最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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自由人・近藤綸二

 最近、大阪の石川元也弁護士の事務所を訪問した際に、「自由人近藤綸ニ」(日本評論社)という書物を頂きました。専門書以外のものはあまり読まない私ですが、この本には魅了されて、一気に読み終えました。
 近藤綸ニという人は、「明治に生まれ、大正・昭和の時代を、根っからのリベラリストとして生き抜いた」自由人で、戦前の学究弁護士から、戦後は司法研修所教官、東京家庭裁判所長、広島、名古屋、東京高裁長官を歴任し、定年後は再び弁護士として司法権の独立と人権擁護のために献身し、昭和57年(1982年)に亡くなっています(享年82歳)。
 経歴のなかで特に目を引くのは、昭和38年3月1日の朝日新聞が、「最高裁判事に近藤氏、月末にも正式決定」と報じたのに、結局綸ニの最高裁入りは果たされず、代って検察畑から長谷部氏が任命されることになったという「最高裁判事辞令事件」と、昭和44年に古稀を迎えた綸ニに叙勲の内意が伝えられたが(勲一等が慣例)、生来リベラリストの綸ニがこれを辞退したとう逸話が光っています。綸ニは、「だいたい人間に勝手な等級をつけるなんて愉快じゃないよ。僕の趣味にあわないよ」と語ったというのです。叙勲を期待し欲しがる一般的な風潮に対して、これは何とも痛快な「自由人」の面目をあらわした言葉でしょう。
 綸ニは、多くの著作を残していますが、そのなかでも重要なのは、「表現の自由」を徹底して擁護するという姿勢です。自由の濫用という口実で表現の自由に抑制が加えられるのに対して、アメリカのジャクソン判事の次の言葉が引用されています。「自由というものが確保されるためには、その享有実施が常に行きすぎと切り離すことができないものであることを理解することが必要である」。「弾圧は決して長く成功する政策ではない。仮に弾圧によって一時の平穏が得られたとしてもそれは偽りの静穏である」。
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by nakayama_kenichi | 2006-10-04 09:57