最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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2005年 06月 03日 ( 2 )

中・中山論争について

 中義勝先生のことを思い出しましたが、いつ亡くなられたか分からず、お弟子さんの武田誠氏に尋ねて、1993年10月28日であることが分かりました。もう12年も前のことかと、今更ながら月日の経つのが早いことに驚かされます。先生は大正10年のお生まれなので今おられれば84歳、まだまだお元気でおられればと惜しい限りです。
 中先生は、私が刑法解釈論を勉強する際に、多くの質問に丁寧に答えて下さった貴重な恩人です。とくに、平野・平場両先生の「刑法研究会」で上京した際には、ほとんど毎月、新幹線の中で行きも帰りも質問を続けて時の経つのを忘れる位に楽しかったことを思い出します。先生も、嫌な顔もせずに、ただしビールを飲みながら付き合って下さいました。今頃は苦笑されていることでしょう。
 その成果が、後に法律雑誌上で、とくに「故意と主観的違法要素」、「間接正犯の実行の着手」、「不能犯論」などをテーマとする一連の論争として現われました。私は後にこれらを論文集にまとめましたが(刑法の論争問題、1991年、成文堂)、その序文で以下のように書いています。
 「中教授は、関西における傑出したドグマティカーとして知られる大先輩であり、これまで長期にわたり多大のご教示を受けてきたが、その胸をお借りしての論争は、学問的な情熱をかき立てるに十分であって、私個人にとっても大変有意義なものであった。ただし、結果的には、双方とも容易に妥協しない「確信犯」であることを確かめ合うような結果になったようであるが・・・」。
 その後も中先生の驥尾に付しているつもりですが、先生の学問的情熱は伝えられても、あの和魂漢才と独特のユーモアには脱帽するほかありません。
 
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by nakayama_kenichi | 2005-06-03 22:14

心神喪失者法の施行前

 心神喪失者等医療観察法は、2005年7月15日までに施行されることになっているが、肝心の指定入院医療機関の建設が進まず、現時点で確保できそうなのは3カ所しかなく、報道では、自治体病院を「代用病院」にしようとする動きまで出てきている。
 このまま施行してしまえば、遅れは施行後に補うといってもその保障がなく、法が掲げている「高度で手厚い医療」の実施が危うくなり、禍根を残すおそれが大きい。
 このことは、本法の支持者による次のような期待を裏切ることにもなるであろう。
 山上皓氏「当初計画しているものができれば、日本の精神医療が欧米並みになるのはそれほど遠いことではない・・・。(しかし)それには、各地に設備と人をきちんとつくっていかなければいけないのであって、センターを2つつくったくらいでは社会復帰はできませんし、その地元に帰ることはできませんから、そういうことを含めると早急に全国に整備していくべきだ・・・」。
 松下正明氏「入院治療という場だけを考えてみると、従来の精神医療よりも、はるかに恵まれた環境で触法患者が治療を受けることになります。いまは、48人の患者に医師1人という特例があります。内科や一般科は16対1です。それが、今度は8対1になります。4人に1人です。1病棟30人にすると、4人の医者、原案でいくと看護師が30人、プラスしてソーシャルワーカーや心理士が入りますから、それは非常に恵まれた環境になります・・・」。(以上は、座談会・心神喪失者等医療観察法の成立、ジュリスト2003.11.15、32頁から)。
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by nakayama_kenichi | 2005-06-03 14:52