佐伯博士の刑法思想再考
2008年 07月 04日
戦前の昭和10年頃以降の国防国家体制のもとで、刑法における日本固有の精神ないし伝統の探求という時代的要請の中で、佐伯博士が執筆された「日本法理」に関わるいくつかの論文が『刑法総論』(昭和19年)の中に結実したところ、それが戦後の教職追放の理由とされたといういわくつきの経過がありました。
私は最初、これまで埋もれていた佐伯博士の「反駁文」を公表し、その中から隠れていた秘密を探ろうとしましたが、それは自説が「超国家主義」であるという非難に対する反論にとどまるもので、その中に戦後の刑法思想への転換の契機を発見することは不可能でした。
そこで私は、佐伯博士の戦前の『刑法総論』(昭和19年)と、戦後の『刑法講義(総論)』(昭和43年)とを比較検討する中から、「日本法理」に関連する部分を摘出してみた結果、実はそれが全部否定されたのではなく、これを権威的な国家主義から解放し、個人主義と自由主義の精神に結合させることによって、戦後の佐伯博士の刑法思想が生れたのではないかという仮説に至りつきました。
佐伯博士の刑法思想は、戦前の「日本法理」との関連を無視するのではなく、むしろこれと関連づけることによって、それを佐伯博士が歩まれた歴史的な苦難の道として理解すべきではないかと思います。