最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

平野博士の「核心司法」論

 来年5月から、裁判員制度が導入されることになっていますが、これが国民的な要求から出たものとはいえないため、市民の関心はきわめて低く、法曹三者(法務省、最高裁、弁護士会)のうち、陪審制に最も熱心であった弁護士会の内部でも議論が分かれるという不自然な状況にあります。法務省や最高裁が熱心なのもいささか怪しげで、目的も効果もはっきりしません。
 しかし法務当局側からは、この新制度が煩瑣な「精密司法」から整理された「核心司法」への転換であるといった声も聞こえてきます。そこで、「核心司法」論の元となった平野博士の論文を参照してみました(「参審制の採用による『核心司法』を」ジュリ、1148号2頁、1999年)。
 そこでは、たしかに、参審制によって、捜査記録も、要を得た、そして事件の核心を突いた短いものとなり、公判での証人尋問、反対尋問も、精密なものではなく、核心的なものになるかもしれず、それによって精密司法、調書裁判という現在の刑事裁判の欠点から、なかりの程度脱却できるのではないかとの指摘があります。しかし同時に、それがひいては取調べのやり方、身柄拘束の長さにも影響を及ぼすことへの期待が含まれていました。
 ところが、肝心の捜査過程の現状(代用監獄における密室の長時間の取調べ)については、国連の人権委員会からの度重なる勧告を日本政府は無視し続けてきているが、いつまでも放置するわけにはいかないだろうといわれていたのです(しかし今でも無視されています)。
 このような指摘は、司法改革がまず被疑者の弁護の強化から始めるべきだとする平野博士の提言に対応するもので、これを「核心司法」の名による争点整理の技術に矮小化させてはならないことを示しています。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2008-07-10 20:42