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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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 大阪地裁判事の杉田宗久氏の論文「平成16年刑法改正と量刑実務の今後の動向について」(判タ1173号4頁以下)を一読した。それは、凶悪・重大犯罪について大幅な法定刑(法律が定める刑罰の枠)の引き上げを行った2004年の刑法一部改正が、裁判所における実際の量刑(具体的な刑期の決定)にどのような影響を及ぼすかという点について、詳細な分析を加えたもので、きわめて興味深いものがある。
 その内容の検討は別の機会に譲るとして、とりあえず以下の3点を指摘しておきたい。
 第1は、法定刑の上限の引き上げについて、刑事裁判官がほぼ一致して歓迎しているとされている点である。これは、裁判官の量刑選択の幅が広がるという理由によるが、一律に法定刑の上限が引き上げられても、量刑相場は守られるといってよいのかという問題がある。
 第2は、法定刑の下限の引き上げについて、強姦はともかく、殺人についてはその理由に乏しいことが明言されている点である。これは、立法趣旨が国民の正義感からのメッセージに由来するもので、量刑実務の感覚とは合わないことを示している。
 第3は、強盗致傷罪の下限が引き下げられたことが、実務上の長年の懸案を解決するものとして歓迎されている点である。しかし、これは最初の立法提案にはなかった別の附帯決議によるものであり、国民の規範意識へのメッセージ性とは逆方向のものである。
 裁判所や裁判官が、実務上の量刑相場を維持するという心意気を期待したいが、今回の立法者の改正趣旨が検察官の求刑を通じて裁判所の実務にも影響してくるおそれは十分にあることを予想しておかなければならないであろう。
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by nakayama_kenichi | 2005-04-29 09:53

国立大学の授業料

 最近の京大学生新聞の中に、国立大学の年間授業料の標準額が1万5千円値上げされることになったという記事とともに、京大生のアンケート調査の結果が出ていた。
 それによると、有効回答数125のうち、賛成が23(18%)、反対が44(35%)、どちらでもない(わからない)が58(47%)となっている。
 賛成者の意見としては、国から削減される予算を埋め合わせるためには必要、今までの授業料は安かったのではないか、さしたる負担にならない、反対意見としては、経済的負担が増える、私立との差が小さくなる、十分な説明がない、横並びは京大らしくない、保留者の意見としては、親に払ってもらっているので値上げの感覚がない、値上げを知らなかった、大學が決めることで自分では判断しかねる、といった内容である。
 編集部によれば、一部の学生は値上げ反対を叫んで総長室まで押しかけ、看板に値上げ反対と書いて抗議する姿勢も見られたが、多くの学生にとってはあまり重大なこととは認識していないようだというのである。
 この記事を見て、最初は驚いたが、なるほどそれが現在の京大生の意識をあらわしているのかと思い直すことになった。
 それにしても、私どもが京大に在学中の頃は、ほとんどが貧乏学生で、当時千円くらいだった授業料などとても払える余裕がなかったことを思い出す。豊かになったことを喜ぶべきか、学生の自治と社会感覚はどうなったのか、いささか複雑な心境にかられている。
 「独立行政法人」になった国立大學は、これからどこに行くのであろうか。心配である。
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by nakayama_kenichi | 2005-04-26 19:10

臓器移植法の改正案

 最近の報道では、自民、公明両党の有志議員が、臓器移植法改正案の検討会を開き、家族の同意を脳死判定の条件とする改正案をまとめ、28日に再度検討会を開いて詳細を詰め、5月の連休明けにも修正案の国会提出を目指すという(毎日2005年4月21日)。
 最初の案は、脳死を人の死と定め、医師の裁量で脳死判定・死亡宣告ができるという徹底したものであったが、市民団体等からの反対の声が上がり、家族の同意を条件とするところまで修正を加えることになった。
 現行法では、家族のみならず本人の同意(ドナーカード)がなければ脳死判定に入れないので、ドナーカードがなくても家族の同意があれば脳死判定と移植が可能となる点で、重大な相違がある。しかし、少なくとも家族の同意がなければ脳死判定をして死亡宣告もできないので、「脳死は人の死である」と認めたことにはならない点で、最初の案とも質的な相違があり、いわば両者の中間案といえよう。
 しかし、この修正案では、現行法よりもさらに論理的な矛盾が深まる。それは、脳死状態の人を家族の同意だけで死体と認めることになるからで、これを理論的に正当化することはおそらくできないであろう。
 さらに、本人の意思が不明なのに家族が同意を与えるというケースは、家族の心理的負担を考えれば、実際にどれほどあるか必ずしもはっきりせず、効果にも疑問がある。
 むしろ、ドナーを増やすにはどうしたらよいかを、もっと視野を広げて考えるべきであろう。
 臓器売買には強い抵抗感があり弊害があるとしても、ドナーの意思表示者に何らかの「報償」を与えることなどは考慮してもよいのではないかと思われる。
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by nakayama_kenichi | 2005-04-26 18:31

