最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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仙崖荘の名の由来

 若狭の賢者といわれた乾長昭翁ガ郷里の若狭に移り住んで、門人達に四書、とくに論語などを講じられていた寓居は、「仙崖荘」と名づけられていました。昭和の初期に建てられたものといわれていますので、80年も以前のことで、修復も無理となり、建物を壊して、石碑を建てるようになった経緯については、このブログでも紹介してきました。
 そして、この7月13日には「乾長昭翁の生涯」という講演も無事に済ませたのですが、その夜、例の91歳の赤崎翁から、「仙崖荘」の名の由来について、それは、「仙涯和尚」(仙涯義梵 1750-1837年)からきているのではないかと聞きましたので、少し、仙涯和尚について調べてみました。参考文献として、堀和久著『死にとうない―仙涯和尚伝』(新潮文庫、平成8年)を読みましたが、そこには筑前博多の名刹である聖福寺の住職になって、庶民とともに生きた仙涯和尚の実に波乱に富む生涯がいきいきと描かれていて、洒脱なユーモアの影に秘められたきびしい修行の長い道程に感動しました。
 たしかに、悟りを開くための厳しい自己練磨と、弟子達への暖かい思いやりという点では共通するものが見られますが、しかし、結論としては、乾長昭翁の生涯とはかなり違うところもありますので、「仙崖荘」の名の由来を直ちに仙涯和尚に求めることには躊躇を感じました。これは、乾長昭翁自身も語られなかった「秘密」で、むしろ仙人の住む崖の上に立つ寓居という一般的な意味ではなかったかというのが私の感想です。
 なお、仙涯和尚の本の中では、「おごるなよ 月の丸さも、ただ一夜」とたしなめられた句が心に残りました。
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by nakayama_kenichi | 2008-07-27 16:39