最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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2006年 12月 24日 ( 1 )

湯川秀樹博士のこと

 最近、古い友人である物理の田中正さんと出会った機会に、湯川秀樹博士(1907-1981)のことを聞き、昨年5月にこのブログでも紹介したことのある「京大教官研究集会」にかかわって、私自身も湯川博士に何回かお目にかかっていることを思い出しました。
 記録によりますと、湯川博士は、この研究集会の世話人に加わり、実に3回にわたって、大学を取り巻く時事問題について報告されています。「大学管理問題について」(1962年6月28日)、「大学の自治と学問の自由」(1963年2月12日)、「大学院のあり方について」(1967年7月10日)がそれです。そこには、専門を越えた大学研究者としての実践的な姿勢が見られます。
 この機会に、田中さんが引用されている湯川博士の敗戦直後の時期の注目すべき2つの指摘の部分を紹介しておきたいと思います。
 「原子力と合理性について」(1946年8月、毎日新聞)「私はもとより科学の万能を信ずるものではない。しかし自然の探求を通じて鍛えられ、それだけ大きな成功を収めた『理性』の力には大きな信頼をかけるものである。人間の良心といわれるものも、理性によって支えられて初めて客観的に正しい行為を行う原動力となるであろう。・・・・・それにても合理性の支配する領域はまだ少なすぎる」。
 「科学の進歩と人類の進化」(1947年8月、京都日々新聞)「原子爆弾が文明の破壊に導くか否かは、これが出現した地球的世界に人類が全体として適応するか否かにかかっている。・・・・万一原子爆弾が人間を戦争にかり立て破壊ー自滅へと導くことになったならば、それは物理学のうちたてた高度の文明世界に生物としての人類が適応しなかった証拠になるかも知れぬ」。
(以上、雑誌『科学』76巻4号、湯川・朝永生誕100年、田中正「戦争と科学の世紀を生きた湯川博士とアインシュタインー2人の出会いに寄せて」390頁より)。
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by nakayama_kenichi | 2006-12-24 21:56