瀧川先生との出会い

 私が昭和24年(1949年)4月に京大法学部に入学したときは、憲法が佐々木惣一、民法が末川博、刑法が瀧川幸辰、法哲学が恒藤恭、政治学が田畑忍といった豪華な教授陣がそろっており、私も最初の1年間はノートをとって講義を聴き、これらの科目の学年末試験も受けました。瀧川先生の講義は分かりやすく、とくに責任論(意思自由論)には興味を引かれたことを今でも覚えています。
 しかし、2年目からは学生運動にかかわり、結核にかかって1年間休学し、復学後も大學の講義はほとんど受講せず、年度末の試験だけを受けて、辛うじて卒業しました。
 私は、学生時代から宮内裕先生のところでシベリア帰りの友人にロシア語を習っていましたので、宮内先生のおすすめもあり、刑法の瀧川ゼミを選択しました。ゼミにはほとんど休まずに毎週出席したと思います。そして、卒業前に先生の研究室を訪問した際、ロシア語ができるのかと問われ、自分も戦前の大正期に末川先生などどロシア語の勉強会をしたことがあるといわれた後、私が持参していたロシア刑法の本の表紙の題名をすらすらと読まれたのが印象的でした。そのようなことあって、私は瀧川先生の指導の下で大学院に進むことになったのです。
 しかし、旧制の大学院にはスクーリングがなく、先生は多忙のご様子で、あまり日常的な指導を受けることはない状態でした。ただ、図書館の本を借りる際には、指導教授のサインが必要でしたので、遠慮しながら研究室に電話をかけてから伺い、その際に研究上のアドバイスも頂くというのが慣わしになっていました。ドイツ法については、リストの教科書の22版を示して、これを読むようにいわれたことを覚えています。
 当時の京大法学部では、瀧川先生は特別の存在でしたので、そのもとで弟子の私などは風当たりが少なくすんだように思っています。
 
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by nakayama_kenichi | 2005-04-23 14:01
 「規範意識のキーワード」へのコメントとして、川口浩一教授から、「積極的一般予防」論との関係を尋ねられましたので、とりあえず松宮孝明教授の最近の論評を引用しておきます。
 
 「犯罪を減らすには重罰による威嚇に期待せざるをえない」という「消極的予防」への信仰を、「積極的一般予防」と混同する人がいる。しかし、これは、とんでもない誤解である。・・・・・・・
「消極的一般予防」は、人々をいわば潜在的犯罪者とみなし、刑罰という害悪による恐怖や功利的計算で人々の行動をコントロールしようとする刑法観に立つものである。これに対して、「積極的一般予防」は、人々を社会の担い手=「市民」とみなし、この「市民」に共有されている規範(その社会のアイデンティテーを形成している規範)を維持することが、刑罰ないし刑法の機能であるとする。人々を統制の対象としてみるのか、それとも、社会の担い手とみるのかによって、この二つの刑罰論ーより正確には刑法観ーは鋭く対立するものとなる(松宮「過剰収容」時代の重罰化、法律時報77巻3号、2005年2月、2頁)。
 
 ここからは、積極的一般予防論の趣旨が、刑罰の害悪による威嚇論でないだけでなく、絶対的な正義観念や被害感情を理由とした規範的な予防論といったものでもなくて、実は国民の間に事の是非善悪に関する市民的で合理的な規範意識の共有を維持し促進することにあるとされている点を正しく理解すべきだと思われます。「規範」は理性的な存在であるにもかかわらず、これを「重大犯罪は許せない」といった規範感情(当罰意識)にまでせり上げて、これを重罰化の根拠にするのは、古い応報刑論の現代版といわざるを得ないでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2005-04-19 22:13

