最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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2010年 03月 28日 ( 1 )

人間の尊厳

 最近発行されました『生命倫理研究資料集IV』(平22、富山大学大學院薬学研究部医療基礎学域哲学研究室発行、非売品)の中には、興味のある論文が掲載されています。ここでは、そのうち、「人間の尊厳」に関わる問題として、ドイツ人のラルフ・シュテッカ―氏(ポツダム大学教授)による2つの講演記録の趣旨を紹介しておきます。
 第1は、「死刑と人間の尊厳」と題するもので、その結論は、死刑が「人間の尊厳」に反するものであるという点に求められています。死刑は「応報刑論」によっては正当化されず、「一般予防」(犯罪予防)の効果もないもので、死刑はその執行に伴う屈辱と誤判の危険によって「人間の尊厳」に反するが故に廃止されなければならないといわれるのです。
 そして、ドイツではナチス後の1949年の憲法で死刑を廃止したのに、信頼に足る日本国家で未だに死刑が存在しているのは時代錯誤であるとさえいわれています。応報(復讐)の感情は調整する必要があり、それが死刑を正当化するものではないことは、このブログ(2008年2月)でも紹介しましたホセ・ヨンパルト博士の主張ともつながっています。
 第2は、「脳死と人間の尊厳」と題するもので、その結論は、「脳死は人の死か」という道徳哲学的な論争問題はさしおいて、問題はむしろ「脳死者」をいかに人間の尊厳にふさわしい仕方で取り扱うべきかにかかっているというものです。脳死者にも道徳的義務の客体ではなく主体としての地位を認めた上で、本人の自己決定に基づく脳死移植を許容するというのが著者の基本的な立場だというのです。
 そして、そのような立場から、日本の最近の臓器移植法の改正が、臓器の提供の決定を家族の意思に任せるというのは間違っており、少なくとも本人の意思または推定的意思の尊重が必要であるといわれています。ただし、小児移植の問題は残ります。
 上記の2つの講演には、質疑応答もついており、真剣に検討すべき課題を提起するものとして、参照されるべきでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2010-03-28 10:03