が当初の想定よりも低くなりそうなことも不人気に拍車をかけているとみられると指摘されている(朝日2005年5月21日)。
 ところが、不思議なことに、この問題に対処するための動きは、文部科学省からも法務省からも、また司法制度改革審議会の関係者からも、表面化していない。果たして、このまま放置してよいのかという問題を含めて、少なくとも、各法科大学院の現場の意見を聴取し、打開策を協議する場を設けるべきではなかろうか。誰が責任をとるのかさえ不明な現状が憂慮されてならない。
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by nakayama_kenichi | 2005-05-22 23:03

臓器移植法の見直し

 最近、1997年に成立した臓器移植法を見直すための議員立法の動きが浮上し、このブログでも、「河野案」、「福島案」などを紹介したが、その上に、適用年齢のみの引き下げを提案する「斉藤案」も登場し、立法化の今後の動向は不透明である。
 しかし、その前に、1997年に臓器移植法が成立した当時の問題状況をしっかりと記憶にとどめておく必要がある(中山=福間編・臓器移植法ハンドブック、7頁以下参照)。
 ここでは、中島みち氏が2005年4月13日の与党有志議員の検討会(第7回)でのヒアリングの際に、以下のような趣旨の発言をされていることに注目しておきたい。
 それは、現行法の「見直し」規定では、抜本的な改正法案の提出を許していないとするもので、将来的には「見直し」という言葉を利用して脳死を人の死とする巻き返しも予想していたが、自ら現行法の作成責任者に文書で確認し、「見直し」条項が第1次修正案のときのような意図を含む可能性は絶対にありえないと確約してもらっているというものである。
 ただし、附則第2条の文言自体は、「この法律の施行後3年を目途として、この法律の施行の状況を勘案し、その全般について検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるべきものとする」となっており、見直しの方向や内容の限定はついていない。
 しかし、これは重大な問題なので、当時の国会審議の際の議事録を含めて、見直し条項にかかわる問題状況を調査し確認しておく必要があると思われる。
 私も、中島氏が言われるように、14年間の議論の末に出した本法の基本的な原則をそう簡単に転換することには重大な疑義があり、腰を据えた慎重な検討が必要であると考える。
 
 
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by nakayama_kenichi | 2005-05-19 21:36

本の誤植の指摘

 私は、これまでにも多くの著書を出版していますが、学生用の刑法の教科書や参考書については、これまでにも、読者から内容上の質問を受けたり、とくに印刷上の「誤植」を指摘されることも少なくありませんでした。
 執筆者は、依頼された原稿を書いて(今ではワープロやパソコンで)出版社に送ったあと、印刷用の「ゲラ刷り」が郵便で送られてきますと、それに赤ペンで確認と訂正の作業をします(校正といいます)。
 そのときに、もう一度自分の原稿を読み直して、内容にまで大幅に手を入れる人もあると聞きますが、私自身はきわめて形式的に、表現上の見直しをする程度で、通常はほとんど手を入れることなく、早期に返送します。論文でなく、著書の場合には「再校」といって2度またはそれ以上も校正作業をすることもありますが、訂正がなければ比較的早く済みます。
 ところが、本や論文が出来てから、印刷上の「誤植」が発見されることが稀ではありません。その最大の理由は、執筆者が自分の書いたものを読むときは、どうしても読み流してしまう傾向があり、自分でミスを発見しにくいという点にあります。
 そこで、丹念に読んで下さる読者がいますと、案外と思われる「誤植」が次々に発見されて、驚かされることになります。実は、今、「新版口述刑法総論」を出版し、「補訂版」も出したのですが、阪大のロースクルーの院生から、内容的な質問とともに、実に詳しい「誤植」部分の指摘を
受けているところで、著者としては感謝と恐縮の気持ちで一杯です。
 本を増刷する機会に訂正しますが、旧版をお持ちの読者には「正誤表」を作って陳謝しなければなりません。
 
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by nakayama_kenichi | 2005-05-19 09:48
 1960年の安保改定時の京大教官有志の活動としては、京大全学教官研究集会の呼びかけ文が残っている。第1回の案内は以下のようなものであった。
 「ご承知の通り5月19日に始まる国会の会期延長、新安保条約の強行採決は、わが国民主主義の前途にとって容易ならぬ事態を作り出しております。私たち大學研究者としましても、学生諸君の動向に無関心たりえませんし、研究や授業の上にも少なからぬ影響が現われていることを無視するわけにはいきません。私たちは、かかる混迷状態が一日も早く解消されることを希望すると同時に、一個の市民としてわが国の民主主義と議会政治の伸張をつよく願うものであります。右のような趣旨から、私たちはつぎの要領で全京大教官の研究集会を開催することに決定しました。この私たちの趣旨には、平沢総長も賛意を表明され、当日は出張中でありますが、「充分論議をつくして現在の混迷状態を打開する一助としてほしい」という意味のメッセージを託されました。どうか奮ってご参加下さるようお願い致します」。
        6月14日 火曜日 午後5時ー7時(時間厳守)
        場所  法経第7教室(法経新館、東側1階)
        報告者    法学部   田畑 茂二郎
                 同     杉村  敏正
  昭和35年6月11日
    発起人  重沢俊郎・園原太郎・織田武雄・鰺坂二夫・姫岡勤・田畑茂二郎・立川文彦
          猪木正道・杉村敏正・宮内裕・松井清・豊崎稔・出口勇蔵・島恭彦・山岡亮一
          堀江英一・岸本英太郎・岡部利良・友近晋・湯川秀樹・小堀慧・宮地伝三郎
          速水頌一郎・小林稔・四手井綱彦・村上仁・西村秀雄・桜田一郎・西山卯三
          大枝益賢・桑原正信・四手井綱英・生島遼一・田村松平・河野健二・桑原武夫
          貝塚茂樹・井上清
 なお、引き続き、6月20日(月)午後5時から法経4教室で、再度の全学教官研究集会を行う呼びかけの案内状も残っていて、当時の有志教授陣の心意気が伝わってくる。
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by nakayama_kenichi | 2005-05-17 11:01
さきに「京大教官研究集会」のことに触れたが、手元に残された資料の中から、当時の動きのいくつかを紹介することにする。
 第1は、1960年の日米安保条約の改定を前にした有志教授の要望書であり、これが時期的には最も早いものである。
 「現在政府の意図している安保条約の改定については、国民の間に多くの疑惑と反対があります。われわれといしては、米ソ間の緊張緩和への国際的努力が高まりつつある現在、わが国もこの傾向を促進する義務があると思います。しかるに安保条約の改定はこの傾向に逆行するものであり、、またわが国のアジアにおける立場にも好ましくない影響を与えると考えられます。他方、安保条約の改定は、国内的には憲法に違反し、軍備の増強をもたらし、これはやがてわれわれ研究者の研究と生活を圧迫することになるおそれも十分にあります。したがって、政府は、この際、改定を強行することなく、慎重に考慮されることを強く要望します」。
 1959年12月12日
         発起人   大枝 益賢    岡部 利良   貝塚 茂樹    桑原 正信
                 河野 健二   小林  稔    重沢 俊郎    四手井綱英
                 島  恭彦    杉村 敏正   園原 太郎    立川 文彦
                 田村 松平    出口 勇蔵   西尾 雅七    西山 卯三
                 宮地伝三郎   井上   清
 なお、この文書はガリ版刷りのものであり、末尾に、ご署名の際に1口10円以上のカンパをお願いしますという添え書きがしてある。学内の教官に回覧されたものと思われる。
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by nakayama_kenichi | 2005-05-17 09:57