規範意識のキーワード

 「規範意識のキーワード」とは、法務省当局が凶悪・重大犯罪の法定刑の大幅な引き上げを提案し、法制審議会を通り、国会も通過した最近の「刑法一部改正」の際に、刑罰を加重する根拠として繰り返し提起されたもので、国民の正義観念とか、被害者の処罰感情、処罰要請などを総称する「打出の小槌」を意味する。
 強姦罪の法定刑の下限を2年から3年に引き上げるのも、殺人罪の下限を3年から5年に引き上げるのも、傷害致死罪の下限を2年から3年に引き上げるのも、傷害罪の上限を10年から15年に引き上げるのも、また有期自由刑の上限を15年から20年に引き上げるのも、加重する場合は30年に引き上げるのも、さらに公訴時効の期間の最高を10年から25年に延長するのも、すべては国民の規範意識が要求しているからだというのである。
 国民の平均寿命が延びたからという理由も挙げられていたが、これは自由を拘束されている期間の価値も高まったという反論にあって相殺されたあとは、もっぱらこの規範意識のキーワードが繰り返し主張された。凶悪・重大犯罪が増えているので、世論に答えるためだと言われれば反論も難しいように思われるが、果たして犯罪が増えているのかも問題だという意見もあるほか、重罰化しても犯罪抑止の効果があるのかも疑わしく、ただはっきりしているのは刑務所の過剰収容をますます促進することだけであるということになりかねない。
 刑法学者は、刑罰論を再検討しなければならないはずであるが、法制審議会の学者委員がすべてこの引き上げ案に賛成したというのも不思議というほかはない。
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by nakayama_kenichi | 2005-04-17 19:46

熱海とのご縁

 私は今、熱海でこのブログの原稿を書いています。京都に在住する私が熱海でも仕事をするようになった由来を記して、そのご縁を確かめておきたいと思います。
 熱海は、私が旧制静岡高校に在学中、新憲法の普及運動のために県下の学校を回った際に、熱海の女学校に行った記憶があるほかは、日弁連の夏季合宿などで来たことがある程度でしたが、しばしば訪れるようになったのは、法律出版の成文堂の先代社長であった阿部義任氏が病気療養のために熱海に在住されるようになった昭和50年頃からのことです。
 私は、東京からの帰途、阿部さんの御見舞いに立ち寄るうちに、阿部さんが私のために仕事場を提供し、必要な書籍類も用意されましたので、いつの間にか熱海で原稿を書くという習慣が定着することになりました。京都の暑さ、寒さを考えれば、熱海は快適で、刑法の体系書(刑法総論・各論)は、熱海で集中的に執筆したものです(手書き原稿)。熱海での親密なお付き合いは、阿部さんが心臓疾患で亡くなられる昭和57年7月18日まで続きました。実はその日も、熱海でお会いする約束をしていたのです。
 先代が亡くなられてからも、現社長の阿部耕一氏がその趣旨を引き継がれ、その後約20年にも及ぶ現在まで、熱海とのご縁はまだ続いています。先代の遺品がまだほとんどそのまま残されており、面影を偲ぶことができます(追想の阿部義任、成文堂、昭60)。
 熱海でも、その後は、手書きの原稿用紙からワープロに移行して、もうこれで終わりかと思っていましたが、とうとうパソコンで原稿を書くところまで進化しました。しかし、初心を失わないためにも、手書き原稿の苦労と喜びを忘れたくないものです。
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by nakayama_kenichi | 2005-04-15 21:21

