最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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2006年 09月 03日 ( 2 )

ダッシュ君の来訪

 アメリカのボストンから、大学3年で19歳のダッシュ君が、9月2日の午後、ホームステイ先のわが家に無事到着しました。関西外国語大学(大阪枚方市)で日本語を学ぶための3か月研修コースに参加するために、初めて来日したのですが、いろいろの経緯があって、私がホームステイを引き受けることになりました。
 オランダ生まれのアメリカ人で、185センチもある大きな体格ですが、一見して好感のもてる若者です。2年間、日本語を勉強したとのことで、日本語が少し話せますが、互いにゆっくり話すという約束で、英語と日本語をおりまぜた会話による奇妙な共同生活が始まりました。互いのライフスタイルを尊重し、互いに干渉しないという基本的な合意から出発しましたが、やはり一番気のなるのは、食生活をいかに調整するのかという点で、これは事前の合意というよりも、やってみなければわからないという側面があります。
 ダッシュ君にとっての問題は、毎日、長岡天神から枚方の大学まで通学するのが、いささか不便な上に費用がかかるという点です。若いからこの困難は克服して行くでしょうが、3か月の通学定期券が買えるかどうかも、さしあたり彼にとっては重要です。
 今日の日曜日は、昼食を外で食べた後、スーパーマーケットで一緒に買い物を楽しみしました。結構、自分で料理も出来る様子なので、私としてはひそかに期待しています。
 土曜日と日曜日は大学が休みなので、京都方面への観光などを考えているようです。この方は、ぜひとも、どなたか若い方々に彼の案内役をお願いしたいと考えています。日本語が少しできるオランダ系アメリカ青年と付き合ってみたいと思う人は、ぜひご協力をお願いします。費用は私が負担します。
 
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by nakayama_kenichi | 2006-09-03 15:26

吉川先生の訃報

 9月2日の夕方、佐伯先生のご通夜の席で、はからずも吉川経夫先生の訃報を聞いて、またまた驚いてしまいました。佐伯先生亡くなれた前日の8月31日だったそうです。
 吉川先生については、このブログの昨年7月頃にも触れたことがありますが、今から思えば、奥様とご一緒に、京都駅前の新阪急ホテルのロビーでお会いしたのが、結局最後となりました。それ以上に、吉川先生のことが頭をよぎりますのは、最近になって、足立昌勝さんから2004年7月3日に行われた「吉川経夫先生『著作選集』出版記念会」のビデオが送られてきて、それを拝見したときの印象がなお強く残っていたからです。
 9月3日になって、奥様にお電話しましたら、先生は、今年の6月ころから少し不調を訴えられていましたが、8月になって腹水がたまって入院検査後、自宅でご療養中の8月29日、奥様の手の上で「眠るよ」といわれたきり、まさに眠るように息をひきとられたと聞きました。病名が「膵臓がん」だったとお聞きして、私の家内のことを思い出しましたが、腹水がたまるという症状は同じでも、全身の苦痛にさいなまれるという痛々しい末期の症状が、吉川先生の場合には全くみられなかったと聞いて、安堵しました。
 吉川先生とも長い年月の親しいお付き合いでしたが、佐伯先生と比較しますと、私どもの世代より少し上の、80をこえられたばかりの年齢ですので、まだまだ惜しい気がしてなりません。
 このところ、立て続けに、佐伯先生と吉川先生を失い、一段と淋しさが身にしむ思いがします。
残された者としては、先生方の残されたご遺志を何とかして後世に、とくに若い人達に伝えて行く責任があることを痛感している次第です。
 
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by nakayama_kenichi | 2006-09-03 14:43