最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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北陸大学の学長問題

 今年の4月に、かつての北陸大学の同僚から、「北陸大学教職員組合10年史」を編纂したいので、当時の学長の「自主選挙」について、執筆してほしいとの依頼がありました。私は、頼まれた原稿は原則として断らないのですが、あいにく4月に家内が急逝しましたので、やむなくお断りしました。ところが、雑誌の発行が遅れており、今からでも間に合うということで、書く準備を始めています。
 しかし、なにぶんかなり古いことなので、記憶が乏しく、資料も散逸して、正確を期しがたいので、改めて関係資料の送付を依頼しました。ここでは、ごくおおまかなことを記述しておきます。
 北陸大学の学長の「自主選挙」というのは、1997年(平成9年)2月21日に行われたのですが、そこに至るまでの経緯には多くの問題がありました。最も重要なのは、学部の教授会には何らの権限がなく、学長・学部長を含む教員の人事はすべて理事会(理事長)が決めるというトップダウンの体制が支配していたという点です。その中で、教職員組合とともに、「北陸大学の正常化を目指す教職員有志の会」が結成され、私はその会長に押し上げられてしまいました。北陸大学でしばらく休養をと思っていた私も、若い教職員のために一肌脱がなければならなくなったのです。急に会合が多くなり、随分忙しくなりました。
 そして、この運動は、次期学長の任命に抵抗するために、教員による学長の「自主選挙」を計画し、見事にそれを成し遂げたのです。予想以上の多数の教員の票を得て私が当選し、地方紙にも報道されましたので、その後の刑法学会の際に、学長になったのかと聞かれたこともありました。その後、理事会は他の人を学長に任命しましたので、体制自体は変わらなかったのですが、民意がどこにあるかを示したことの意味は、実に大きかったと思います。任命された学長もさぞやりにくかったろうと同情したものです。
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by nakayama_kenichi | 2006-12-07 10:39