瀧川ゼミと楽友会館

 瀧川ゼミ生の会のことを書きましたので、昔の瀧川ゼミのことを思い出すままに記しておきます。もちろん記憶は薄れていますので、主観的な思い出のいくつかです。
 大學の最終学年のゼミ(演習)は、3科目分の単位に相当していましたが、私は最初から刑法の瀧川ゼミを希望していました。結核の病気からの休学明けで、まだ無理はできず、週に1回、ゼミに出席するだけで、郷里(滋賀の北部)で療養していました。
 学内にもゼミに使える小教室はありましたが、そこでゼミが開かれた記憶があまりなく、むしろ近所の近衛通にあった「京大楽友会館」の方が印象として残っています。写真も残っていますが、コンパでも、先生は洋室でワインを飲むというスタイルを好まれていました。
 先生はすでに定年に近く、短気なところもあって、ゼミ生は報告を途中でさえぎられて立ち往生するという場面もよくあったようです。旧制よりも新制のゼミ生に厳しかったようで、気の毒な気がしました。
 今回、ゼミ生の会をこの「楽友会館」で開こうと思って、久しぶりに訪れましたが、すでに食堂の営業はなくなっていました。しかし、内部はかつての研究会や食堂の部屋を含めて、昔の情緒をそのまま漂わせており、しばし感慨にふけりました。大學を卒業して院生になって以降も、、この楽友会館は、刑法学会関西部会などの研究会の場所として長く使用されていたのですが、学生時代の瀧川ゼミの場所としてお世話になった最初の出会いの頃が一番なつかしい気がするものです。
 因みに、余計な私事にわたりますが、私どもの結婚式の披露宴も、この楽友会館で行われました(昭和33年)。
 
 
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by nakayama_kenichi | 2005-04-14 19:10
 法制審議会議事録の●について書きましたら、早速、商法の研究者から有益な情報を頂きましたので、ここで紹介しておきます。
 第1は、法制審の議事録には発言者だけでなく、会議の席上配布された資料(これはかなり多い)も一般に公開されず、利用も引用もできない。
 第2は、これと比較すると、金融庁の金融審議会の議事内容については、議事要録とともに、議事録が公表されており、発言者の氏名も完全に顕名化されている。
 第3は、かつての司法省が設置した法律取調委員会の議事速記録には、発言者の実名が記載されていたという事実がある(「日本近代立法資料叢書」)。
 以上のうち、第1は、たしかに部外者が議事録を見ただけでは、配布資料の内容を全く知ることができませんので、資料を前提とした審議会の論議の内容を正確にフォローすることはできないということになります。法務省当局も秘匿する意図はなく、要望があれば提供するというでしょうが、それで公開になるとは思われません。第2は、金融庁など他の省庁とは事情が違うというのでしょうが、金融犯罪の情報など微妙な部分もあるでしょう。第3は、戦前の司法省時代の情報ですので、現在のような法制審議会の「匿名」制度がいつから何ゆえに導入されたのかという歴史的な検討を行う必要性を強く示唆するものといえるでしょう。
 以上の点を新しい課題として解明して行きたいと思います。
 
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by nakayama_kenichi | 2005-04-14 09:31

●入りの議事録と格闘中

 私は、「法律時報」2005年4月号に「刑法の改正と法制審議会」という小稿を書きましたが、その中で、法制審議会の議事録の発言者の欄が●の「匿名」となっていることに触れ、それでは公開の名に値しないのではないかと指摘しました。
 その責任もあって、この●入りの議事録を実際に読んで見ようと決意し、その検討に着手しました。審議の内容についての検討もさることながら、発言者の氏名が秘匿されていることがどんな意味をもつのかということを実際に確かめてみるのがその目的です。
 最初は、無味乾燥でしたが、やがて発言の内容から発言者を推測するという作業に興味が湧くようになり、途中で投げ出すことなく、謎を「読み解く」面白さにつられて、もう半分くらい進みました。
 その中から分かったことは、氏名が秘匿されていても、発言者の所属(法務省、検察庁、警察庁、最高裁、それ以外の学者)が大体推測され、しかも法制審議会の委員の名簿は公表されていますので、個人の特定まである程度可能になるということでした。
 ただし、学者委員だけは氏名の特定が困難なので、そこに実は「匿名」制度のメリットとデメリットがあるように思われます。しかし、学者委員にとっても、それは公的な発言なのですから、その氏名を秘匿する必要は本来ないはずで、むしろ進んで意見を公表してほしいと私は思うのですが・・・・・・。
 議事録との格闘から得られた成果については、またこの欄で紹介する予定です。
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by nakayama_kenichi | 2005-04-13 22:06